決着
「先輩!」
六花が喜々として駆け寄ってくる。ハイタッチを求めてくるので、そっと手を合わせてやる。
「デッドリーパーは倒したッスか」
「ええ。さすがに心臓を貫けば無事では済まない、はず」
刹那は絶句した。なんの気なしに奴を見返した途端、信じられない光景を目撃したのだ。
立っている。胸から流血はしているが、前かがみで立ち上がっているのだ。絶対にありえない。あの一撃で確実に心臓を貫いたはず。いくら未確認生命体とはいえ、生命維持の要を傷つけられたら無事なわけはないのだ。
「やりやがったな、てめぇ。さすがに回復のリソースをこっちに回すしかなかったぜぇ」
そう言いながら、デッドリーパーは胸を指差す。まさかと思ったが、一命をとりとめた理由はそれとしか考えられない。
刹那に胸を貫かれた瞬間、心臓にまで達しようとしていた傷を瞬時に治療したのだ。リソースを回したというのは腕の治療を諦めたということだろう。心臓と皮膚までのわずかな肉厚で損傷を食い留められれば、心臓そのものを傷つけられるのは免れる。いや、例え心臓本体が損傷したとしても再生させられてしまうかもしれない。
刹那は油断したことを悔やんだ。生物の常識として心臓に傷をつければ勝てると思っていた。奴を相手にするならば、徹底的に心臓を八つ裂きにするぐらいでも足りないかもしれないのだ。
とはいえ、デッドリーパーは満身創痍だ。再度心臓を狙えば勝てる。
一歩踏み出すが、刹那の体が大きく揺れる。立ち眩みがして地面に膝をついてしまった。もはや肉体疲労は限界を超えていた。マシュもまた飛ぶことすらままならないようだった。これ以上の戦闘は不可能。あがくように手を伸ばすも、肝心の体が動いてくれなかった。
デッドリーパーは血反吐を飛ばすと、手負いとは思えないほどの速度で逃亡を図る。
「早く連絡して。デッドリーパーは手負いで逃走中。今なら倒せるって。あなたたちも私たちのことはいいから追いなさい」
「で、でも先輩が」
「そうよ。隊長を置いてはいけない」
仮に六花と佳苗が即座にデッドリーパーを追跡していたら、奴が逃亡先で体力が尽きた隙に仕留めることもできただろう。だが、負傷した刹那たちを見捨てることなどできなかった。
連絡を受け、他の隊員および救護班が続々と現場入りする。そして、一様に異様な状況を前に言葉を失う。央間支部のエースである刹那と永藤が負傷しているのだ。刹那の方は所々に擦過傷があるとはいえ、彼女を蝕んでいる主な要因は激しい戦闘による急激な疲労だ。足を火傷した時に比べれば「こんなの傷の内に入らない」と豪語するぐらいである。
一方で深刻なのは永藤だった。まともにデッドリーパーの鎌を受けたせいか、未だ意識が戻らない。六花と佳苗で応急処置は済ませてあるものの、一刻の猶予もない状態だった。
そして、最も異質だったのはマシュであろう。触手の魔法少女も出現しているという連絡は入っていたものの、ごく普通に刹那たちの間に溶け込んでいるというのは予想外だった。
マシュとしても全快であればさっさと飛び去っていたかもしれない。けれども、彼女もまたデッドリーパーとの戦闘で傷を負っていた。触手は高速再生できるとはいえ、執拗に切り落とされて無事なわけはない。飛び立とうとしても力が入らなかったのだ。そして、逃亡する機会を失ったまま、隊員たちに囲まれてしまったのである。
「触手の魔法少女! ここで何をしている」
隊員の一人がマシュへと銃口を向ける。攻撃禁止命令が出ているので、これはあくまで威嚇だ。それに、マシュとしても不要な戦闘は避けたかった。ポリポリと頭を掻くと、永藤を指差した。
「この子を治療してあげよっかなって」
あっけらかんに言い放った言葉に、隊員たちは戸惑った。
「マシュ、あんたいい加減なこと言ってるんじゃないわよ」
「せっちゃんにやったじゃん、おまじない。あれ、本当に効くんだよ」
例の「痛いの痛いの飛んでけ」の子供だましのことであろう。あの後、刹那の火傷は急速に快方へと向かったが、因果関係は謎のままだ。
このまま通常の治療を施しても助かるかどうか分からない。ならば、民間信仰だろうと縋ってみるのも悪手ではないだろう。
「妙な事したら殺すからね」
「せっちゃんは物騒なこと言えるから大丈夫みたいだね」
「いいから早くやって」
刹那に催促され、マシュは触手に口づけを施す。そして、仰向けに寝かされている永藤の胸に触れたのだ。
「何やってんのよ! 痴漢魔法少女!」
吠えたのは佳苗である。触手という媒体があるため間接キスにはなるのだが、それでも容認できる行為ではない。六花が「治療ッスから」と羽交い絞めにしてなだめるので精一杯だった。
「あの子うるさいんだけど、どうにかならない」
「前に訓練で人工呼吸の実演した時もああだったから、どうしようもないわよ」
永藤が救急車で運ばれていく時も「あんたの顔は覚えたからね、魔法少女」とひたすら叫んでいた。
永藤におまじないをかけたわけだが、これで解放というわけにもいかない。西代長官に処遇について尋ねたところ、苦悶を顕わにしながら返答された。
「上の判断は本部にて保護せよ、とのことだ。処分という選択肢もあったのだが、永藤と神崎が負傷していてはそれも不可能だろう」
本来デッドリーパーに仕掛けるはずだった、全隊員による袋叩きならば倒せる可能性はあった。しかし、これ以上いたずらに負傷者を増やすのは避けたい。それに、マシュに関しては単純に倒すよりも有益な処遇が提案されたのだった。
先行してその処遇とやらを聞かされた刹那はゲテモノ料理を暴食したぐらいの顔をした。
「長官、それ本気で言ってます?」
「お上が決めたのだから仕方がない。今回の事件を報道するにあたって必要なことでもあるからな」
気乗りしていないのは声音から分かる。刹那はため息をつくと、マシュに握手を求めた。
「勘違いしないでよね。これは上からの命令だから。マシュ、あなたにはMSBにてやってもらいたいことがあるの。だから、一緒に来てもらうわよ。異論は認めないから」
「素直じゃないんだから。嫌だと言っても強引に連れてくつもりなんでしょ」
「うるさい」
そっぽを向く刹那。彼女の手をマシュはそっと握る。手のひらにぬくもりが伝わりこそばゆかった。
「あれがMSBですか」
「あんな小娘どもが我らの壁になるとは。にわかには信じられんな」
「あなたも見たでしょう。厄介なことになる前に、早々に手を打たねばなりません」
刹那たちが本部から帰還したのち、現場を訪れる影があった。現代ではあまりも異様な服装をした二人組だ。
物陰から戦いを観察していたようだが、一切感づかれないというのが不気味であった。もちろん、刹那たちはデッドリーパー討伐に集中していたということもある。それにしても、何もない空間から突如現れた。そんな錯覚すら抱かせてしまうほどの隠匿ぶりであった。
謎の二人組は顔を見合わせると、とある方角へ走り去っていった。その先は正確にデッドリーパーの足跡を追っていたのだった。




