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あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―  作者: 七転び八起き


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第4話 提案

 私は朝、一直線でそこに向かった。


 勇気を振り絞り、副社長室の前に立った。

 ノックすると、落ち着いた声が返ってくる。


「はい」


「藤田です」


「……入れ」


 扉を開けると、河内さんがデスクで書類に目を通していた。

 昨日の夜とは別人のような雰囲気に一瞬ひるんだけれど、決意は揺るがなかった。


「河内さん……私、もう無理です!」


 静かな室内に私の声が響く。

 河内さんは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。


「昨日のことが怖くて……もうあなたの家には行けません。専属の嬢も辞退させてください!」


 彼は書類を置き、暫く沈黙が続いた。


「悪かった」


 低い声は真剣だった。

 謝罪の言葉に、私は息を呑んだ。けれど心は決まっていた。


「それでも、やっぱり無理です。辞めます」


 彼はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……そうか。じゃあ、取引はなかった事にしよう」


 胸がきゅっと痛んだ。でも、私は覚悟を固めていた。


「借金は自分でどうにかします。……また水商売に戻ってでも」


 その瞬間、河内さんの表情が変わった。

 立ち上がり、私の前に来る。


「それだけはダメだ」


 強い声。けれど怒りではなく、必死さがにじんでいた。


「借金は俺が払う。だからそんな仕事は二度とするな」


 河内さんの私への想いはわかる。

 でも……


「ただ借金だけ払ってもらうのは私も気が引けます」


 彼はぐっと手を握っていた。


「じゃあ、ただ家にいるだけでいい」


 私は悩んだ末に。


「……わかりました。昨日のような事がなければ」


 その時、河内さんの顔が少し緩んだ。


「ありがとう」


 その顔を見て、なぜか少しだけ安心した自分がいた。


 * * *


 仕事は、河内さんが先輩に釘を刺した後はあまり押し付けられなかった。

 けれど、河内さんが私を庇ったせいで、変な噂が立っていた。


 私が副社長を誘惑した、とか、前の飲み会で言った上司の冗談が独り歩きして、私が嬢をやっているとか……。

 実際やってたんだけど、このままだと副業をやっていた事が本格的にバレてしまって、河内さんも庇いきれなくなる。


 そしてもう一つ困ったことがある。


 先輩の田中さんだ。

 前までは普通にいい先輩として接していてくれていたのに、最近やけに距離が近い。


「藤田さん今日仕事終わったら飲みに行かない?」


「すみません、今日は用事があるので……」


 そうやってかわす毎日が続いた。


「どうやって副社長に取り入ったの?」


 先輩達にとうとう直々に聞かれた。


「取り入ったりしてません……私が前、残業している時に偶然会って仕事の話をして……それだけです」


 先輩達は不満そうに立ち去った。


 とにかく職場に居づらい……!

 でも、河内さんとの約束もある。

 私は何とか耐えるしかなかった。


 一体この状況はいつまで続くんだろう。


 私の心は揺れ続けていた。



 最悪の事態が起こった。


 ある日、田中さんに別室に呼び出された。


「ねぇ、藤田さんって、ラウンジで働いてるの……?」


「え!?いえ、そんな事してないです!」


「実は、こういう写真を前同期から送られて」


 田中さんにスマホを渡された。

 そこには、ラウンジで接客する私の姿が少しだけ映っていた。


 嫌な汗が体をつたった。


「大丈夫だよ……送った同期は別の女の子の写真をこっそり撮っていただけ。俺はこれが藤田さんだって気づいたけど、誰にも言ってない」


 最悪だ……偶然映ってしまったなんて。


「あの……それは私じゃないです」


「隠さなくていいよ、誰にも言わない。ただ……」


 田中さんはそっと私の手に触れた。


「秘密にする。だから、俺と付き合ってほしい」


 ラウンジなんかで働くんじゃなかった。

 心底後悔した。


「すみません……今は何も言えません」


 私はその部屋から出た。


 もう限界だここにいるのは。

 もうここを辞めよう。


 私は河内さんにメッセージを送った。


「私はもうこの会社を辞めます」


 そしたらすぐに電話がかかってきた。


「どうした」


 なぜか、河内さんの声に安心した。


「私がラウンジで働いていた事が他の社員にバレてしまいました」


「……なんとか誤魔化せないのか?」


「実は……それとは別に、私が水商売をやってるっていう噂も広まっています。あと、副社長に取り入ってると」


 河内さんはしばらく沈黙した。


「わかった、俺も考える」


 電話を切った後、私は仕事に戻って、家に帰った後に転職サイトを眺めていた。


 このままではダメだ。

 河内さんにも迷惑をかけてしまう。


 * * *


 次の日出社したら、上司に呼び出された。


「今から会議室に行ってくれ」


 会議室?なんだろう……。


 よくわからないまま会議室に行くと、そこには河内さんがいた。

 椅子に座って私をじっと見ている。


「藤田、提案がある」


「はい」


「俺の秘書になれ」


「え!?」


 突然の提案に、私は返事ができないでいた。


 秘書……?

 それは一体どういう意味なんだろう。


 河内さんの瞳は真剣だった。


「考えてみてくれ。返事は明日でいい」


 私の頭の中は混乱していた。


 秘書になるということは、河内さんともっと近い距離で働くということ。

 でも、それで今の問題は解決するのだろうか。


 そして、私の気持ちは……


 答えを出すまで、あと一日しかなかった。



 一晩考えた末、私の答えは決まっていた。


 翌朝、私は再び副社長室の扉を叩いた。


「はい」


「藤田です」


「入れ」


 河内さんは昨日と同じようにデスクで書類に目を通していた。


「返事は?」


 私は深呼吸をして、はっきりと言った。


「秘書のお話、お受けします」


 河内さんの手が止まり、顔を上げた。わずかに安堵の色が見えた。


「わかった」


「あの、具体的にはどのような仕事をするんでしょうか……?」


「スケジュール管理、資料作成、来客対応……基本的な秘書業務だ。あとは適宜指示をする」


「河内さん、もしかして今まで秘書いなかったんですか?」


「ああ……今まで基本的に海外にいたから」


 一人で全部やってきたのか……。

 河内さんは凄い人なのかもしれない。


「とりあえず、今の部署での引き継ぎはどのくらいかかる?」


「一週間もあれば大丈夫だと思います」


「わかった。それまでに準備をしておく」


 私のために、河内さんなりに一生懸命考えてくれているのが伝わってきた。


 * * *


 その日の午後、上司に呼び出された。


「藤田さん、来週から企画開発部に異動になったから」


「え?企画開発部ですか?」


「ああ。新規プロジェクトのサポート業務だって。上からの指示でね」


 企画開発部なんて、聞いたこともない部署だった。


「どちらにある部署でしょうか……?」


「15階だよ。まあ、頑張ってくれ」


 15階……副社長室がある階だ。


 周りの同僚たちも首をかしげていた。


「企画開発部って、初めて聞くね」


「新設部署なのかな?」


 田中さんは黙ったままだったけれど、何か察している様子だった。


 私は急いで引き継ぎの準備を始めた。


 * * *


 一週間後、指定された15階の一室に向かった。


 ドアには「企画開発部」とプレートがあったけれど、中に入ると資料室のような場所だった。


 困惑していると、河内さんが現れた。


「おはよう。ここが君の新しい職場だ」


「ここ、企画開発部って……」


「表面的に作った。秘書ってなるとまた面倒になる」


 なるほど、要するに副社長秘書だけど、表向きは別部署ということか。


 河内さんの計らいに感謝した。


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 河内さんは予定表を私に渡した。


「まずこれが俺の今月の予定。仕事は少しずつ教える」


 * * *


 こうして、私の新しい生活が始まった。


 名目上は「企画開発部」だけど、実質的には河内さんの専属秘書。


「藤田さん、新しい部署はどう?」


「何のプロジェクトなの?」


 そんな質問をされるたび、河内さんが用意してくれた曖昧な答えでかわしていた。


 河内さんとの距離は近くなったけれど、オフィスでは完全にビジネスライクな関係を保っていた。


「河内副社長、午後の会議の資料です」


「ありがとう。助かる」


 でも時々、河内さんが私の様子を気にかけているのがわかった。


「昼食は食べた?」


「疲れてないか?」


 そんな些細な気遣いに、胸が温かくなった。


 この不器用だけど優しい人と、これからどんな日々を過ごすことになるのだろう……。

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