閑話 湖の女神と金のマサカリ伝説
たぶん、過去一で雷電が伸び伸びしてる回かもしれない。
ネオ両国シティーの外れの外れ、まだ緑の残る地域。その奥に存在する人工湖、多摩レイク。まだ明け方の薄暗い時間だというのに、そのほとりには数台のトラックが停車していた。
「急げ! 密造塩を捨てるんだ!」
そう声を張り上げるのは、違法な清め塩を扱う頭目の男、クリュソス。腰には金色に輝く軍用マサカリを下げている。冷える早朝ということもあり、吐く息は白い。
「そこ、手が止まってるぞ! 最近は軍警察の動きが早くなってる。キビキビ動かねぇと、全員仲良くお綱だぞ!」
その隣で発破をかける男はアルギュロス。クリュソスに倣った銀色の軍用マサカリを肩に担いでいる。
「わあってるよ! そらっ!」
トラックから下ろされた木箱に、銅の輝きを放つ軍用マサカリを振るう男、カルコス。亀裂の入った木箱から、白い粉が溢れる。それはサラサラと流れるように湖へと吸い込まれていった。
「兄貴たちぃ、もう足を洗いましょうよ〜」
弱気なことを言ってる臆病そうな男、シデロス。この一団で最も下っ端だ。
「やかましい! もう少しで魔黒漁船が買える。そうすれば王魔のマグロで一攫千金を……」
叱りつける声が止まる。シデロスの背後、水面に妙なものが見えたからだ。
「な……何だあれは!」
水面から頭を覗かせたのは、文字通り人の頭頂部だった。長い髪をゆらゆらとなびかせ、魚のように泳ぐ。早朝の薄暗さで水中がハッキリとは見えず、頭頂部と髪だけが見えるため、より一層不気味であった。
「ちきしょうめ、気味が悪い! おい、やるぞ」
「おうよっ」
「「HeyHeyHo!!」」
伝統的な掛け声と共に投擲される金と銀の軍用マサカリ
ブーメラン機能付きのハイエンドモデルだ。その軌道は命中コースを突き進む。
「なっ!?」
「嘘だろ!?」
だが軍用マサカリは、水中から飛び出した手に掴まれた。その柄を握り締めた太く逞しい腕は、水をしたたらせながら伸び、ついに上半身までもが水面へと上がる。
「ごっつぁんです」
力士だ。
髷を解いた力士だったのだ。
「あなた達が落としたのは……」
その声と共に両手の斧を掲げる雷電。水面から上半身だけが映るその様は、一種の神秘であった。
「……この程度の攻撃でごわすか?」
ギロリと無法者達を睨む雷電。その目には、怒りが滲んでいた。
「化け物め!」
クリュソスとアルギュロスは丸腰だが威勢を崩さない
「奴の両手は塞がってるぞ。やれ、カルコス」
「HeyHeyHo!」
カルコスもマサカリを投擲するが、刃先を左足の親指と人差し指に掴まれ、止められてしまう。
左足を器用に操り、足の指で柄を掴む雷電。両手と、左足で斧を掲げる。そのゆらりと揺れ動く様は海の怪物を想起させた。
「これは返すでごわす!」
「ぎゃぁ!」
放たれた3本のマサカリは、ことごとく持ち主に返される。刃で以て。力無く倒れ伏した3人。マサカリはブーメラン機能で雷電の手足に戻った。
「だから変な仕事は辞めようって言ったんだ!」
叫ぶシデロス。だが雷電はゆっくりと迫っていた。
「貴様が落としたのは、どのマサカリでごわすか?」
そう迫られて声を詰まらせるシデロス。額に汗が浮かび、視線は定まらない。彼の中は溢れんばかりの恐怖でいっぱいだ。吐く息も白さを増すようだ。
「ひぃっ……何も、落としてないです」
そんな中で口から出た言葉は、正直なものだった。
「正直者でごわすな」
雷電は3本のマサカリをシデロスの前に投げ落とした。ゴトリと鈍い音が3つ重なる。
「持っていくといいでごわす。売れば人生を再出発する支度金くらいにはなるでごわす」
シデロスはその言葉を聞き終えるより早く動いていた。軍用マサカリをかき集めると、脱兎のごとく走り去っていく。
「まったく、おいどんの修行場がグレートソルト湖になったら困るでごわす」
雷電は倒れる3人を見つめた。よく見れば、彼等は全員息をしているではないか。
「うぅ……」
「命までは取っておらん、軍警察が来るまで大人しくしているでごわす」
そう言いつける雷電の背後で水面が揺れ、1つの影が飛び出した。
「雷電さん、何かあったんですか?」
小雪だ。装甲服を身につけ、湖を真っ直ぐ横断する稽古の最中である。
「なぁに、無法者を成敗したのでごわす。」
「違法な清め塩……最近指名手配されてた案件ですね」
そんな会話をする2人の更に後方で水面が揺れ、水しぶきが上がる。
「ぷはぁっ!」
小春だ。彼女も装甲服を身に着けているが、両手で巨大な魚を抱えていた。
「雷電さん! こんな魚がいましたよ!」
魚はビチビチと跳ね、昇り始めた朝日が黒い魚体を照らす。
「鮪でごわすか!? まさか清め塩で塩分濃度が……」
遠くからサイレンが聞こえる。騒ぎを聞きつけた軍警察だ。
「さ、ここを離れるでごわすよ、もう一度息を止めて、湖底をすり足で進むのでごわす」
「分かりました」
「はいっ!」
雷電達は潜り姿を消した。水面は再び静けさを取り戻す。まるで何も無かったかのように。
そしてこの日から、湖にまつわる伝説が増えたのだった。
ちなみに、鮪は秋良の手によって調理され、美味しくいただかれた。長屋アパートメントの面々にも振る舞われ、宴会となったのだった。




