クエストに出かける
レンカの劇的な大勝利の後、ゴルドンに捕まった俺は彼の驕りで、弟子達と一緒に飯を食べた。
筋肉同盟なんて物騒な名前の共同訓練の申し出は、レンカとシエラのやる気を見て、受け入れた。
ただ、あまりにも名前がアレだったので、普通に共同訓練をやりましょう。という形の申し出に変えさせて貰った。
それと、他にもいくつかの戦利品があった。
まずはレンカの階級がシエラを倒したことによって、一気に階級八十まで上がった。
どうやら入れ替わり制ではなく、戦績や実績で得られるポイントでランキングが決まる制度になっているようで、階級五位を倒したから即座に階級五位になれる訳では無いらしい。
そして、階級が八十位まで上がったことで候補生寮の四人部屋に入れるようになったのだが、レンカはそれを断った。
理由は聞くまでもない。いくらシエラに勝って力を示したと言っても、イジメが急になくなる訳でもない。
より陰湿になるかもしれない。そう考えれば、周りの見る目が変わりきるまで、この倉庫小屋にいた方が精神的に安全なのだろう。
最後にもう一つ手に入れた権利として、校外に出歩いてクエストをこなせるようになった。
街の人が色々な依頼を出していて、街の外で魔物を退治したり、植物や鉱物を集めたりするようだ。
レンカはシエラとの一戦で、街の外で行動出来る力があると認められた上に、勇者候補生が二人以上のパーティを組まないといけない条件も、シエラが友達になったおかげでクリア出来た。
そのおかげで、新しい武器や道具を作れるようになる。
というか、作らないと不味かった。
何故かと言えば、次の課題は――。
「魔法試験……ですか」
レンカが困ったように通知の紙を見つめている。
今回の試験では物理攻撃によるダメージは反則、魔法によるダメージのみ許される。
俺もレンカも魔法はからっきしだ。
人形使いでいくら身体を操れて、様々な動きが出来ても、魔法だけは専門外過ぎる。
試験内容が嫌がらせ以外の何物でも無い。
とはいえ、希望は残されている。
「ど、どうしましょう先生!? 私、魔法なんて使ったことないです!?」
「落ち着け。ここの注意書きをよく見るんだ」
「え? えっと、なお、道具や触媒による魔法の補助と代替は許可する」
「つまりだ。この世界には魔法を発生させる道具がある。クエストで外に出られるようになったレンカなら、この道具を手に入れて、試験に対抗出来るんだ」
「あっ! なるほど。さすが先生です。全然気がつきませんでした」
それはそれですっごく困るんだけどなぁ。
俺はそういう道具をレンカが知っているものだとばかり思っていたから、結局状況は何も変わっていない。
そうなると次に頼れるのは――。
「うーっす。邪魔するぜーレンカ。あ、宗一の旦那もいらっしゃいましたか。お邪魔いたします」
ちょうど良いタイミングでシエラが来た。
来なかったらレンカと一緒に呼びに行こうかと思っていたくらいだ。
「あ、シエラちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの? 訓練する?」
「お、いいね。一戦打ち合うか!」
って、シエラも師匠に劣らず頭まで筋肉で出来ていそうなノリだな。
今日は割とそれどころじゃないんだ。
シエラには悪いが、指導官として俺が訓練の内容を決めさせて貰うぜ。
「シエラ、今日の訓練は無しだ。代わりにクエストに付き合ってくれないか?」
「宗一の旦那ぁ! そりゃないっすよ!」
「いやいや、次の試験が魔法試験だから、こっちはそれどころじゃなくてな。この魔法の道具とか触媒を手に入れないと、マジで何も出来ずに終わる」
「あぁっ! そうだったそうだった! あたいもそれを誘いに来たんだ! あっぶねー。レンカと遊べるのが嬉しくて、忘れるところだった」
本当に大丈夫かこの子……。
唯一頼れる友達なんだけどな……。
「シエラも魔法は苦手なのか?」
「苦手っすねー。呪文とか覚えてらんないですし、ジッと集中するのは苦手っす。だから、魔法を詰め込んだ道具を作って貰って、それを使うつもりっす」
「なら、ちょうど良かった。案内してもらえるか?」
「はい! 任せて下さい」
あぁ、ちょっと忘れっぽいだけで、普通に良い子だな。ノリがすごい体育会系っぽい。
何か後輩が出来たみたいだ。
「ありがとうシエラちゃん! 私も魔法は全然使えないから助かります。よろしくお願いします」
「おう、あたいに任せとけ。なら、ちょっと外に出る準備してくるよ。レンカも魔物用にちゃんとした武器を用意しとけよー。用意出来たら戻るぜ」
「はい! 分かりました。お待ちしております」
レンカがすごく嬉しそうな顔でシエラを見送っている。
「えへへ、お友達とお出かけって久しぶりだなぁ」
「……幸せそうなのは良いんだけど、そこでずっと立って待ってる訳じゃ無いだろうな。ちゃんと用意忘れるなよ」
「はっ! 忘れてました。ありがとうございます先生」
困ったな。俺の弟子も少しアホの子かもしれない。
シエラとレンカ二人で外に出したら、何か大変なことになりそうな気がする。
「あ、もちろん先生も一緒ですよね?」
「うん……ちょっと放っておけないからな」
「えへへ、照れちゃいます……」
褒めてないんだけど、何か幸せそうだから良いか。
というか、ふと思ったんだけど、俺武器何も持ってない。
この前のゴブリンの斧でも、とりあえず持っておけば良いかな。
そうこうして、準備を済ませるとシエラとゴルドンさんがやってきた。
分かってはいたことだけど、ゴルドンさんやっぱりついてくるんだ。
嫌いじゃないんだ。良い人だとも思っているんだ。きっと頼りになる人でもある。
でも苦手なんだ!
「今日は世話になるぞ宗一殿。何でも外で筋肉をつけるとか」
「あ、相変わらず、何でもかんでも筋肉ですね……。今日はクエストをこの子達にやってもらうって話しですよ」
「なるほど。世のため人のための貢献心。心の筋肉を鍛える訳ですな! 心を鍛えるのもまた武の道ですからな」
こうやって話がどんどんこじれそうになるから、苦手なんだよ。
「えっと……、魔法の道具を作ることが最大の目的です。というかシエラから聞いてないですか?」
「おぉ、そう言えばそうであったな。忘れておった。我が輩としては魔法だろうが拳だろうが、筋肉で出せるからな! ガッハッハ」
エルフのエルマさん。筋肉で魔法が出せる人がここにいました。
大賢者としてこの筋肉を何とかしてください……。と、いない人を頼っても仕方無い。
「……とりあえず、行きましょうか」
筋肉の巨人と、でっかい鋼鉄の黒いハンマーを担いだシエラ、そして刀っぽい鞘をレンカが腰にぶら下げている。
クエストの依頼書が張られているのは、街の中央広場の掲示板らしい。
そこに向かうと、確かに広場の真ん中に、どでかい掲示板がどーんと刺さっていた。
迷子の猫探しから魔物退治まで依頼書は様々なモノがある。
とはいえ、指導官である俺には決定権も受領権もなく、ただ弟子の仕事振りを見守ることと、本当にやばい時に助けるのが仕事だ。
学校の規定では俺やゴルドンさんが戦闘中に助けに入った時点で、クエストは失敗扱いらしい。
ただし、クエストとは関係無い敵との戦闘や、討伐前に戦い方を学ぶための戦闘は構わない。
ということで、とりあえずのクエスト選択はレンカ達に任せた。
「うわー、依頼書がいっぱいありますね」
「だな。レンカどうするよ?」
「うーん、魔法の道具って高いのでしょうか?」
「んだなぁ。結構良い値段するぜ。大金貨一枚は必要かな?」
「大金貨ですか!? 私、今まで銀貨しか使ったことないですよ」
金銭感覚は分からないけれど、かなり高いのは伝わる。
ゴルドンさんに聞こうかとも一瞬思ったけど、この人は多分返事の内容で、金が筋肉になって返ってから止めておこう。
レンカが使ったことない金額っていうと十万とか百万とかそこらへんになるのかな?
「安心しろ。材料を揃えて学園の加工室に持っていけば、ほぼタダだ」
「うーん、なら、とりあえず、必要な材料になりそうな魔物系の依頼をやりますか? そうしたら、素材も集まりますし、お金も手に入ります。あまったお金で買い物も出来ます」
「分かりやすくて良いな! とにかく魔物をぶっ潰して稼ごうってことか! よっしゃ。片っ端から貰って行くぜ」
「あっ! シエラちゃん、依頼書貰って破棄したらペナルティが――って聞いてない!?」
依頼を破棄してしまった場合、ペナルティとして階級を決定するポイントが下がる。
別に依頼書で誰かと直接契約を結んでいる訳ではないのだが、勇者たるもの約束を違えるべからず、といった所だろうか。
勇者の心得として、安易に安請け合いして、破棄することで住民達をガッカリさせてはいけないということだろう。
「ガッハッハ! 何とも剛胆! 良いぞシエラ!」
「ゴルドンさん煽ってる場合じゃ無いですって! もし、やばい依頼を引いたりしたら」
「大丈夫だ。そん時は我が輩らの出番だろうて。それにほれ、面白い依頼書を引いておるぞ」
「ドラゴン退治まであんのかこんな所に……」
シエラが紙束を抱えながら、一枚の紙を振り回している。
その紙には翼の生えた竜が描かれていた。
遠くて文字は読めないけど、そんな魔物ドラゴン以外にいないだろ。
「ドラゴンかぁ。懐かしいな! 魔王との戦いでドラゴン軍団と戦ったが、実に熱い筋肉の弾ける戦いだった!」
「まさか素手で戦ったのか?」
「いや、さすがに武器は持って戦った。素手で鱗を砕ける所までは遊べたんだが、パーティの奴らが窮地に立ったので仕方無くな」
相変わらずメチャクチャ言うなこの筋肉!
味方が足引っ張らなかったら、素手でぶっ倒したとでも言わんばかりだ。
「せ、先生……。ドラゴンって……どうしましょう!?」
あぁ、もう、レンカが怯えてるじゃないか。
どうする? つっても、俺もドラゴンと直接戦ったことはないし。
でも、この心細そうなレンカの目を見ていたら、見栄を張るしか無いじゃないか!
「大丈夫だレンカ。ドラゴンなんて所詮、ちょっと飛んで、火を吐くだけのトカゲでしかないさ」
「さ、さすがです先生!」
やっちまったぁぁぁあ!
これレンカの目は、完全に俺がドラゴンを倒せるって信じている目だよ!?
「さすが宗一殿! あのドラゴンをトカゲ扱いとは! なんたる筋肉の強さ!」
ゴルドンさんはもういいや、放っておこう……。
と思ったら、声がでかいせいで、戻ってきたシエラまで目を輝かせた。
「マジか宗一の旦那!? ドラゴンは一匹だけで依頼達成されるから、余ったら是非多々買って手本を見せてくれ!」
「先生、私も見てみたいです! それで戦い方を覚えますから! お願いします!」
ダメだ。もう逃げられない。
でも、考えてみれば、ドラゴンってレアモンスターだろうし、出くわしても一体だけなら、レンカ達が戦わないといけない。
なら、俺が戦う可能性自体は低いか。
「分かったよ。でも、クエストには手が出せないから、一体しかいなかったらお前らが自力でやるんだぞ?」
「楽しみです。先生の戦う姿を覚えられるように、私がんばります!」
「う、うん」
手持ちの武器がゴブリンの斧しかないんだけど、攻撃通るのか?
一抹の不安を抱きながら、俺達はドラゴンの住む山へと向かうことになった。
○
森の中を歩いていた俺達は、魔法の道具について改めて確認をし始めた。
充電式の指輪タイプ。持ち主の魔力を特定の力へと変換する触媒タイプ。魔力の結晶に魔法を閉じ込め、砕いて発動させる使い切りの結晶タイプ。
これらが一般的な魔法の道具らしい。
シエラが言うにはオススメは指輪だとか。
「触媒タイプは魔力が高い人間じゃないと、ほっとんど効果が無いっす。魔力を水だとしたら、触媒は水を出す蛇口っすかね。だから、一晩寝てれば魔力が溜まってる指輪がオススメっす。ちょっと高いのが難点っすが」
「結晶は?」
「材料は手に入りやすいし、値段も安いけど、一度しか使えないから、何発使うか分からない試験には向かないと思うっす」
シエラも頭まで筋肉だと言う訳では無さそうだ。
ちゃんと魔法の試験に向けて、対策を考えている。
「つまり筋肉が大事だと言うことだな?」
「ゴルドンさん話し聞いてました!?」
「あぁ、完全に理解しているとも。魔法を使うには魔力が必要。そして、魔力を生み出すのは肉体。肉体は筋肉で動いている。ならば、魔法も健全な肉体に宿る。つまり、魔法もまた筋肉なのだ。杖は強力な筋肉を持つ者が使う。指輪は筋肉の劣る者が己を鍛えるために使う。結晶は筋肉無き者が強き力を振るための武器だ」
「頭を空っぽにすれば、それっぽく聞こえる辺り恐ろしい……」
でも、それは違うだろう。
ここでレンカに筋トレをやらせて、どうにかなるとは思えない。
でも、魔法具に対する判断はちょっと参考になるかも。
「となると指輪かな? レンカもそれでも良いか?」
「ゆ、指輪が良いです! 絶対に指輪が良いです! お願いします! 指輪にしてください!」
「お、おう、分かった。が、頑張ろうな」
「はい! がんばります!」
こんなに強くおねだりするレンカを初めて見た。
なんでだ? そんなに魔法が使いたかったのか?
強くなりたいって言っているし、勇者は魔法も使えるって憧れていたし、強くなった自分の姿があるのかもしれない。
それにしても、随分と変なルールだよな。
魔法が使えない職業でも何で魔法の試験があるんだろう?
「なぁ、シエラちょっと根本的なこと聞いて良いか?」
「なんすか?」
「魔法が使えない人間が道具の力を借りて魔法試験って、試験としてどうなの?」
「あー、それはっすね。あの学校が七英雄と戦王の物語を元に作ってるからっす」
「七英雄と戦王の物語?」
「そうっす。魔王を倒した七人の英雄と、彼らをまとめた戦いの王、戦王様っす」
シエラが語った物語は滅びの危機に瀕した国が、勇者召喚をおこない七人の英雄と戦王が現れたらしい。
七英雄の職業は魔法剣士、重戦士、剣士、暗殺者、魔法使い、僧侶、神殿騎士の七種類で、戦王は記録がなく、戦王という職業だと噂されている程度らしい。
七英雄をまとめていた戦王を含めて、魔法を使えない勇者が半数以上いて、魔王軍に苦戦していたけど、魔法使いが作り出した魔法具によって対抗出来るようになった。
その経緯があって、魔法使いでなくても道具を使い、魔法を使えるようにすべし、という教育方針になったとか。
そうなると、材料を多めに集めて、魔法具を沢山作った方が良さそうだな。
指輪だけじゃなくて、使い捨ての魔法具も欲しいかも。
「へぇ、そんなことがあったのか。そう言えば後もう一つ変なルールがあったよな? 確か職業は全て最低でも一人は入学させることって」
「あぁ、それは戦王様の遺言なんすよ。魔王が再び現れる時、全ての職業を必ず揃えよ。さすれば希望は現れる、っていう石碑が残っているっすよ」
あぁ、先代勇者の遺言でそんな変なルールが出来たのか。
つまり、レンカや俺のステータスが低くても学校に残れているのは、全て戦王の遺言のおかげだったということらしい。
その七英雄と戦王ってのがどんな人なのか、聞こうとしたら黒い影を見て俺は足を止めた。




