王都シスマーニ
お待たせいたしました。
いよいよ王都に到着します!何が待ち受けるのか。
―<蛍火>内、転移晶石―
「よし、準備はできてるな?」
グリム団長がメンバーに問いかける。
「もちろん大丈夫だ。が、なんでコイツがここにいるんです?」
言いながら視線を横に流す。
何故か誇らしげに胸を張ってソイツは答えた。
「おや、何も聞かされていないのか?俺はね、出るんだよ。フフッ、闘技大会にね!この!フィンラル・ゼルファルド様が!」
えーと……。コイツってこんな性格だったか?
小声で団長とティアーナに問いかける。ティアーナは苦笑いを返し、団長は、
「ハッハッハ!闘技大会は、出場するだけでも剣士の誉れだからな。舞い上がってしまうのも無理はないさ。ただし、フィンラルよ。これだけは予め言っておくぞ。俺も出るからな?」
転移晶石を起動させつつそう言うと、ドヤ顔を決めていたフィンラルの顔から一気に血の気が引いていくのが分かる。まあ無理もない。俺も初耳だしな。
「……う、嘘だあああぁぁあ!!」
俺たちの姿が消えると同時に、フィンラルの悲鳴だけがその場にこだましたのだった……。
―王都シスマーニ第一ギルド<聖印騎士団>―
「ぁぁぁぁあっ!!!」
悲鳴の続きがギルド内に響き渡る。
その場にいた蒼の騎士団のメンバー達がこちらを振り返りクスクスと笑っている。
初めて転移してきた田舎者だとでも思われたのだろう。
「団長、出場するって、マジか?」
「ああ。招待状が届いてな。私の分と、推薦状が一枚。お前の分だ」
「……ちょっと待て。俺の分、だと?何も聞いてないぞ」
目を見開いて驚愕した。
「はっはっは!サプライズのつもりだったんだが、なんだ?てっきり嬉しくて感謝されるものだと思ったぞ。成長を実感するには、実践が一番だからな」
「団長、ヴェルトは病み上がりです。私は反対ですよ?」
ティアーナがジトジトした視線を団長に向ける。
先程まで落胆していたフィンラルまで、ティアーナの言葉にうんうん、と首を縦に振る。
「まあ、決めるのはヴェルト自身だ。どうする?出場……」
「答、即、決!出る!出るに決まってんだろ!」
少し前にフリクトローアで流行った【サムライ漫画】のセリフみたいになったが、やる気は伝わっただろう。ちなみにこの漫画に出てくる必殺技は、男として生まれた当時の子供たちは、必ず習得している。
あまりの人気に、傘を壊して親に叱られる、までがセットだった訳だが……。
「ふふ。よし、ヴェルト、フィンラル。まずは受付を済ませてしまうぞ」
目を輝かせた俺を見て、ティアーナは額に手を当てて、諦めたようにため息をついた。
こうして俺たちは、娯楽施設である闘技場へと向かうのだった。
―シスマーニ闘技場―
八百年以上も前に建てられたとされる施設で、設立当初は牢獄であったとされている。
その後、罪人の処刑場として使われ、現在では観客席を設けた闘技場へと姿を変えた。
尚、使用目的は様々で、学生たちの部活動の大会の場であったり、歌手のコンサートやライブ会場としても使われている。
今回俺たちが参加する闘技大会は、四日後に開催される。
ルールは至って簡単。戦闘不能、もしくは降参した方の負けである。また、『不殺の呪い』と呼ばれる結界を張り巡らせており、即死に至る攻撃は全て無効化される。結界が発動される攻撃を受けた場合も負けとなる。
ちなみに、不殺の呪いという結界は、人間には扱う事のできない結界魔法であり、精霊と呼ばれる種族のごく一部の上位種族にだけ伝わる魔法である。俺は見たこともないが。
「よーし、とりあえず受け付けは済んだな。ルールは頭に入ったか?」
「もちろんだ!今からでも行けるぜ。それにしても、やけに人が多くないか?本番四日前なのに」
すでに屋台まで建っているのだ。うん、焼きそばが美味い!
「あらヴェルト。珍しいのね?今日は王都でアイドルのライブがある日程なのよ?」
「な、んだ…………とぉ……ッッ!」
失念していた!
そうだ、今日は人気急上昇中の今最も注目のアイドル『すりぃぴんぐ☆きゅぅてぃ』のライブの日じゃないか!
「なんてこったぁ……。すまないリーネちゃん、ソノラちゃん。…………そしてシュナ様ああぁ」
「こいつ、相変わらずのアイドルヲタクっぷりだな」
フィンラルは呆れ顔でそう言うと、俺の肩に手を置いて
「まあ、元気出せって。ほら、もしかしたら大会見に来るかもよ?格好いい姿を見せるチャンスじゃん!なっ?」
と、元気づけてくれる。
「はっはっは!それに、時間もある事だし、その辺を歩いてみるといいさ。もしかしたら、バッタリ!なんてこともあるかもしれんぞ?」
「うーん、流石にそれは無いと思うけど、王都も久しぶりだから、見て回るのも良いんじゃないかしら?」
団長とティアーナが提案する。
「あの、ご歓談中の所を失礼致します。道を尋ねたいのですが、シスマーニ闘技場の受付はこの先でよろしいでしょうか?」
――!!
とてつもない美人だ。ただ道を尋ねられただけで、その所作の一つで育ちの良さが窺える。
露出が少ないにも拘らず、この圧倒的な存在感も育ちの良さが窺えるだろう・・・。
「ええ。ここから見て、正面右にある大きな円形の建物がシスマーニ闘技場です」
ティアーナが答える。
男性陣は女性に見蕩れてしまい、すぐに口が開かなかったのである。
「ありがとうございます。あら?皆さんは剣士様なのですね?では、闘技大会に参加されるのでしょうか?」
「え、ええ。お、俺たち三人は出場予定です」
どもりながらも何とか答える俺。かっこわるい。
すると女性は、ぱあっと笑顔を咲かせて
「そうでしたか。皆様に蒼の女神の祝福があらんことを!……ふふっ。それでは失礼致します。」
ペコリ、と礼をして去って行った。
その背中を男性陣が見送る中……。
「ちょっと!みなさん、顔が緩みきっていますよ?!」
と、嫉妬気味にティアーナがパン!と手を叩く。
「いや、これは仕方がないんじゃなかろうか」
「ああ。これほどの女性には出会ったことが無いな」
「うむ。よもやこれほどの者がいるとは……な。」
ティアーナがさらに面白くないといった顔をする。
「なんですか!揃って鼻の下を伸ばして!確かに綺麗な方でしたが……」
「待て待て、勘違いするな、ティア」
慌てて制する俺。
「……?どういうこと?」
ぶすーっ!とした顔で聞き返してくる。可愛い。
「ティアは彼女と同じ女だから解らなかったんだろうが、彼女の声から魅了が漏れていたんだ」
「しかも、あの様子だと、意図的に出している訳でもないのだろう」
と、俺に続いて団長。
「声色や、香りなんかも魅了に拍車をかけてしまう。年頃の女性だから仕方がないとはいえ、魔力耐性が並みの男なら一瞬で落ちるな、ありゃ」
フィンラルが冷静に分析した。
「ま、ここでそんな話をしてても仕方がないさ。街の中をぶらぶらしつつ、宿に向かおう」
団長に促されて、一同は歩き出した。
微妙に納得できていないのか、どこか肩で風を切るように先頭を歩くティアーナを見て、俺たちは顔を見合わせて笑ったのだった。
―カロッサ区―
王都シスマーニの中央に位置し、昼夜問わず、多くの人が行き来する。
大きな噴水のある広場があり、その周りには娯楽施設や宿が並ぶ観光地である。
王都には大小合わせて七つのギルドがあり、カロッサ区には第一ギルド<聖印騎士団>と並び称される、第二ギルド<天裂蒼牙>が構えている。
「ふむ。我々の宿はここだな」
団長が入口の前で足を止める。
「な、な、なっ……」
団長以外の全員が、声にならない声を、各々心の中で叫んでいた。
「討議大会に招待された身だからな。ちなみに去年参加した時もここに泊まったぞ」
「マジかよ……。外観見てるだけで首が痛くなるぞ」
「ええ、ほんとうに……」
さあ、チェック・インしよう、と団長が中に入ろうとする。
その時、フィンラルが声を上げた。
「団長……。私は、ここには泊まれません」
「おいおい、こんな機会なんざ滅多にないんだぜ?圧倒されるのは分かるが、ここは乗っかっておいた方がいいんじゃ」
「……だから……んだ」
フィンラルがボソボソと呟く。
「あん?」
「だ・か・ら!俺は、招待されたわけじゃなく応募組だから、ここに泊まる資格が無いんだよ!」
ひゅぅぅぅ、と一陣の風が抜ける。
「え?でも、一部屋二名まで使えるんだろ?」
俺は疑問を投げかけた。
「ああ、そうか。うっかりしていたよ」
団長が手をポンッと叩き
「闘技大会の参加者の宿泊施設は、問題発生防止の為に、基本的に同じ宿泊施設の使用が認められていないんだったね。それは招待された俺と、俺が推薦したヴェルトには当てはまらないし、ティアーナ君は参加者じゃないからどちらかの部屋に宿泊できるが」
―なるほど。『同じギルド』等の括りじゃこのルールに触れてしまうのか。
「……そういうわけだ。最高級ホテルは名残惜しいが、ここからは別行動だ。それはもう本当に名残惜しいが……」
よっぽど未練が残ったのだろう。何度も振り返りながら、フィンラルは背中を丸めて宿を探しに去って行った。
チェック・インを済まし、荷物を置きに部屋へ向かう。
エントランスでも思ったが、天井が高すぎる。廊下はなんかは俺の家のリビングくらいの幅がある。
受付時に何階建てなのかとスタッフに質問してみたら『十五階建て』だそうだ。但し、ワンフロアで通常の二倍ほどの高さがあるだろう、との事だった。
「……ヴェルト、分かっているとは思うけれど、置物には絶対に触っちゃだめよ?部屋に有る物も、絶対に触らないでね?」
「おいおい……」
そんなやり取りを見ていた団長は「着いたよ」と部屋の前で足を止める。
「さぁ、聞くまでもないだろうけど、ティアーナ君。どちらの部屋で夜を過ごすのかな?」
「……ふへっ?!」
なにその反応。可愛い。
質問の意味を理解した瞬間に、ティアーナは顔を真っ赤にして
「知らないっ!!」
と言って、団長からルームキーを奪い取り、部屋に入っていった。
「おや、愚問だったようだ」
団長ももう一つの部屋に入っていく。
残された俺は、ティアーナの入っていった部屋のドアノブに手を掛ける。
ガンッ!ガンッ!
かくして俺は、オートロックのドアの前で、落ち着かないほど広い廊下を独り占めするのだった。
次回予告!
「ははは。皆さん初めまして。私の名前はフェイト・グリムだ。ギルド<蛍火>、並びに皇族を守護する騎士団の団長を務めている。なにっ?自己紹介だけで終わりそうだって?」
次回『ギルドの名前に統一性が無さ過ぎじゃないか疑惑!』
「もう終わりか。ならば最後に。私は妻子持ちだぞ♪」






