もう、ここから始めるしかない
どれほど強くなろうとも、その上には必ず誰かがいる——それが世の理だと人々は信じている。
だが、その常識には二つの例外が存在した。
一つは「レギュレーター」。すべてを統べる至高の存在であり、この世界において彼を超える者は決して現れないとされている。だが、その詳細はほとんど知られていない。
そしてもう一人——
その領域に最も近づいた存在。
混沌の神、エフラクシス。
世界は十二柱の神によって統治されていた。彼らはこれまで誰の前にも姿を現したことがない。その起源はすべてレギュレーターにあるとされている。
しかし、エフラクシスだけは違った。
その過去は不明。
だが一つだけ確かなことがある。
——彼こそが、十二神の中で最強の存在であるということ。
彼の一撃は銀河すら震わせる。力は他の十一柱すべてを合わせたものに匹敵する。仮に全員で挑んだとしても、戦いは始まった瞬間に終わるだろう。
魔力もまた桁違いだった。そのわずか一%でさえ、世界を覆い尽くすことができる。
そして彼は力だけではない。
知性においても頂点に立っていた。
科学や魔法の枠を超えた技術のほとんどは、彼によって生み出されたものだった。他の神々がどれほど強大であろうと、彼の前では蟻同然だった。
彼は理解していた。
——まだレギュレーターには届いていない。
だが、いつか必ずその領域へ到達する、と。
だからこそ——
想像すらしなかった。
自分が、視界すらまともに保てないほど弱るなど。
冷たい床に横たわるエフラクシス。
胸には剣が突き刺さっていた。
血が流れ出る。
本来なら、この程度の傷は剣が抜けた瞬間に消えるはずだった。
だが——治らない。
ぼやける視界の中、彼を見下ろす十一の影。
「ついに排除できたな」
「世界の均衡を乱した罰だ」
「あんな怪物、生かしておくべきではない」
その声は耳を切り裂く。
だが、それ以上に意識を奪っていたのは——胸の剣から放たれる異様な気配だった。
力が、吸われていく。
その剣を握るのは——
光の神、ルシファー。
かつて友と呼んだ存在。
「お前の力は、有効活用させてもらうよ」
歪んだ笑み。
その瞬間、すべてを理解した。
——裏切り。
——強奪。
——陰謀。
怒りが爆発する。
理性が砕け散る。
そして彼は最後の力で叫んだ。
「テメェら……全員ぶっ殺してやる……!! 千年かかろうが関係ねぇ……!! 必ず——一人残らず殺す!!」
闇が彼を包み込む。
最後に見えたのは、笑う神々の顔。
意識が沈む中、残ったのはただ一つ。
——殺す。
——殺す。
——殺す。
やがて——
光。
眩い光。
エフラクシスは目を開けた。
そこにいたのは——
神ではない。
小さな人間の少女だった。
「ママ!パパ!アベルが起きたよ!」
無垢な声。
彼は自分の手を見る。
——小さい。
——弱い。
拳を振ろうとする。
だが動かない。
ようやく持ち上げた手は、信じられないほど幼く柔らかかった。
混乱が押し寄せる。
だがやがて、彼は一つの結論に至る。
——転生。
エフラクシスは、生まれ変わったのだ。
アベルという名の赤子として。
(いいだろう……)
(むしろ好都合だ)
復讐の炎が再び燃え上がる。
この新たな人生で——
神々を、皆殺しにする。
少女は駆けていった。
彼はその背中を見つめながら考える。
自分は確かに死んだはずだ。
それなのに、なぜ今こうして存在しているのか。
理解はできなかった。
だが答えは一つしかない。
魂が新たな肉体に宿った。
つまり——転生だ。
アベルは静かに目を閉じる。
これは二度目の人生。
そして、復讐のための人生だ。
---
夜。
月が暗雲の下で輝いていた。
少女と両親はすでに部屋を去っている。
アベルは気づく。
自分が今、ベッドではなく揺りかごの中にいることに。
立ち上がろうとする。
だが、身体が弱すぎる。
ならば——
「マナ」を使うしかない。
マナとは、すべての人間が生まれ持つ魔力の源。
それを使えば身体強化も可能。
だが——新生児の状態での発動は極めて危険。
失敗すれば、即死。
それでも彼は迷わない。
なぜなら——
彼は元・神だからだ。
瞑想に入る。
意識を集中させる。
やがて——
脳裏に光景が浮かぶ。
嵐。
巨大な嵐。
その周囲を、赤・紫・氷青の光球が漂う。
風、火、土、水。
複数属性適性。
さらに——
嵐の中心には「剣」。
闇のように揺らぐ刃。
音すら飲み込む静寂。
影属性、剣適性。
常識ではあり得ない数の適性。
だが、驚く暇はない。
最終段階が始まる。
マナが暴走する。
通常なら、すべてコアへ戻して安定させる。
だがアベルは違う。
一部を肉体へ流す。
骨、細胞、脳。
強化。
そして残りをコアへ。
——成功。
彼は笑う。
だが——
立てない。
なぜだ。
完璧だったはずだ。
それでも彼は諦めない。
何度も立つ。
何度も倒れる。
そして——
歩いた。
---
やがて彼は屋敷を探索する。
そして見つける。
扉に刻まれた紋章。
——ルシファーの印。
怒りが蘇る。
だが抑える。
進む。
図書室へ。
無限の書架。
中央に浮かぶ黄金の書。
「何を知りたい?」
アベルは問う。
「この家について」
情報が流れ込む。
頭が割れそうになる。
そして理解する。
——モーニングスター家。
裏切り者と同じ名。
光属性の名門貴族。
さらに——
他の名家。
テラヴァータ。
エーテロン。
イグニス。
セレスティア。
そして——
「破滅の時代」。
300年戦争。
神々の降臨。
世界の分断。
都市セレネ。
だが——
神はその一度しか現れていない。
「なぜだ……」
疑問が残る。
その時——
身体が限界を迎える。
空腹。
疲労。
アベルは揺りかごへ戻る。
今は——
ただの赤子。
眠りにつく。
復讐を胸に抱きながら。




