ストリート・レスリング
「これは…」
「養殖力士の成れの果てでごわすな」
未だ起き上がれず、もがき続ける贅肉の塊。法定食度を守らずに、脱法ちゃんこを過剰摂取したに違いない。過ぎたるは何とやら。肥えるばかり、あのような張れぬ足腰では相撲を取れないだろう。
「あーあ、立てねぇでやんの。これじゃ野良相撲になんねーじゃん」
新たな声に目線をやると、壊れた門を踏み越えて引き締まった体型の男が現れた。浴衣から覗く浅黒い肌には、刺青が浮いている。
「なんだぁ、ここは。モノホンの相撲部屋じゃねぇか。初めて見たぜ。ぼろいなぁ」
男は頭を掻きながら、興味なさげに母屋を眺める。だが、男が小雪達を視界に入れると、途端に顔色を変えた。
「おぉっ!? そこの2人、賞金首の小雪と小春じゃね?」
驚いたな。ギャングが軍警察の要人なんかに懸賞金をかけたという噂はよく耳にするが、階級の低い2人にかけるとは……。手紙は事実と見ていいだろう。
「意味が分かりません。人違いでは?」
「間違いないんだなぁ〜これが。裏社会の大物が、君たちに懸賞金をかけてるんだわ」
「えぇ!? どういうこと?」
小雪がはぐらかそうとするが、男の会話に小春が乗ってしまう。これでもう誤魔化せないな。どうするべきか。考えているうちに、男が2人に歩み寄る。遠慮なくズカズカと歩き、おいどん達を警戒する素振りすらない。
「さぁな。とりあえずこっち来いよ。番付《ID》を消去して出荷準備をするから」
男が小春に手を伸ばすが、小雪が割って入り男の手を払いのけた。
「小春に触れるなっ! どすこぉぉい!」
払いのけた手を返すようにして、小雪の張り手が炸裂する。早い。それに、並の力士よりも鋭い。男の頬に間違いなく当たった。だが……
「効かねぇなぁ」
男はビクともしない。まるで岩や大木に小石が当たったかのようだ。
「きゃあっ!?」
それどころか、またたく間に小雪は組み伏せられてしまう。
「小雪ちゃん!」
「おいおい、あんま暴れるなよ。無傷で引き渡せって条件らしいからなぁ」
「ほぉう、誰でごわすか。その大物とやらは」
そのひと言で小雪を組み伏せる動きを止め、おいどんの方を向いた男。やっとこっちを見たか。男はおいどんを一瞥すると、気だるそうに口を開いた。
「さぁねー。俺との野良相撲で勝ったら教えてやるよ。お じ さ ん」
ゆらりと立ち上がり、首を傾けたまま据わった目を向ける男。その背後で小雪が這って男から離れるのが見えた。
「よかろう。受けて立つでごわす」
挑発には乗らぬ。だが勝負には乗ってやる。小雪が逃げる時間を作るために。おいどんが浴衣を脱ぎ捨てると、ようやく男の目が見開かれた。
「おぃマジか! 天然力士かよ!? 初めてだぜ、本物をぶっ潰すなんて」
獲物を見つけた獣のように歯を剥いて歓喜する男。なるほど、生粋の 相撲狂いか。その相撲への貪欲さ、正しく活かしていれば大成していただろうに、もったいない。
「おいどんも初めてでごわすな。無礼な小僧と相撲を取るのは」
おいどんの安い返しに空気が冷えるのが分かった。乗ったな、安価な挑発に。向かい合ったな、驚異なおいどんに。
「言うじゃねぇか。後悔すんなよ」
男もおいどんに対抗するかのように、浴衣を脱ぎ捨てた。その下に隠されていた装備が月明かりに照らされて浮かび上がる。
「あれは!? 軍の87式装甲服!! まだ正式配備されてないはずなのに、どうして……」
小春に助け起こされた小雪が目を見開いている。どうやら最新式を通り越した、配備前の装備らしい。
「どおりで小雪ちゃんの張り手が利かないわけだね」
小春の言葉にも納得だ。確かに2人が身につけている82式装甲服よりも前衛的なシルエットをしている。流したのは、軍警察か開発企業か……いや、詮索は後だ。
「かまわんでごわす。相手が何であろうと、取組で応えるのがおいどんの相撲道」
「いいねぇ そうこなくっちゃ」
男が装甲服を起動させる。モスキート音のように甲高い音が、鼓膜に張り手してくる。
おいどんも、まわしのスイッチを押しながら四股を踏み、A C Sを起動させた。
「四股名、雷電。いくでごわす」
「ここら一帯の野良相撲を仕切ってる。賭場流華院だ。短い間だけど、覚えときな」
野良相撲ならば、土俵は不要だ。相撲を取る場所が土俵になるからだ。高まる緊張の隙を縫って、おいどんは小雪達に目配せした。
「そうだ、大関ボーンの立ち合いを見たことがあるでごわすか?」
「いえ」
「ならば照覧あれ! かのブラック・鯖寿司。その一端を披露するでごわす!」
おいどんがまわしから取りだしたのは、力士のまわしにも使われるバイオ帆布。光を飲み込むように漆黒だ。そしてこれは、シルクのように薄い特注品でもある。
「はっ! 布切れが何だってんだ!」
なめるなよ、昆布のまろやかさを。
「どすこいっ!」
おいどんが腕を振るうと、バイオ帆布は波打つように賭場流華院へと襲いかかった。
「おせぇな……っ!?」
「掴んだでごわすな?」
素手で引き裂こうとバイオ帆布を掴む賭場流華院。しかし、その余裕綽々な表情は一瞬で歪むことになった。
「くそっ……千切れねぇ! 何だこの頑丈さは!」
バイオ帆布は破れず、そのままの勢いでトバルカインをみるみる巻き取ってしまう。そう、鯖寿司の白板昆布のように。
「こいつ、エネルギーを吸い取ってやがる!? まわしの出力が……」
成功だ。おいどんの髷に搭載された測定機は、まわしの出力がおいどんのそれと同等になったことを示している。
「これで対等でごわす。さぁ、いくでごわすよ」
おいどんは突進し、賭場流華院とがっぷり四つに持ち込んだ。もちろん、装備頼みの若造なぞに負けはしない。そのまま数メートル押し込んでみせる。
「クソっ、この野郎っ!!!」
だが、賭場流華院も野良相撲の元締めを名乗るだけのことはある。踏みとどまると、おいどんを押し返し始めた。
「押されてる!」
「雷電さん!」
押され続けた踵が、崩れた門の残骸に引っかかる。おいどんは門の残骸に踵を預け、踏ん張りを強めた。賭場流華院の押し込もうとする力の流れ、それが止まり、浮ついたその一瞬をおいどんは見逃さない。
「うっちゃりぃぃぃぃぃ!」
うっちゃり1番、稽古は2番、3時のおやつは鯖寿司。投げ飛ばされた賭場流華院は空を飛び、最寄りのうっちゃりあの支店へと突っ込んでいった。
「うっちゃりあの親方にカウンセリングを受けるがいいでごわす」
ごっつぁんです。手刀を切り、取組を締める。
「ゴワスー! ゴワスー!」
おお、そういえば、彼もいたのでごわすな。お帰りいただこう。おいどんは彼のまわしを掴んで持ち上げた。
「おまえもでごわす! 相撲部屋で痩せてくるでごわす!」
「ゴワーッ!?」
こうしておいどんは、不躾な侵入者2名を追い返した。
……そういえば黒幕の正体を聞きそびれたな。後で捕まえに行こう。




