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『無能令嬢』ベアトリクス・ボーデンは溺愛される。  作者: ただのぎょー


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10/10

第10話:ブラン・ニュー・デイ

 セオドラ・エザートンは不愉快であった。


 週明け、ベアトリクスが早退した日。歴史学のギブソン先生はセオドラたちのレポートを高く評価した上で、その内容について口頭試問を実施したのだ。

 むろん、ベアトリクスにレポートを書かせていた者たちが答えられようはずもない。それを見て先生はこう言ってのけた。


「使用人や有能な者に仕事を差配することは貴族や商会の主人としては必要な能力でしょう。

 ですがそれは学徒として相応しい態度ではない。

 これを不正とはしませんが、レポートの再提出を求めます。ええ、今度は自分の手で書いてきなさい。よろしいですね」


 セオドラは恥知らずにも、これをベアトリクスの不手際と感じた。

 彼女が説明のできるようなレポートを渡さなかったのが悪いと。戻ってきたら説明しやすいレポートを書き上げさせようとしていたのだが、結局その週、ベアトリクスが戻ってくることはなかった。

 レポートが手付かずのまま週末を迎えてしまっているのである。


 そしてブライアン・バーデンベルク伯爵令息もその週は休んでいるようで、彼が誰の騎士シュバリエとしてデビュタントの会場に現れるかも分からないままだ。


 週末、その日は朝から香油を垂らした風呂に浸かり全身を磨き上げて『表裏なき歯車(メビウス・ギア)』を流行りのデザインのドレスに変え、夕方にデビュタントの会場、王宮の広間へと向かう。


 広間の奥、一段高くなったところには玉座が置かれ、ウォーレス帝が座している。彼は本日の主役たるデビュタントの若者たちの挨拶を受けているのだ。

 純白の夜会服イブニングドレス姿の若き令嬢が、漆黒の燕尾服姿の令息が。緊張と誇らしさを顔に湛え、頭を下げては広間の中央へと並んでいく。


 すでに昨年以前にデビュタントを済ませた若者やその親である貴族たちは、壁際や二階席からその様子を眺めている。

 デビュタントを迎える彼らの婚約者の有無を確認するこれは、巨大な見合い会場でもあった。

 気に入った相手がいれば声をかけ、ダンスに誘うのだ。


 セオドラは取り巻きたちを2階のエザートン侯爵家のスペースに招いて談笑していた。華やかな会場、着飾る男たちの姿に先日まで感じていた不快感も消えていく。

 だが、そんなさなか。取り巻きの1人がぽろりと手から扇子を取り落とした。


「ちょっと……」


 あまりの不調法に苦言を呈そうとしたセオドラであったが、取り巻きの彼女の唖然とした顔を見て、その視線を追い……硬直した。


 視線の先にはたったいま会場入りしたペア。均整の取れた肉体を漆黒の燕尾服に包む金髪の貴公子。


 そしてその隣にいる美しい女。

 純白の夜会服と同じく白の長手袋オペラグローブ

 令嬢としては有り得ぬほど短い、肩までの長さの茶色の髪(ブルネット)。今日は銀縁眼鏡をしていないが、その代わりに頭部を飾るのは煌びやかな銀のディアデム


 あの女を知っている……いや、あんなに美しい女は知らない!


 セオドラの脳裏に相反する思いが響く。


 会場中が沈黙に包まれ、2人を注視するなか、女と男はそっと目を合わせて微笑みあう。


 気づけばセオドラの手も震え、扇子を取り落としていた。




「大丈夫?ビー」


 小声で囁かれ、ベアトリクスは僅かに頷く。

 彼女は眼鏡を外しているのであまり細かく人の表情が見えないため、緊張はあまりない。

 それでも皇帝、ウォーレスの前に立った時はエスコートするブライアンの腕に僅かばかり力がかかった。


「ベアトリクス・ボーデン嬢、ブライアン・バーデンベルク殿にございます。陛下」 


 侍従の者が伝え、皇帝が頷く。


「ベアトリクス・ボーデンと申します。帝室に忠義を誓います」


「ブライアン・バーデンベルク。次代の皇帝に忠義を誓います」


 2人は頭を垂れて誓いの言葉を口にした。


「うむ、汝等の忠節に感謝する」


 気付いてないのかウォーレス帝は型通りの返答をし、侍従の男の顔面は蒼白となった。

 2人の言葉は現皇帝には忠義を誓わないと言っているのに等しいからだ。


 皇帝の前を離れ、しばらくすると音楽が流れはじめる。

 広間の中央へと向かう男女、ブライアンもベアトリクスをエスコートして向かい合って立った。


「ああ、本当に美しいよ、ビー」


「ふふ、ブライアンも素敵よ」


 軽快なワルツの音楽に合わせて2人は身を寄せ合った。

 左回りに世界が回り始める中、ブライアンの胸の内でベアトリクスがため息をつく。


「実感が湧かないわ……こうして踊る日がくるなんて」


 腰に回されたブライアンの手に力がこもる。


「幸せにするよ、ビー」


「ええ、幸せになりましょう、ブライアン」




 デビュタントが終わった翌日より帝都の歌劇団が上演を始めた演目、名を『無能令嬢は溺愛される』と言う。

 個人名は全て秘されていたが、明らかにウォーレス帝への風刺が含まれる内容であった。

 劇場は連日満員、皇帝は圧力をかけて上演を取りやめさせようとする。しかし、なぜか機械神教会の上層部まで歌劇団を後援していたため、最終的に演目が中止されるまで、実に王都の住民の過半数がその演目を見たという。




 帝都の繁華街と住宅街の境のあたりに、『B&B私立探偵事務所』という小さな探偵事務所がある。そこに行けばオールドケリーという探偵が君の悩み事の相談に乗ってくれることだろう。

 決して依頼料が安い事務所ではない。


 でももし今が社交ソーシャルシーズンで、その悩み事が邪神関連の事件であるというのであれば、すぐさまここへ向かうべきだ。

 歌劇『無能令嬢は溺愛される』のモデルと言われる、ブライアン・バーデンベルク伯爵と、ベアトリクス伯爵夫人が仲睦まじく寄り添う姿を見ることができるかもしれないのだから。

ξ˚⊿˚)ξ <これにて完結、ご高覧ありがとうございました!


ξ˚⊿˚)ξ <よろしければ評価・感想などいただければ幸いですのー。


!ξつ˚⊿˚)ξつ ★


ではまた、いずれどこかの作品でー。

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i521206
― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく拝読しました。特殊設定のある異世界恋愛はあまり読まないので新鮮でした。ベアトリクスがブライアンの婚約者であることに不安を抱えながらも、最初から最後までブライアンの温かな愛情で満たされ…
[一言] テンポ良く読めました(^^) お話の流れも小気味よく、気持ちの良い終わり方でした!
[良い点] セオドラ達が扇子を取り落す所、楽しいですね♪ 読んでてドヤァ! って気持ちになりました。 ふむ、ビーとブライアンの現皇帝には忠義を誓わない宣言、スルーしたウォーレスがアホというより、2人…
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