12
揺れる灯りを手に現れたのは、王家の兵と神殿兵。そして――
「ここでなにをしている、エステア」
低い声で言いながら、セオドリクが前に進み出た。
その後ろには、メルディアだけでなく――マルクの姿まであった。
「あっ、あなた……なにを考えているの……っ!?」
マルクへ問いをぶつける。
返ってきたのは、冷めた目だった。
「なにを、とは? 定例の儀を前に、聖女様が突然封印庫に向かわれたのです。……お伝えしないわけにもまいりますまい」
そこで私はようやく、マルクの腹を悟った。
自分の不正を神殿長に知られるのも、公の場で騒がれるのも困る。
けれど、これからラグレイン家ごと私を切り捨てるつもりのセオドリクに先に知らせてしまえば、そんなことまで表には出ない――そう踏んだのだろう。
「なにをしている、と聞いているのだが?」
セオドリクの声がわずかに強くなる。
対照的に、背後からはなんの音もしない。
(フェルはまだ、集中しているんだわ……せめて、鏡の力を全部移しきれるかだけは、今回確かめておきたい)
呼吸を短く整える。
「少し……調べ物をしていただけですわ。初代聖女が、本当に封印の力を持っていたのか――そう問われた時、証明できるように」
ぴくりと、セオドリクの眉が動いた。
彼が口を開くよりも早く――鈴を鳴らすような声がした。
「あら……ラグレイン家の当代聖女様が、いまさら調べなければ語れないだなんて。あまりにも杜撰ではなくて?」
セオドリクの脇から、メルディアが静かに前に出る。
「メルディアと申しますわ。人は……『神託の巫女』と呼びますの」
(なにが神託よ……しらじらしい)
凍りつくほどに美しいメルディアの顔。
その奥に潜むおぞましい存在を、私は睨みつける。
そんな私の視線などものともせず、彼女は薄く微笑む。
「……それで? この封印庫で、いったいなにをしていらしたのかしら。こちらのマルク様は、初代聖女の遺品がある、と仰っていましたけれど」
「……あなたに言う必要は、どこにありましょう。『神託の巫女』だなんて、聞いたこともありませんわ」
「口を慎め、エステア。彼女は……西方より参った、私の客人だ」
セオドリクにぴしゃりと言い切られ、さすがにむっとしてしまう。
「お言葉ですが……聖女である私ですら、封印庫への立ち入りはみだりにしないよう言われておりますのに。客人とはいえ、部外者をお連れになったと知られたら……問題になるのでは?」
けれど、彼は少しも動じなかった。
「そんなこと、いまはどうでもよい。……君ももう、知っているのではないか。このあと定例の儀で――なにが起こるかを」
「……なんのことでしょう」
「とぼけても無駄だ。どこから漏れたのかは知らんが、聖女の座が危うくなった途端……封印の力が本物かどうか確かめたくなった。そうだろう?」
「……」
セオドリクの言葉を耳に入れながらも、背後に変化がないか気にし続ける。
フェルに少しでも反応があれば、すぐに小瓶の中身を飲み干すつもりでいた。
そんな私の様子に気づいたのか、メルディアがふいに口を開いた。
「ところで……聖女様の後ろにいるかた。ラグレイン家の魔術師さん、でしたか? 先ほどから動かず、黙ったままですけれど」
そう言って、こちらへ歩み寄ってきた。
私は慌てて、その前に立ちはだかる。
「まっ……魔術師ですもの。調べものに集中していたって、不思議ではありませんわ」
「集中、ねぇ……お調べになっているのは、例の初代聖女の遺品、かしら?」
メルディアは振り返り、セオドリクに目配せをした。
それが合図だったのか、彼が前へ出る。
次の瞬間――腕を強く掴まれ、横へ引かれた。
「殿下!? なにを……」
「メルディアの邪魔をするな。それだけだ」
「……っ」
定例の儀で処刑された時のような拘束ではなかったけれど、それでも無理に振り解く気にはなれなかった。
下手に逆らえば、なにをされるかわからない。
(フェル……)
メルディアが私の横を通り過ぎ、奥の台座へ近づく。
その上に置かれた物を目にした途端――彼女の肩が強張った。
「これは……あの女が使っていた……!」
ぶわりと、全身に鳥肌が立った。
メルディアの周囲に、黒いもやが弾けるように広がり、思わずまぶたを伏せる。
「まさか、お前たち……私を封じるつもりか――!?」
視線を戻すと、黒いもやはもう消えていて、メルディアが鏡に手を伸ばしていた。
けれど、ためらうようにその手を止める。
うかつに触れられないのだろう。
(もしメルディアが、鏡になにかしようとしても……力を移し終えていれば、問題ないはず)
ちらりとフェルを見る。
ふと、鏡を前にした時の彼の顔が、頭をよぎった。
――『ここにあったんだね』
懐かしむ声。真剣な眼差し。
初代の遺品に、あんな反応を示した理由はわからないけれど……フェルにとって大切な物だということは、なんとなくわかった。
(あの鏡に……触れてほしくない)
そう思った瞬間、私は身体を捻り、掴まれていた腕を強く引いた。
意外にも、するりと抜ける。
セオドリクの手は、いつの間にかわずかに緩んでいたらしい。
「待て……!」
その声を気にも留めず、メルディアのもとまで一息で駆け寄り、鏡に伸ばしかけていた手を掴んだ。
触れた途端、彼女の手がぶるりと震えた。
かと思うと、ぐいと引かれてつられるように体勢を崩す。
その隙に、空いたほうの手で指を強引に引き剥がされる。
メルディアはそのまま、セオドリクのそばまで足早に戻った。
「殿下……この娘、危険ですわ。偽の聖女どころか―― 私たちに災いをもたらす」
「災い、だと……?」
「定例の儀など待たず、いまこの場で処刑いたしましょう。……一刻も早く」
セオドリクは、すぐには動かなかった。
明らかに動揺していた。
(それでも、時間の問題よね……また兵に剣を借りるか、首でも絞めてくるのかしら)
どうせ殺されるなら、少しでも時間を稼ぎたい。
なにか、セオドリクの意識を逸らせるようなことを――そう考えた矢先、物憂げなため息が聞こえた。
「やはり、場を用意してあげないと動けませんのね、殿下は。……もういいですわ」
そう無感情に吐き捨てると、メルディアは近くの棚から祭祀用の短剣を手に取った。
その刃を、私に向けることなく――自らの胸へ突き立てた。
「メルディアッ!」「ひっ……!?」
セオドリクの叫びに重なるように、マルクの小さな悲鳴が聞こえた。
そばにいた兵たちも、声こそ上げなかったものの、皆息を呑んで立ち尽くしていた。
あの時と似た光景を目にするのは、私にとって……二度目だった。
(フェルが定例の儀で、メルディアの首筋に髪飾りを突き刺した時……黒いもやがにじみ出た。あのもやに触れた人たちは――)
思ったとおり、メルディアの胸元から黒いもやがじわりと漏れ出す。
「生きている限り、病からは逃れられませんもの。……苦しんでお逝きなさい、聖女様」
メルディアがそう告げると、黒いもやが私めがけて一気に押し寄せた。
(っ……なにこれ……息ができな……)
胸の奥が焼けるように苦しい。
全身がじわじわと痛み、立っていられない。
膝から崩れ落ち、石床に倒れる。
首元を押さえながら、激しく咳き込んだ。
「ゲホッ……ゲホッ、ゲホッ……!」
止まらない咳。
その音に、病床で胸を押さえていた母の姿が重なった。
けれど次の瞬間には、頭のなかまで鈍い痛みに埋め尽くされていた。
重い。頭も身体も、なにもかも。
視界がぼんやりと霞む。
熱に浮かされた時のように、思考まで鈍っていく。
(フェルは……上手くいったのかしら)
もし上手くいってなかったら、次もまたこの封印庫に来ることになるのだろうか。
そう考えたのを最後に、私の意識はそこで途切れた。
◇ ◇ ◇
目が覚めてすぐ、上半身を起こす。
しばらく両手で頭を押さえていたけれど、もう重い感覚も鈍い痛みもなかった。
咳だって出てこない。
(って、そんなことより……フェル!)
もう何度目かわからないけれど、夜着のまま廊下に飛び出す。
部屋の扉を勢いよく開けた先に、フェルの姿は……なかった。
(あら……)
どういうことだろう、と首を傾げる。
いまは、彼が先にどこかへ様子を見に行く必要なんてないのに。
おかしいわね、と思いながら、一度部屋に戻ろうと振り返った――直後のことだった。
「エステア」
そんな声が上から降ってきたかと思うと、視界が突然暗くなった。
「きゃあ!?」
びくりと身体を震わせ、そんな素っ頓狂な声を上げてしまう。
「フェ……フェルなの!? ふざけないでよ、もうっ!」
目元を覆っていた彼の手を掴んでどかす。
勢いのまま後ろを振り返ると、やっぱりフェルが立っていた。
「ごめんね、君の後ろ姿を見たらつい」
悪びれもせず笑う。
その顔を見たら、なんだか本気で怒るのも馬鹿らしくなってしまった。
「……早く部屋に入ってよ」
彼の袖を摘むと、ぐいぐいと引っ張って促した。
そんな小さな悪戯に、いつもどおりの彼を感じられて――少しだけ安心してしまったのは、絶対に悟られたくないなと思った。




