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重厚な鉄の扉が打ち開かれるたび、王宮の長い廊下に靴音が激しく響き渡った。
私の隣を歩くのは、漆黒の甲冑を纏ったガイウス様。その周囲を、聖都エブスから共に駆けつけた精鋭の騎士たちと、マルクス侯爵率いる貴族たちの私兵が固めている。
「ひぃっ……! ガ、ガイウス殿下だ!」
「逃げろ! もうおしまいだ!」
かつてルキウス殿下に媚びを売り、私を嘲笑っていた取り巻きの貴族や側近たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。ある者は装飾品を抱えて物陰に隠れ、ある者は命乞いをしながら騎士たちに捕らえられていく。味方と呼べる者は、もはや誰一人として残っていなかった。
「アウレリア、怪我はないか?」
「ええ、ガイウス様。大丈夫ですわ」
私を気遣うガイウス様の差し出された手を、私はしっかりと握り返した。
私たちが目指すのは、王宮で最も高く、最も豪華な場所――玉座の間「天の階」だ。ほんの数日前、私がルキウス殿下から冤罪を突きつけられ、手枷をはめられたあの場所である。
重厚な両開きの金箔扉の前に立つと、ガイウス様は静かに剣の柄に手をかけ、視線で合図を送った。騎士たちが力任せに扉を押し開ける。
バァン! と盛大な音を立てて開いた大広間の奥。
そこに、あの男がいた。
「な、なんだ! 貴様ら、何を着て入ってきている! 近衛兵! 近衛兵はおらんのか! こいつらを即座に処刑しろ!」
かつて父の形見である王冠を不格好に頭に載せ、玉座にすがりつくようにして立ち上がったのは、第一王子ルキウスだった。
だが、彼の呼びかけに応じる者は誰一人いない。広間を囲んでいる近衛兵たちは、ただ冷ややかな目で自らの主(?)を見つめ、静かに槍を下げているだけだった。
「ルキウス兄上」
ガイウス様が澄んだ声を響かせながら、ゆっくりと前へ歩み出た。
「父上……アウグストゥス陛下は崩御された。そしてオルフェ教会、ならびに王国の過半を占める貴族諸卿の支持のもと、このガイウス・アウグストゥスが王都を接収した。もはやお前に命を動かせる兵など、どこにもいない」
「な……なにをふざけたことを! 私は第一王子だ! 正統な王位継承者だぞ! 貴様のような辺境に追いやられた落とし子に、この私がひざまずくとでも思っているのか!」
血走った目で叫び散らすルキウス殿下の視線が、ガイウス様の隣に立つ私へと注がれた。その瞬間、彼の顔が驚愕と怒りでさらに醜く歪んだ。
「ア、アウレリア……!? なぜ貴様がそこにいる! 地下牢で泥水をすすっているはずの貴様が、なぜガイウスと並んでいるのだ! 近衛兵! この女は脱走した重罪人だ! 今すぐ首を跳ねろ!」
「誰も動きませんよ、ルキウス殿下」
私は冷ややかな声を響かせ、一歩前へ出た。
「私を連行した近衛兵たちは、最初から私を牢へ入れるつもりなどありませんでした。彼らもまた、貴方の無謀な戦術によって家族を殺された被害者だったのですから」
「なんだと……!? 裏切り者どもめ! 恩知らずの犬どもが!」
「恩知らず、ですか?」
私は小さくため息をつき、嘲笑すら交えて言った。
「貴方は私を『公爵家を務めることのできない軟弱な女』と呼び、濡れ衣を着せてすべてを奪おうとしましたね。ですが……いかがですか? 私を排除して手に入れたはずのクラウディア公爵家の財産は、一金貨でも手に入りましたか?」
「っ……!」
ルキウス殿下の顔が、みるみるうちに赤から土色へと変わっていく。
「公爵家の口座は、私が事前にすべて凍結いたしました。私という『当主代行』を失ったことで、法律上、公爵家の財産は誰にも動かせなくなったのです。貴方がいくら書状を叩きつけようと、商人たちも銀行も、貴方をただの『他人の財産を狙う強盗』としてしか扱いません」
「貴様……最初から仕組んでいたのか……!?」
「ええ。そして貴方は焦りのあまり、他の貴族たちへ強引な特別税を課そうとし、完全に自滅された。貴方が失ったのは私の財産だけではありません。王としての信用、貴族からの支持、兵士からの忠誠……そのすべてを、貴方ご自身の愚かさによってドブに捨てたのです」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇぇッ!」
ルキウス殿下は狂ったように髪を掻きむしり、玉座の脇に飾られていた装飾剣を抜けなさそうに引き抜くと、私に向かって振り上げた。
「この性悪女め! 貴様さえ……貴様さえ生まれてこなければ! 私がすべてを手に入れていたのだ!」
突進してくるルキウス殿下。だが、その愚行は一瞬で終わりを迎えた。
――カァン!
乾いた金属音が響き渡る。
ガイウス様が鋭い一閃でルキウス殿下の剣を弾き飛ばしたのだ。宙を舞った剣は虚しく床に転がり、ルキウス殿下は勢い余って派手に床へと転倒した。
「がはっ……!?」
豪華な衣装を台無しにし、四つんばいになって惨めに地を這うルキウス殿下。その頭上から、ガイウス様が冷徹な視線を叩きつける。
「みっともないぞ、ルキウス。罪のない公爵令嬢に罪を擦り付け、国の財産を貪り、挙句の果てに自暴自棄の剣を振るうか。お前には王の血を引く資格も、人の上に立つ資格もない」
「ひ、ひぃ……っ! た、助けてくれ、ガイウス! 我が弟よ! 私たちは血の繋がった兄弟だろう!? 悪かった、私が間違っていた! 国王の座は貴様にやる! だから命だけは……命だけは助けてくれ!」
さっきまでの尊大な態度は影を潜め、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルキウス殿下はガイウス様の靴にすがりついた。
その見苦しい姿に、広間に集まった貴族たちから冷ややかな失笑と蔑みの視線が注がれる。まさに、誰もがスカッとする完璧な「ざまあ」の瞬間だった。
「兄弟だと?」
ガイウス様は冷たくその手を振り払った。
「ならば尋ねるが、お前は我が愛しいアウレリアの父、ティベリウス公と兄クィントゥス殿が戦死した時、一度でも彼らに慈悲を見せたか? 命をかけてお前を逃がした忠臣の死を笑い、残された娘を追いつめたお前に、兄弟の情を乞う資格などあると思うのか?」
「あ……あ……」
「ルキウス・グラン・ヴェルム。お前を王位継承権の永久剥奪、および大逆罪・国家叛逆罪により拘束する。……連れて行け!」
ガイウス様の厳しい命令のもと、左右から威厳ある騎士たちが歩み寄り、ルキウス殿下を力任せに押さえつけた。
「嫌だ! 放せ! 私は王子だぞ! アウレリアぁぁッ! 頼む、お前から言ってくれ! 婚約破棄は撤回する! 貴様を第一妃にしてやるから、助けてくれぇぇぇッ!」
往苦しい叫び声を上げながら、かつて自分を万物の支配者だと信じて疑わなかった男は、冷たい地下牢へと引きずられて行った。引きずられていく彼の頭から王冠が転がり落ち、床で寂しくカランコロンと音を立てた。
それが、この国を滅ぼしかけた愚かな第一王子の、あまりにも惨めな末路だった。
まもなく、広間には割れんばかりの歓声が巻き起こった。
マルクス侯爵をはじめとする貴族たちが一斉に膝をつき、新時代を切り開いたガイウス様に向かって深々と頭を下げた。
「ガイウス新国王陛下に、栄光あれ!」
「グラン・ヴェルム王国に勝利を!」
その歓声の中、ガイウス様はゆっくりと振り返り、私の前に立った。
そして、大勢の貴族たちが見守る前で、私に向かって静かに片膝をついたのだ。
「っ……ガイウス様!?」
驚く私を見上げ、ガイウス様は胸元からひとつの小さな箱を取り出した。中に納められていたのは、深海のように美しい群青色のサファイアが飾られたリングだった。
「アウレリア。幼い頃から、僕の心にいたのは君だけだ。君が悲しみに暮れる時も、愚かな兄の手で理不尽に踏みにじられそうになった時も、僕は離れた場所で君を守れず、己の無力を呪った」
彼の言葉に、広間が静まり返る。
「だが、もう君に悲しい思いはさせない。僕の傍で、新しく生まれ変わるこの国の王妃として……そして何より、僕の生涯唯一の愛する妻として、僕の歩む道を支えてくれないだろうか?」
胸が熱くなり、視界が涙で潤んでいく。
亡き父と兄の無念を晴らし、私はついに、本当の居場所を見つけたのだ。
「……はい、ガイウス様」
私は震える手を出して、彼の手を取った。
「喜んで……どこまでもお供いたします」
指輪が私の薬指に嵌められた瞬間、広間からはこの日一番の盛大な拍手と祝福の声が上がった。ガイウス様が立ち上がり、私を優しく抱き寄せて唇を重ねる。
窓の外を見上げれば、長かった夜が明け、雲の隙間から眩しいばかりの朝焼けが王都を照らし始めていた。
愚かな王子に敗戦の罪を押し付けられ、すべてを奪われかけた公爵令嬢アウレリア。
私の物語は、破滅の危機を乗り越え、最愛の人と共に新しい王国の未来を築くという、最高の幸福とともに、ここに幕を開けたのだった。




