聖アルメリア教会
間が空いてしまって申し訳ございません。
大変お待たせいたしました!お楽しみください!
―ホテル・アインス<一四〇五号室>―
「いや、落ち着かねえ!なんだこの無駄な広さは!」
自分の部屋の寝具よりも、ゆうに二倍はあるであろうベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けにダイブした。
当然ながら、この上なくふかふかである。そんなベッドが二つも並んでいるのに、半分以上の間取りを残している。
大画面の魔素粒子モニター、長時間座っていても疲れを感じないであろう高級なソファーや、高い天井に吊るされたシャンデリアに、見た事あるような気がしてくる価値のわからない絵画など、俺にとって落ち着かない要素のオンパレードだった。
「……空いてる空間で素振りでもしよう」
「ダメよ?絶対にダメ。一つとして、弁償で払える金額の物は無いわよ?」
間髪入れずにティアーナがつっこむ。
「わーかってるって。……ダメだ。落ち着かん!ちょっと街に出てくるよ。ティアも一緒に行くか?」
ティアーナは、うーん、と少し考えてから
「ううん、今日はやめとく。折角の機会だから、私はホテルを満喫させてもらおうかな?」
と断りを入れる。現金なものだ。
とは言え、これだけの経験は滅多に出来るものでは無い事は確かだ。
「分かった。じゃあ、俺はテキトーにぶらついてくるから、何かあったら呼んでくれ」
「うん、気を付けてね」
そうして俺は、やけに重量感のあるドアを開け、街へと繰り出した。
ホテルから出ると、何人かの人だかりが目に入った。
テレビのリポーターとカメラマン、取材を受けている店の主人と、そのお客さん数名だろうか?
「――というとても大人気なお野菜!サラダにしても、天ぷらにしても美味しく召し上がれますよ!お母さんも、こちらのお店には良く来られるんですか?」
「そうねえ。ここのお野菜は美味しいから――」
(なんて平和なんだろう。それにしても天ぷらかあ。確か、二、三年前に東方の国から伝わったんだったか……?まだ食べた事ないから、明日辺りみんなで食べに来ても良いかもしれないな)
そんなことを考えていたら、リポーターの女性がニコニコしながらこちらに目線を送っていた。
「それでは、あちらの男性にも声をかけて見ましょうか。すみませ~ん!」
これは、逃げられないか。
まあ、無難に受け答えすれば問題ないだろう。
「こんにちは!お兄さんもお買い物ですか?」
「いえ、俺は観光に来ました」
「そうなんですねえ。いま、こちらのホテルからいらっしゃいましたが、相当なお金持ちなんじゃないですかぁ?」
リポーターがわざとらしく目を細めてニヤニヤする。
「あはは、そんなんじゃないですよ。ただの付き添いみたいなものです」
「そうだ!お兄さんもちょっとこの天ぷら、一つ食べてみてください!美味しいですよ」
思いがけず、食す機会が巡ってきた。
「へえ、天ぷらですか。実は初めて食べるんですよ。喜んで一つ、いただきます」
「揚げたてで、とっても美味しいですよお」
そう言われて、俺は青々とした葉が中に見える天ぷらを口へ運ぶ。
サクッとした食感が小気味よく咀嚼を促すと、口の中から鼻腔へ、爽やかな香気が一気に駆け巡る。
後から店主に聞いたら、『しそ』という香草で、東方では夏バテで食欲が低下しがちのこの時期に、『うめ』と一緒によく食べられているものだそうだ。
「こ、これは!!たまらないですね。なぜ今俺の手に、ビーラが無いのかと不思議な気持ちになりますよ」
「そうですよねえ!こんな暑い日に、キンキンに冷えたビーラと揚げたてサクサクの天ぷら。最高の組み合わせになるのではないでしょうか?お兄さん、ありがとうございました。現場からは以上でーす!」
そうしてインタビューが終わった。
「皆さんご協力ありがとうございました。お買い物中の皆さんも、お騒がせしました」
リポーターの女性はとても礼儀正しく挨拶をして、少し離れていた俺の元にまで小走りで寄ってくる。
「お兄さんも、突然だったのに、ありがとうございました」
「いえ、本当にただの観光なので気にしないでください。それに、明日の夕食が決まったのでむしろ感謝してます」
天ぷら。本当に美味しかった。
「そう言ってもらえて何よりです。それでは、失礼します」
そう言った彼女は元気よく頭を下げて、駆け足で去っていく。
(流石テレビに出てる人なだけあって、自然な笑顔だなあ。我ながら単純だけど、元気をもらった気がする)
「うーん、あれだけのものを食べてしまった以上、見合うだけのものを飲まない訳にはいかないよな!うん。間違いない」
自分に言い聞かせるように言い訳をして、俺はお酒を探しに歩き出した。
(東方の国の料理だからな。東方の酒を探してみようか)
意外とすぐに店は見つかったが、試飲していくうちにだんだんと気持ちが大きくなっていき、夜になる頃には、とある飲み屋でヘベレケ状態で発見され、ティアーナにこっ酷く説教されるのであった。
―アルメリア区―
農場や牧場などがあり、各国に肉や卵などを流通している。特にメリア牛と呼ばれる牛から採れる乳は、不思議なことに牛の感情で味が変わるのだ。
豊かな自然が広がっており、都会の疲れを癒してくれると、観光スポットとしても人気がある。
ホテルのあるカロッサ区から比較的近い場所に聖アルメリア教会があり、今回の目的地である。
「たった一時間歩いただけで、随分と景色が変わるもんだなあ」
「街の喧騒を抜けるだけで、こんなにも感じる空気が違うのね」
「そうだね。でも、油断はしてはいけないよ。闘技大会の参加者は毎回、こういったところで狙われやすいからね。それに、このあたりに巣食う魔獣だっている。ああいうのとかね」
視線の先に、二匹のオオカミが姿を現す。スティングウルフと呼ばれる魔獣だ。
その名の通り、激高すると体毛が針のように逆立ち、そのまま素早さを活かして体当たりしてくる。
ティアーナが一歩下がって身構える。
「ヴェルト。後ろは任せた」
「あいよ」
いつの間にかティアーナの背後にも二匹のスティングウルフが回り込んでいた。
「さて、と。本当は動物タイプの魔獣は極力殺したくはないんだが……言葉は通じず、殺意は剥き出し、か。うーん、どうしたものか」
などと無防備に語る団長。それを隙と捉えたスティングウルフが二匹同時に左右から飛び掛かる。
「おっと」
かなりの速さの攻撃を、難なく躱す。が、一匹のオオカミが着地と同時に団長に飛び掛かり、首筋を狙って牙を剥き出す。
「……よし!」
再び身を捩って躱す態勢に入った団長だが、反対側から今にも飛び出しそうなオオカミが牙を立てている。それを見ていたティアーナが、魔法を放とうと杖をオオカミに向ける。
「えっ?」
その瞬間だった。
団長の身体がその場から消え、二匹のスティングウルフが牙を剥き出したまま、お互いに噛り付いた。
激しくぶつかり合い弾き飛ばされたオオカミは、味方に攻撃された痛みと、今まさに食わんとしていた獲物の消失で、完全に混乱していた。
「ふふっ、どうやら上手くいったようだ」
ポンッ、とティアーナの頭に手を置きながら団長が姿を現した。
団長の姿に気が付いたスティングウルフが、グルル、ガルルと低い唸り声をあげ、威嚇をする。
ティアーナが杖を向けようとすると、それを団長が制して
「必要ないよ」
と言い、凄まじい殺気でスティングウルフを睨みつけた。
完全に怖気づいたようで、こちらを見ながらジリジリと後ずさっている。
「さあて、始めるか」
俺は背負っていた大きな箱を下ろして、剣を構える。
二匹が威嚇しつつ徐々に近づいてくる。
一匹が脚に力を入れている。今にも飛び掛かってくる構えを取っていると悟った。
「ハッ!」
スティングウルフが飛び掛かる寸前で、逆に俺が間合を一気に詰める。
タイミングをずらされたオオカミが横に飛び退くが、着地が上手くできずに倒れこんだ。
俺はそのままもう一匹に剣撃を放つ。
キャン!と甲高い声をあげ、一匹は大人しくなった。倒れていたオオカミがそれを見て、更に激高し、真っ直ぐに俺に襲い掛かる。
「来る方向がわかってりゃ、銃弾だって躱して魅せるぜ?」
再び甲高い声が響き渡り、俺は剣を収めた。
「また腕を上げたな、ヴェルト。魔獣の特性をしっかりと理解していたし、何より手際が良かったぞ」
「団長、アンタが俺に魔獣討伐の依頼ばっかり回すからだろう?この手の魔獣なら、団長にも引けはとらないぜ」
「私、今回もまた何もしてない……」
と、各々思い思いの感想を述べながら歩いていると、目的地である聖アルメリア教会が見えてきた。
「先に挨拶をしてきますね」
「ああ。よろしくな」
ティアーナが教会に入っていき、五分程して俺たちも中へ通された。
「何度か入ったことはあるけど、教会ってのはどこも何となく背筋が伸びちまうような感覚になるよ」
それを聞いた案内役のシスターがウフフ、と笑って
「そんなに緊張なさらずとも、神は常にあなたを見ていますので、自然体で結構ですよ」
と言った。
彼女は俺をリラックスさせたいのか、緊張を強めたいのか、どちらなのだろうか。
「では、こちらの部屋へどうぞ。司教様を呼んでまいりますので、お掛けになってお待ちくださいまし」
シスターはペコ、と一礼し、部屋を後にする。ティアーナもそれに合わせて一礼する。
部屋の中を見回して、率直な感想を洩らした。
「それにしても、初めての場所なのに、そんな感じがしないな」
「まあ、そう感じるのも無理はないと思うわ。その昔、旅の信者が他国の教会に立ち寄った際に、奉られている神が違ったという逸話があって、『同じ神ですよ』って分かり易くする為にデザインが統一されているの。でも、デザインも正確には違うのよ?例えば、どこの教会にも十三本の柱があって、この部屋の位置からすると、あの柱はローレライと呼ばれる精霊の柱で――」
その時、コン、コン、コンと、小気味のいいリズムでドアがノックされる。
「ご歓談中に失礼致します。私がアルメリア教会の司教で、コルドーと申します。お見知りおきを」
ドアが開かれると、初老の少しお腹の出た小柄な男が現れた。
口元に蓄えられた髭と、モノクルの眼鏡をかけており、正直な印象は、大変申し訳ないが胡散臭かった。
「お久しぶりです、コルドー司教。フリクト教会より出向きました、ティアーナ・クランです」
ちら、とティアーナがこちらに目を配らせる。
「え、っと、初めまして。ヴェルト・ダンツァーです」
「フェイト・グリムと申します」
ほほう、とコルドーが目を見開く。
流石にグリム団長クラスともなると名が知られているか。
「ほう、あなたが噂に名高い<瞬断>の……」
「ははは、そんな大それたものではありませんよ」
フリクトローアの魔剣使いは、実は六人しかおらず、中でも剣技、魔剣の扱いに秀でていたグリム団長は、他のギルドや、騎士団などで手ほどきをしている中で、Aランクの魔剣使い三人に囲まれた際に、瞬きの間に同時に切り伏せた事で付いた通り名である。
「ご謙遜を。ふふ、今年の闘技大会は、過去一番盛り上がるのでしょうなあ」
蓄えられた髭を左手で遊ばせながら、コルドー司教は続けた。
「さて、今回の依頼ですが、純魔力の泉を使いたいとの事でしたな」
「はい。魔剣の枯渇した魔力を取り戻すために協力をお願いしに参りました」
そう言ってティアーナは紹介状を手渡した。
「ふむ。して、そちらの箱の中に件の魔剣が?」
「ええ。いかがでしょう?ご協力いただけないでしょうか?」
「よろしいでしょう」
あっさりと承諾され、ホッとしたのも束の間
「では早速ご案内いたしましょう。魔剣の制御はフェイト殿が?」
「いえ。私は既に二本の魔剣を扱っております故、こちらの、ヴェルトが制御させていただきます」
……えーっと。なんだ?制御?
訊いてないことに戸惑いつつ、団長に問いかける。が、ニコっと笑うのみで、答えが返ってくることはなかった。
次回予告!
純魔力の泉に着いた俺たちは、早速魔剣を取り出し、投げ入れた。
すると泉が光り出して、中からそれはそれは美しい女性が出てきて俺に問う。
「あなたが落としたのはこっちの何とも言えない魔剣?それとも、こっちの刃よりも柄の方が長い魔剣?」
次回、「大失敗!」




