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壱億総抜刀  作者: るふな


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第61話「新しい日の朝」

西暦二〇五八年、九月。

 埼玉県川口市を中心に起きた一連の騒動は、全国各地に拡大し、果ては海外の日本人コミュニティにまで波及した。

 皇道護民連合により、政界に巣くっていた帰化人工作員が炙り出され、新たに発足した司法機関により罰せられることになった。

 日本各地で跳梁跋扈していた不法移民達は、全てのビザを取り消しとされ、移民局と再編成された警察組織により強制送還が進められている。

 長い間、外国人の巣窟となっていた川口には、もはや外国人の見る影もなく、ツチノコを探すようなものだと揶揄されるまでになった。

 

 「こんなに静かなのは初めてかも知れません。町が、静かです」

 神社の手水舎の前で、ふと遠くを見つめながら雨森がつぶやく。

 「そうですね。騒がしいのが普通でしたから、ここまで静かだと逆に少し落ち着きませんね」

 靈は肩をすくめて冗談交じりに言ったが、心では平穏を感じていた。

 「あれから一時はどうなる事かと思いましたけれど、結果的に日本は良い方向へ動き出したのだと私は思います。拝郷さんが勇気をもって動いてくださったおかげで、私も行動を起こすことの重要性を再認識しました」

 「前にも言いましたが、私はそんなにたいそうな人間ではありませんよ。むしろ、罪を背負ったことで行動を起こすことが億劫になることもあります」

 ひと時の静寂が神社の境内に流れる。涼しい秋の風が、やさしく注連縄を揺らす。

 「ですが、確かに、私は今の日本の方が、好きです」


 今日、奥の神楽殿では、数十年ぶりに神楽が催行される。

 榊原が神社の書物をもとに、地元の民俗資料館と協力して復活させたのだ。

 神楽の復活お披露目会に招待された中には、倉敷もいる。

 靈が倉敷と会うのは、倉敷が逮捕される前に会って以来だった。


 神楽殿の方から太鼓の音が響いた。

 靈はふときゃるんと太鼓を打ちに来たことを思い出し、少しだけ胸が締め付けられる思いに苛まれる。

 「みなさん集まってきたようですね」

 雨森が鳥居の前を指さすと、見覚えのある顔ぶれが続々と神社の前で一礼し、境内へ足を踏み入れた。

 皆一様に靈と雨森に挨拶をして、神楽殿の方向に向かう。


 「師匠」

 若菜が靈の前で立ち止まり、雨森に会釈した。

 一時的に休止したものの、靈が道場を続けることにしてから、門下生が徐々に増えてゆき、若菜は今では多くの門下生の立派な姉弟子となった。

 「さあ、若菜も神楽を見ていらっしゃい」

 靈が促すと、若菜は軽く会釈して神楽殿の方へ向かった。

 境内に染み渡る神楽歌の響きを肌で感じるたび、靈は地域に流れる時間がゆったりと、優雅に揺蕩うのを感じた。

 以前までの何かに追われる様な、せかせかした空気は何処か遠くへ消えてしまった。

 本来在るべき姿に戻った様な、そんな心持ちだ。


 「心地いいですね」

 雨森が本殿に参拝する人を見て呟いた。

 ああ、そうだ。と靈は自分が求めていた、探していた「形」の理由を見出した様な気がした。

 「ええ、本当に」

 何でもない様な風景、日常の一間は特別なことではないかもしれない。

 しかし先人達が紡いできた、求めていた和の形は、決して奪われていいものではなかった。

 今ある平穏は、自らが動いて掴み取った、それは確かに後世へ繋ぐ守るべきものであった。


 榊原が靈達の元へやってくる。

 「御二方、倉敷さんもいらっしゃった様です。今日はお祝いも兼ねていますから、是非あちらで」

 榊原は神楽殿の隣の社務所へ靈達を招く。

 倉敷は大正義を解散した後、市議会へ立候補し見事当選したと石丸から聞いていた。

 雨森に聞いた話だと、石丸は皇道護民連合が新たに立ち上げた新政党に合流し、政権第一党となった新政党で政界腐敗の是正に努めている様だ。


 靈は形が繋がっていくのをその目で見るたび、背負った罪の重さが少しずつ軽くなっていく様に感じた。

 皆、それぞれ背負うものがある。歳を重ねるにつれて、責任という名の重積は重みを増していく。

 まして環境を変えようとする者は、たとえ善意や正義を前提としていても、重圧が重くのしかかる。

 自分の大切な人たちにはその苦痛を味合わせたくないという一心で、あの時から各々動き出したのだ。


 境内には子供も神楽を見にきていた。

 人々の談笑や子供の笑い声が、神楽歌に乗せて神社に響く。

 きゃるんにも見せてあげたかった。やるせない想いが靈の胸に影を落とした時、子供達の笑い声が靈の心の底を優しく照らした。


 (どうかこの平穏が未来に繋がります様に)

 神社は本来お願い事をする場ではない。靈は分かっていながら、自分の心を満たすこの気持ちが、自然と手を合わせているのを、ただ心地よく感じていた。

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