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第九話:峠を越えて


ロゼルの葉を小枝と布切れを使ってすり潰し、

傷口に直接あてがった。


葉の表面を石で押し潰すと、独特の青臭い香りとともに、

粘り気のある汁がにじみ出る。


「……少し、沁みると思います」


ライルは肩をすくめるようにして頷き、深く息を吐いた。


「君は、こういうこと慣れてるのか?」


「いえ。でも、これくらいなら。

昔、仕事で怪我の応急処置をする機会があっただけです」


それ以上の説明はしなかった。

果たして、この世界に医療事務の概念があるのだろうか。


「……助かる。実はあの時、トレント村の子供をかばったんだ」


「子供……?」


「そう。俺は神殿の動向を探っていて、

村にある祠の記録を調べようとしたら、たまたま追っ手に遭遇した」


ライルは小さく息をつき、静かに続けた。


「村外れの道で、ちょうど村の子が薬草でも摘んでたんだ。

こっちが逃げる方向に飛び出してきてね。

神殿兵が、その子にも刃を向けた」


「……まさか」


「反射的だった。俺が前に出て、盾になった。

腹に一発もらって、その隙に子供は逃げた」


彼は火を見るように視線を落としながら、言葉を継ぐ。


「それが、俺の立場。今の俺は神殿に目をつけられてる。

情報を掘りすぎちゃってね。もう二度と、正式な身分には戻れない」


「……追われてるんですね」


「ああ。君と同じだ。拒んだか、探ったかの違いだけ」


 彼の口調は穏やかだったが、隠された痛みが透けて見えた。

私は何も言わず、巻き終えた包帯をそっと押さえた。


彼の口調には、後悔の色はなかった。


 * * *


 夜は簡素な焚き火を囲んで過ごした。

手持ちの乾いた木片と小枝で火を絶やさないようにしながら、

眠気が訪れるのを待つ。


「村まで、あとどれくらいですか」

「明日には着く。ここを越えれば、あとは下りだ」


 そう言って、ライルは火を見つめたまま目を細めた。


「……ただ、どんな顔をして迎えてくれるかは分からん」

「ライルさんは、トレント村の方じゃないんですよね」


「ああ。王都で生まれ育った。

神殿の古い記録を追ってるうちに、この村の祠に行き着いたのさ」


私が小さく頷くと、ライルは少しだけ焚き火の炎を見つめたあと、

ぽつりと話し始めた。


「トレント村はね、昔は狩りが中心だった。

村の周りに罠を仕掛けたり、獣道を使って獲物を追ったりするんだ。

冬場は乾いた肉を吊るして、春まではそれでしのぐ」


「自給自足の村なんですね」


「そうだ。交易はあるが、頻繁じゃない。

神殿の巡回も、年に一度あるかないかってとこだ」


彼の口調は懐かしさというよりも、

外から来た者としての観察眼だった。


ぱち、と音がして、火の粉が一つ空へと舞い上がる。


それから、しばらくのあいだ、ふたりとも口を閉ざした。

けれど、その沈黙は決して重苦しいものではなかった。


 * * *


朝の光が、森を抜けて差し込む頃。


私たちは、また歩き出した。


下り坂の先に、開けた畑が見えた。

麦のようなものが揺れ、遠くに小さな屋根が点在している。


「……あれが、トレント村ですか」

「ああ」


私は、小さく深呼吸をした。


この先に、何が待っているのかは分からない。

けれど、歩くべき道は、今、目の前に続いている。


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