デッドリーパーの目的
荒い呼吸を落ち着かせながら、刹那は思考を巡らせていた。単純に切りかかっていては、いたずらに体力を消耗するばかりだ。悔しいが、力量はあちらが上だと認めざるを得ない。だからといって、小細工が通用するような相手でもない。下手に奇をてらった策を弄すよりも、正攻法で挑んで隙を突くのが唯一の勝機といえた。
D事件から数年が経過し、容疑者も判明しているのに未だに確保に至らない理由。それは、単純にデッドリーパーが強すぎるからだ。
そもそも、デッドリーパーはバーニングレッドのような炎を操る能力や、クリムゾンソックスのような異様な脚力は有していない。身体能力があまりにも高すぎる。それが彼女を恐怖の対象とさせている所以であった。
RPGに例えれば、いくら強力な武器や魔法をそろえていても、レベル1の勇者がレベル100の魔王に勝つのはまずありえない。勝てるとしたらシステムの穴をついた裏技を使うことだろう。それが発見できないから、今の今までデッドリーパーに我が物顔をさせているのである。
攻めあぐねている刹那に痺れを切らしたか、デッドリーパーが急速接近する。この手法は取りたくなかったが仕方がない。突破の糸口を見出すためにも、これにかけよう。
「あんた、人類を皆殺しにするとか言ってるそうじゃない。そんな荒唐無稽なこと、どうして成し遂げようとしてるの」
「あぁ? 命乞いかぁ?」
倶利伽羅丸で鎌を防ぎながら刹那は呼び掛ける。対話による説得。本来ならばまず試すべき手法だが、口火を切るより先に体が動いてしまったのだから仕方がない。
「この地球上にどれだけの人間がいると思ってるの? それらすべてを殺すだなんて、はっきり言って不可能よ。そもそも、何があったらそんな思考に至るわけ」
「語る義理はねぇなぁ」
大振りの鎌が迫る。かろうじて肉体へのダメージは避けたが、たたらを踏んで態勢を崩してしまう。正直、追撃されていたら危なかった。
だが、呼び掛けたことが功を奏したようだ。デッドリーパーはおもむろに鎌の柄を地面に突き立てた。
「だが、まぁ、おめぇには教えておいてもいいかもなぁ。冥途の土産ってやつだぁ。端的に言えば、人間への復讐だぁ」
「復讐、ですって」
予想外の言葉が飛び出し、眉を顰める。デッドリーパーはコンクリート道路に打ち付けるように鎌の柄を立てた。
「あれだけのことをしておいて、忘れたとか言うんじゃねぇだろうなぁ。あたいが、てめぇら人間のせいでどれだけの苦痛を味わったかぁ」
「待ちなさい。まったく身に覚えがないわ。あんたに危害を加えられたことはあれど、加えたことなんて無い」
「そうだろうなぁ。おめぇは奴らとは無関係だから、知らねぇのも当然だ。だが、だからといって見逃すわけにもいかねぇ。それに、ついでに言っておけば、ようやく熟したあたいのお楽しみだぁ。なおさら逃すわけがねぇだろぉ」
「お楽しみですって」
「おめぇ、あんときのガキだろ」
そのセリフを聞き、刹那は頭の中を殴られたような衝撃を受けた。まさか、そんな、まさか。
「あんた、あの時のことを覚えているの?」
「普通ならいちいち覚えちゃいねぇよ。今まで何人殺したかなんて、とうの昔に数えてねぇ。でもよぉ、おめぇはよく覚えてるぜぇ。あたいにあんな態度をとった人間はおめぇが初めてだぁ」
まさかの思いが確証に変わった。倶利伽羅丸を握る手に熱がこもる。
「なにせ、あたいに刃向かってきたからなぁ。泣きわめいて逃げ惑う奴ばっかだったのに、おめぇの反応は新鮮だったぜぇ。だから、いたずら心が沸いたわけよ。おめぇは成長したら、どんだけ楽しめるかってなぁ」
「まさか、それがあの時に私を殺さなかった理由?」
「効率よく人間を皆殺しにするなら、あん時に殺すべきだったろうなぁ。でも、どうせなら作業じゃなくて、ゲームとして皆殺しにしてぇ。おめぇは生かしておけば、近い将来あたいを楽しませてくれる逸材になると確信した。まあ、期待外れだったかもしれねぇけどなぁ」
「そんな、そんな理由で」
「一応褒めておいてやるぜぇ。実の姉を無残に殺されてピーピー泣いてたガキが、あたいをそこそこ楽しませてくれるようになったからなぁ。せっかくだから、すんなり終わらせないでくれよ?」
「ふざけるなー!!」
絶叫して突撃する。もはや不意を突くなどどうでもよかった。闇雲に倶利伽羅丸を振り回す。我武者羅な突貫など、デッドリーパーに通用するわけはなかった。鎌を使われるまでもなく、張り手で突き飛ばされる。
ただでさえ体力の消耗はご法度ではあるが、無我夢中で突進していく。すさまじい勢いの乱れ切りに大抵の魔法少女であればそのまま押し切られてしまうだろう。だが、デッドリーパーにとってはあくびの出る攻撃だった。確かに、勢いだけはすごい。しかし、むやみやたらに剣を振るっているだけだ。動揺しなければ、太刀筋を見切るのは容易い。
「殺す! お前は殺す!」
「先輩、無茶しすぎッス」
六花の呼びかけも聞こえていない。デッドリーパーはあくびをかますと、刹那の額を弾いた。それだけで刹那はしりもちをつく。
「つまらんなぁ。やっぱ、あん時殺しとくべきだったかなぁ」
冷酷に言い放ち、刹那の首に鎌をつきつける。血走った眼で刹那は切っ先を捉えている。デッドリーパーが本気で殺しにきたら、回避できるような体力はない。
六花がライフル銃で狙撃しようとするが、一瞥されるだけで武器を落としてしまう。「急くなよ」の一言だけで、蛇に睨まれたカエルの状態となる。刹那はこんな化け物に突撃していたのか。次第に涙腺が緩んでくる。
そして、刹那へと死刑の宣告が下される。まさにその時だった。
「させないよ!」
威勢のいい掛け声とともに鎌が叩き落とされる。ようやく援軍が現れたか。だが、手放しで喜んでいい存在ではなかった。
肩から生やしている触手を器用に動かし、空中で一定の位置を保っている。おそらく、先ほどの一撃は素早く触手を叩きつけたのだろう。それでいて空中浮遊を保てるとは、航空力学を冒涜している。
ともあれ、援軍ことマシュは胸を張りながらデッドリーパーを見下していた。




