85 先輩の家
「あ、尚!」
「あ」
電車を降りると先輩が駅のホームにいた。こっちに手を振っている。
「お待たせしました」
オレは小走りで先輩のところに行った。先輩は少し春らしい格好をしていた。
「全然!いこっか」
「はい」
今日は先輩の家に行く日であり、唐揚げを食べる日である。どちらが主の目的なのか……。
「こっから歩いて10分くらいかな」
「そうなんですね」
「うん。で、唐揚げ屋さんがその途中にあるから、食べよう」
「はい。ちゃんとお腹は空かせてきたんで」
「ははっよかった」
今は12時半前くらいだ。もう一本早くても良かったんだけど、電車がなさ過ぎてさすがにお腹すいてないよね、となって現在である。
「春休みはなんかした?」
「んー取り立てては何も……あ、でも小平とは会いました」
「尚と仲いい人か」
「まあ」
オレは曖昧に笑みを浮かべた。
「何したの?」
「ハンバーガー食っただけですね」
「あ、そうなんだ。てっきりゲーセンとか行ったのかと」
「いや……ゲーセンはよくないですよ。金吸い取り機ですから」
「ふっ間違いない……」
先輩は、金吸い取り機……と笑いながら呟く。オレもつられて少し笑う。
「今日なんかしたいこととかある?」
「え?うーん、なんだろう……」
「ま、いっか。唐揚げ食べて考えよ」
「そうですね」
ぶらぶら揺れる腕を見て、今日は手を繋いでないな、と思った。ここは先輩の地元だし、見られて変な噂になってもあれだしな。……全然人はいないが。
「尚、あそこのお店」
「あ、もう着きましたか」
「うん。どれがいいとかある?」
「え、そうだな……」
貼られているメニュー表。どれがいいんだろう。ここはオーソドックスなやつがいいのか……。
「普通のやつにする?」
先輩がそう言う。オレはそれに頷く。
「あ、個数は?6個でいい?」
「はい。大丈夫です」
先輩が注文している傍ら、オレは店を眺めていた。6個が一箱なのか。確かに12個だと多いな。
「お待たせー」
「あ、お金、いくらですか?」
「いいって。ここまで遠かったでしょ」
「いや、でも」
「先輩に奢られときな」
先輩はそう言っていたずらっぽく笑う。オレは苦笑する。
「次は奢ります」
「いいってば」
他愛もない話をしながら歩いていると先輩が立ち止まった。
「私の家、ここでーす」
「あ、ここなんですね」
「うん」
少し見上げる。平屋の和風ぽい雰囲気の家。あまり古い感じはしない。
先輩はどうぞー、と鍵を開け、扉を開く。オレは恐る恐る足を踏み入れる。
「おじゃまします……」
「あ、今は誰も家いないからくつろいでていいよ」
「あ、そうなんですね」
「うん」
てかすごく今更だが、何か手土産的なものを持ってくるべきだったのだろうか。しまった。何も考えていなかった。
「緑茶でいい?」
「あ、はい」
オレはかなり緊張していた。先輩がここに住んでいるのか、という謎の感動と変な居心地の悪さ。
「そうだ。たぶん、夕方くらいには旭さん帰って来る」
「あー了解です」
出された緑茶を一口飲む。おいしい。
旭さん。どんな人なんだろう。ていうか今日はどれぐらいここにいるんだろう。
「あ、今日尚が来ることは言ってあるから大丈夫」
思い出したように先輩はそう言う。ちゃんとした彼氏でもなければただの友達でもない。オレはどういう立場にいるのだろう。
「……忘れる前に聞いときたいんですけど」
「なに?」
「旭さんにはオレのことどう説明してるんですか?」
「え」
「いや、今日もし会ったらどう言えばいいかなって」
付き合い出したのはついこの間で、それは形だけで、はっきり言えるのは先輩と後輩というだけ。旭さんに嘘を吐く必要は、ない。
「どうしよっか。うーん、尚は尚としか……」
「どういうことですか?」
「尚の話をするときは、そういう関係性をはっきり言ってないというか……先輩後輩なのは言ってるんだけど……たぶん、尚は尚ってことだけ言ってくれたら大丈夫だよ」
先輩はおそらく本当にそう言っているんだろう。声色が、表情が、嘘には見えない。何かを誤魔化してるようにも。
「……わかりました。じゃあ、そのときはそのときで」
「うん。……あ、唐揚げ食べよ」
「そうでした」
手を洗い、付属の爪楊枝で唐揚げを刺す。おいしそう。
「「いただきます」」
まだ熱い唐揚げ。火傷しないように小さくかじる。熱っ。うまっ……。
「めっちゃうまいっすね」
「でしょー。これを食べさせたかったんだ」
「ははっありがとうございます」
「ふふふ」
先輩は嬉しそうにまた一口かじる。微笑ましい。オレももう一口かじる。おいしい。
「今日は呼んでくれてありがとうございます」
「え、いやいや全然」
オレはまた一口唐揚げを口に入れる。
「……私ね」
「はい」
反射的にそう答える。先輩は相も変わらず穏やかな表情を浮かべていた。どこまでが作った表情なのだろう、と思う。
「ずっとわからないことがあるんだけど……」
「え、なんですか」
若干真剣な雰囲気になっている気がする。少し緊張する。先輩にわからないことがオレにわかるのか?
「尚ってさ、何したら怒るの?」
「……はい?」
真剣な顔をして先輩は言ったが、拍子抜けした、というのか、間抜けな返答をしてしまった。
「そもそも怒ることあるの?」
「ええ……」
怒ること……あるけど。たぶんあるけど、それを相手にぶつけるのかって話?だとしたら。
「オレは、先輩に怒ることはないでしょうね」
オレは今どんな表情をしているのだろうか。
久しぶりの更新です。長らくお待たせして申し訳ないです。以前、4月くらいには落ち着く、的なことを書いていたと思うのですが、難しいかもしれないです。実は出版社の小説賞に出すことも考えていて、ここで書いているものとは別のものも書いているので、『天才の弟』は不定期で更新していくと思います。もちろん、『天才の弟』も完結まで書くつもりなので、よろしければ、これからも読んでくださると嬉しいです。




