大関ボーン
『賭場流華院をやりやがった奴がいるはずだ! 探せ!』
地下室のモニターが、地上の様子を映し出す。各所に配置されたカメラの映像だ。
『そいつに相撲で勝って土をつければ、今度は俺達が野良相撲を仕切れる! 成り上がるチャンスだぞ!』
チームカラーだろうか、色とりどりのまわしを着けた養殖力士のカラーギャングが相撲部屋に踏み込んで来た。奴等は玄関を破り、土足でなだれ込む。その後ろには、闇市で流れていたのであろう旧式の装甲服に身を包んだ奴までいる。
『このボロ屋の中にいるはずだ!』
相撲部屋をのしのしと歩き回る養殖力士達。もう何年前だろうか。この相撲部屋が門下生で溢れていたのは。その賑やかさを思い起こすが、それは一瞬のことだった。
『隠れてるに違ぇねぇ! 天井に壁、床板も引っ剥がせ!』
『ごっちゃんです!』
相撲部屋を破壊しだす侵入者。遅れてマイクの拾った音が地下室に響く。床板を引き剥がす音。壁を砕く音。天井板を棒や角材で突き破る音。その無礼極まる行為の数々に、おいどんの中で怒りが沸騰する。
「ひどい…!」
「相撲部屋が……」
背後の小春と小雪の声に、おいどんの意識が引き戻される。そうだ。堪えろ雷電。堪えるのだ。今はこの2人を守らねばならんのだ。
「……大丈夫でごわす。また直せばいいのでごわす」
自分達のせいだと思っているのだろう。申し訳なさそうにする2人。その姿においどんは反省した。一番大人であるはずのおいどんが感情に身を任せるなど恥ずかしい。怒りを胃袋に押し込み、平手で腹を叩く。
「その……直す時は、私も手伝わせてください」
「わ、私も!」
「すまんが、その時は頼むでごわすよ」
小雪と小春の申し出を嬉しく思ってモニターから振り返る。すると、突如モニターからサイレンの音が響き渡った。
「むっ!?」
「これは……」
「軍警察!」
聞いたことのある装甲力士輸送車のサイレン。さらに発砲音までマイクが拾い始めた。威嚇射撃だろうか。
『まずい軍警だ!』
『散れ! 散れっ!!』
あれだけ好き勝手に相撲部屋を荒らしていたカラーギャング達だが、軍警察の登場にたまらず逃げ出した。
「たす……かった……んだよね?」
「そうでごわすな」
おいどんは小春に頷いて答えると、モニターを見据えた。軍警察にしては動きが早い。まるで騒動が起こることを予見していたかのような早さだ。しがらみや制約の多い組織でこのような動きができる男を、おいどんは1人しか知らない。
「あれは……」
「隊長!」
しばしの静寂の後、相撲部屋へとやって来たのは1人のドスコイトルーパー。装甲服にヘルメットの大銀杏アンテナ。間違いない。大関ボーンだ。やはりと言うべきだろうか。
『見てるんだろう? 雷電』
隠しカメラを見据え、呼びかけてくる大関ボーン。こちらの動きはお見通しか。おいどんは髷アンテナで直通回線を開いた。
「久しぶりでごわすな、ボーン」
『ンフハハハッ!』
返ってきたのは、大関ボーンの高笑いだった。モニターの映像に映る彼は、腹を抱えている。
「な に を い う か。つい先程、ネオ武家屋敷ですれ違ったろうに……ンフハハハッ」
「バレていたでごわすか」
「あーっンフハッ……あぁ、バレバレだったぞ雷電」
そうか。完璧に群衆に溶け込めたと思っていたが……やはり、ボーンには敵わないな。そう思いながら、おいどんは手紙の内容について確かめようとする。
「それで、この手紙の内容は事実でごわすか」
「……事実だ。小雪と小春は……行司の血を引く末裔だ」
先程までの和やかな雰囲気は、はね太鼓が鳴り響いたかのように霧散した。一段と空気が冷え、息を呑む。
行司、それは戦いの裁定者。力士と、力士の立合いを仕切る者。本来なら、我ら力士を導く存在だが……
「その血を狙う者がいるのだ」
小雪と小春にかかった裏社会の懸賞金。無傷で連れて来いという条件。すべてが腑に落ちた。そして、同時に怒りが湧いてくる。黒幕だけでない。友に対してもだ。
「聞きたいことは色々あるでごわす。しかし……」
おいどんはモニターを切り、ボタンを押してセーフルームの扉を開く。割れる土俵、せり上がる足場。そして見えてきたのは、荒らされ尽くした相撲部屋だった。
かろうじて汚されなかった土俵という名の聖域。おいどんはそこに、全自動的なドヒョウ=イリを果たした。
「わかってるよ。お前は、昔からそうだ」
土俵が元に戻るのを待ってから、ボーンも土俵に上がる。ガチャリガチャリと、装甲服を脱ぎ捨てて。
ズン、と低く響く音。捨てられた装甲服の重さがここまで伝わってくる。そして、大関ボーンは本来の力士の姿――まわし一丁となった。おいどんもそれに倣い、相撲ガジェットを外す。
「ネイキッド・ドスコイ!」
一丁締めの音に反応し、解除される装備。それらは自動的に弾け飛び、土俵の外へと飛んでゆく。これで対等な相撲が取れる。
「やるか、雷電」
「もちろんでごわす」
迷いがあるからこそ、相撲を取る。すれ違いがあるからこそ、肌と肌をぶつけ合う。相手の心を知るために。
「お、大関ボーン隊長……」
「隊長……」
後からやってきた小雪達も、心配そうに見ている。しかし大関ボーンは手で制し、膝を叩いた。
「見取り稽古というやつだ。本物の力士同士の立合いを見て、何か学びを得てみせろ」
おいどんは完璧なヒーローではない。横綱でもない。ただの力士でしかない。それは、大関ボーンも同じなのだ。
こうして、お互いに立会いの姿勢をとった。




