沢庵はポリポリじゃないとね!
「えっと……お相撲さんですか?」
なんと! おいどんの変装を見破るとは。見どころのある少年だ。しかも、カウンターから色紙を取り出しただと!? つまり……そうなのか!?
「僕、初めて見ました! 手形をください」
そうかそうか! 子供に手形をせがまれるとは、力士冥利に尽きるというものだ。おいどんはまわしから筆ペンを取り出し、サインをする。
「はっはっはっ! おいどんので良ければ」
更に朱肉を取り出し、手を赤く染め上げた。そして、カウンターに置かれた色紙に、おいどんは掌を打ちつける。バンッ! と、小気味のいい音が弁当屋に響き渡った。
「わあっ! ありがとうございます!」
色紙を抱え、亜麻色の髪を揺らして喜ぶ少年。そのあどけない笑顔は、眩しさすらある。その整った顔立ちは、美少年と呼ぶに相応しいだろう。
「かわいい……」
「小春ちゃん?」
「んんんっ!」
小雪に肘で脇を突かれ、咳払いをする小春。なるほど、小春は面食いな一面があるのか。らしいと言えばらしいな。隣で芽生える青春を他所に、おいどんは少年に尋ねた。
「それで、どんな弁当があるのでごわすか」
「はい。うちはこの力士弁当一筋で勝負してます!」
少年は誇らしげにそう言った。陳列棚を覗き込むと、確かに弁当は1種類だけしかない。だが……
「凄く美味しそうです」
「チューブ茶漬けばかりだったもんね」
そう。たまらなく美味そうなのだ。包装をすり抜け微かに香る料理の匂い。それはおいどん達の鼻腔を貫き、胃袋を鷲掴みにして離さなかった。これを食べたい。シンプル故に抗えない欲求が、脳の髄に向かってぶつかり稽古し始めた。
「少年、3つくれるか?」
購入の決断は、立合いのそれよりも早かった。
「はい! どうぞ!」
少年が弁当を手早く包んで渡してくれる。おいどんは代金のドスコイン硬貨を3枚手渡した。復興記念の古い実体硬貨だが、下層街では今でも使われる立派な貨幣だ。
「少年、ごっつぁんです」
「ありがとうございます。秋良と呼んでください」
少年は秋良という名らしい。先程の色紙とドスコインを大事そうに仕舞うと、建物の角を指差した。
「あ、そちらの座席に上がって食べても大丈夫ですよ」
「やったー! 行こ! 小雪ちゃん」
「はいはい」
おぉ、座敷か。それはいい。おいどんも小雪達に続き、畳の上へと上がった。
そして、合掌。
「「「いただきます!」」」
珍しく、おいどん達3人の声がハモる。だが誰も気にしてなどいない。眼前の弁当に夢中だからだ。
「凄い、ほとんどが天然素材じゃないですか」
「魚のフライに……チキンステーキ!?」
不均一な肉の繊維……間違いない。天然ものだ。天然の鶏肉だなんて何年ぶりだろうか。美味さと嬉しさで、もりもりと白米がすすむ。そして、飲み込むごとに血肉が踊り出すのが分かる。喜んでいるのだ。細胞が。
「そういえば、皆さんはなんでここに?」
そうだった。襲撃者が来るまでに少年を逃さねば。目的を思い出した瞬間、建物の外が騒がしくなってきた。まずいでごわす。
「今日は見かけないお客さんが多いですね」
「小雪っ! 小春っ! んぐっ……ふぅ。少年を頼むでごわす。おいどんが出るでごわす!」
味わえないことにもったいなさを覚えつつ、おいどんは弁当をかき込む。そして2人に少年を任せ、店から飛び出した。その先には、見たことがある男がいた。
「お前は!? いつぞやの天然力士か!!!」
いつぞやの悪代官だ。ゾロゾロと引き連れているのは破戒僧。つまり、脱法ちゃんこの流通網とシャルズは繋がっていたということか。
「貴様のせいで下っ端からやり直しだ! この恨み、晴らさせてもらうぞ」
なんと身勝手な恨み節だろうか。だが、注意を引けるならそれでいい。秋良を守りながら戦うのは至難の業だ。
「おい! 予定変更だ。例の弁当屋のガキを攫う前に、この力士を潰すぞ」
「「おうっ!」」
「望むところでごわす」
いいぞ。来い。おいどんは弁当屋の脇にある空き地。いや、錆びついた廃材で作られた土俵の残滓へと登った。さあ、かかってこい。相撲を取ってやる。四股を踏み、深く息を吐きながら構えた。
「ふはははっ! 痩せ細ったお前など、捻り潰してやるわ!」
悪代官は高笑いと共に着物を脱ぎ捨てる。現れたのは、不自然に膨らんだ強靭な肉体。だが前回と違うのは、所々に鍛えられた痕跡があることだ。そう、前よりも自然な筋肉に近づいている。
「粘り腰を習得し、体を動かす鍛錬も積んだ。もはやお前ごときには負けぬわ」
「ヒヒヒッ!」
悪代官が土俵に上がり、立合いの姿勢を取る。その背後で、破戒僧達が土俵の周りに立ち、おいどんを逃がすまいと包囲した。
そして、一陣の風が吹く。睨み合うおいどん達の間を、1枚の古い復興応援チラシが横切っていった。それが開始の合図だ。
「ふんっ!!」
「ごわす!?」
おいどんの全力のぶちかまし。しかし悪代官は、それを受け止めてびくともしないのだ。
「見ろ! 養殖力士が天然力士を押し返す光景を!」
奴は、ものすごい力でおいどんを押し込んでくる。踏ん張るが、踏ん張りが利かない。まだ弁当が消化吸収できていないのだ。あと少し、あと少し猶予があれば……
「……仕方ないでごわす」
おいどんは、恥を忍んで奥の手を使うことにした。
パリッ ポリッ 小気味の良い音が、土俵に響き渡る。
「何をしている!」
悪代官を無視して、おいどんは咀嚼を続けた。噛みしめるごとに、体に電流が走る。最後に食べる沢庵は格別だ。しかも本物。そう、急いで食べるのが口惜しくて、最後の一切れを口の中に隠していたのだ。
「な、なんていやしいやつだ」
それはそう。おいどんは、中年にもなってはしたないことをしている。だからバレたくなかったのだ。恥ずかしさで顔が赤くなる。だが、この一切れにはそれだけの価値がある。
「ぬうっ!? また押され始めただと!!」
「ほとばしる沢庵の塩気と甘みが、おいどんの消化器官を目覚めさせたのでごわす!」
筋肉に、丹田に力が入るのが分かった。腰を割り、膝に力を溜める。そして、左手で悪代官の右足を掬い、右足をもう片方の足にかけた。
「おおおおっ!」
おいどんは雄叫びをあげつつ、頭で悪代官の胸を押した。三所攻めだ。
「クソがぁっ!! また負けるのかぁっ!?」
悪代官は、再び土俵の外へと落とされた。あの日と同じように。
「くっ……」
土俵を取り囲む破戒僧たちは、攻めるタイミングを図りかねている。だがいいのか? そんな悠長に構えていても。
「そろそろでごわすな」
騒ぎを聞きつけたのだろう。特徴的な羽音が聞こえて来る。
「くっ! 軍警察のドローンだ! 逃げるぞ!」
実は、下層街の治安はそこまで悪くない。この自動ドローンが巡回しているからだ。
「ふう……」
悪代官を抱えて逃げる破戒僧を、土俵の上から見送る。そして、腹を撫でた。気がつけば、おいどんの目方は元に戻っていた。いや、元よりも立派になったかもしれない。そんな気がする。
「雷電さん! 大丈夫ですか?」
そんなことを考えていると、小雪達が駆け寄ってきた。それと同時に腰のあたりから甲高い通知音が鳴り響く。そして、長年の相棒たるまわしガジェットが喋りだしたのだ。
『体重と相撲力が一定値を超えました。解除条件クリア。録音を再生します』
今日の雷電、食い意地が張ってます。




