空腹の下層街
おいどん達は、日の当たらない、古びたコンクリート製の階段を降りる。冷たく湿った空気と、ライトに反射する蜘蛛の巣が足取りを重たくさせる。
「その、幕下ドナルドさんのログにあった襲撃対象というのが、ここにいるんですよね?」
「そうでごわす。ドナルドが自分より優先して欲しいと書き残したからには、そうするのが筋でごわす」
幕下ドナルドがアケボノバイオニクスに移送された件は、大関ボーンに髷通信で知らせておいた。行方を追うのは兄弟子に任せよう。
「見えてきたでごわすな」
「この扉の先が……」
階段を降りきると、錆びついた鉄の扉がおいどん達を出迎えた。そして、この先が目当ての地区なのだ。
「開けるでごわすよ」
おいどんが一歩前に出て、両の手で扉を押す。すると、金属の擦れる音と共にゆっくりと扉が開いてゆく。
「アーケード下層街。私、初めて来ました〜」
扉の向こうには、小春の呑気な声とは裏腹な光景が広がっていた。
「これが……本来の地表なのですね」
「そうでごわす」
小雪の声に、おいどんは頷いて応えた。視界一面に、荒涼としたコンクリートジャングルの成れ果てが広がる。これは、以前の大地震で無事だった建造物群。ネオ両国シティはこの瓦礫の上に建造されているのだ。
「かの災害の折、無事だった相撲部屋の力士達は復興の先頭に立ち、人々に希望を与えたと言われているでごわす」
せめてもの弔いにと、清め塩を撒いた。
なけなしの食材でちゃんこの炊き出しをした。
即席の巡業と野良試合で、笑顔を蘇らせた。
相撲部屋を広く公開し、稽古を通して復興作業員を鍛え上げた。
そして復興が進むごとに、ネオ両国シティーと相撲文化は、切っても切り離せないものになっていったのだ。
「この場所から全てが始まったんですね!」
小春の無邪気な声が、下層街にこだまする。
「しかし、盛者必衰の理。今や相撲文化は形骸化し、違法取引や賭博の商材へと成り下がったのでごわす」
それだけではない。相撲道は道徳授業の一環として学校のカリキュラムに落とし込まれ、相撲の実技もフルダイブ型の体験データとなり、本物の土俵を踏む者は消えていったのだ。それは悪ではないが、おいどんをやるせない気持ちにさせる、歴史的事実だ。
「うぅ……」
感慨に耽っていると、小雪の腹が鳴るのが聞こえた。
「にしても、お腹減った〜」
小春も腹をさすりながらぼやいている。仕方ない。飯にするか。おいどんは、まわしの中からいつものやつを取り出した。
「ほら、食べるでごわす」
「やったー!」
「ありがとうございます」
シャルズに顔の知られたおいどん達は監視を避けるため買い出しを控え、地下室に備蓄していた非常食を食べているのだ。永谷圏のチューブ茶漬け。味、栄養、値段、どれも低水準でまとまった次世代フード。長期保存も可能で宇宙食にも採用されている。
「いただきます」
「いただきまーす」
グラサンをかけており、変装にも抜かりない。チューブ茶漬けを咥えて歩けば、流行りに乗ったストリートスタイルの若者だ。実際、軍警察のドローンも騙せたのだ。小雪達も服装のコーディネートには抜かりがない。
「しかし……」
「腹持ちはいいけど」
「なんか満たされないなぁ」
こればかり食べているため、味的にも、栄養バランス的にも辛いものがある。何なら最近は目方が落ちてしまったのだ。体が資本たる力士としては、情けない話だ。
「あっ! あれじゃないですか?」
小春が指さす先に、まだ生きている建物の並びが見えてきた。そして目当ての店の名前が書かれた看板も見えてきた。レトロな内照式看板に書かれている店名は小結屋。この弁当屋が目的地だ。
「こんなところにお店があるなんて」
「ネオ両国シティーが建設された後も、無事な建物に住み続けた人は多くいたのでごわす。だいぶ減ったとは聞くでごわすが……」
そう説明しながら、暖簾をくぐる。すると、暖色の照明に照らされた手狭な店内に、いくつかの弁当が陳列されていた。その奥、カウンターからこちらを見つめる少年がいた。
「あ……いらっしゃいませ。お弁当、いかがですか?」




