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「とはいえ・・・どうしたものか」


 自分に任せるよう申し出たものの、目の前の惨事に、何処から手をつければよいかと、ため息混じりに野口は一人嘆いた。


(とにかく・・・仏をもう一度調べてみるか)


 小屋は、血の匂いが立ちこめ、二つの屍が静かに床に横たわり、むろが掛けられていた。

 むろを持ち上げ、今一度男たちの様子を調べ始めた野口は、その屍が異様である事に気がついた。


(これは・・・前からではなく、下から殺られたのか・・・)


 男の体に付いた傷痕は、よく見ると、足裏から体の中を付きぬけ、脳天へと達しているようだった。

 それに気づき、天井を仰ぎ見ると、そこには同じような無数の細かな穴が開いていた。


(やはり、他の仏と繋がりがあるのか・・・いや、今回は食いちぎられてはいない・・・されば、獣のようなものが二体・・・)


(しかし、柳沢様はどういう御積りであろうか・・・わざわざ仏の事を知らせ、それを私に任せろとは・・・)


(もう一人の女子は・・・裏切りなのか・・・逃げ追うせたのであれば・・石版は・・・一緒に持ち去ったのか・・それとも・・・)


 色々なことを頭で廻らし、全てのことをどうにか繋がりをつけようと、野口は深く深く思案した。


「旦那~やっと追いつきましたぜ、そこで石川様たちとお会いして、旦那がまだこっちにいらっしゃるっていうんで・・・按配はいかがですかい?」


 張り詰めた野口の心を解すように、少々間の抜けた感のある声で、荒い息を吐き出しながら、善三が入ってきた。


「善さん・・・ゆっくり来れば良いと言ったではないか・・・それに、この先どうするかも決めてはおらんというものよ」


「いやいや、あっしには判っていますぜ。そんな事言ったって、旦那はまだ続けるって事・・一人だけにはしやせんぜ」


 子供が茶化すような物言いをする善三を、うれしくもあるが、現実を判ってないのかと、あきれたような目を野口は送った。


「いいかい、昨夜のような事が続くやもしれんのだぞ。善さんは、俺とは違って奥さんも、それに春には、孫もできるって言うのに・・・・皆を悲しませることになるやもしれのだぞ、そんな事させられねえよ」


「旦那のお気持ちはありがてえんですが、お上から十手をお預かりしてから、危ないことは承知の上ですぜ」


「しかし・・・こんな新参者の私と組まされて、調べは不可思議なものばかり・・・好き好んで厄介ごとに関わらずとも・・」


「いえね、旦那のお父上のこともありますが、あっしは旦那のことが好きなんですよ。まだ頼りねえとこばかりですがね。それに前に話したように、途中で調べを仕舞いにさせられちまうかもしれねえんですから、あまり深く考えねえってもんですぜ」


 照れくさそうに、横たわる仏を善三は覗き込んだ。

 善三の言うことも一理あると、その背中を頼もしくも嬉しくも、野口は見つめた。


「旦那、こんなもん持ってましたぜ」


 そういって善三が差し出したのは、やはり穴が開いて、二つに折れ曲がった扇子だった。


「長足袋の中に入ってやした」

「それは何だ」


 扇子の留め金のところに、何かがぶる下がっている。


「こいつは、根付のようですぜ・・・おや?・・こいつはてえしたもんですぜ」

「どういうことだ?」

「いえね、あっしはこういうものが好きで、でもなかなか値の張るものが多いんで、自分じゃ買えねえんですが、両国の近江屋の旦那が、これによく似たものをお持ちで、えれえ高価だって自慢なさってたのを覚えていやす」


 小さな木彫りの仏像のような物を手にしながら、善三はしみじみと語った。

 確かに、見事な細工で、高価な物ののようではあるが、何か引っ掛かるものを、野口は感じていた。


(以前、自分も見たことがあるような・・・この形・・・扇子の絵柄・・)


 また、深く思案の渦に入ってしまった野口に、


「そう言やあ、近江屋の旦那は、京の都で手に入れられたったおっしゃってましたぜ」


 と、野口の心の内を知ってか知らずか、なにげなく善三は告げた。


「・・・京の都か・・・」


 そう口に出したものの、以前頭の中にかかる(もや)の様な物は晴れずにいたが、何かに引っかかる手ごたえを感じていた。


(幼き頃に確か・・・)


(橘の・・・華蓮殿が一緒にいたような・・・)


(・・・父上に連れられ参った、あの寺・・・)


「旦那がその気なら、京の都だろうと、あっしは着いていきますぜ!さあ、何から調べましょうかい!」


 自分には深いことは解らないが、悩み続ける若者を勇気付けるように、善三は野口の背を押した。

 背を押されながら、迷って考えているよりも、まずは体を動かして、解らないことを、一つずつ調べていこうと、自身に言い聞かせながら、野口は小屋の外に出た。

 日は東の山のだいぶ上まで昇っており、風もなく、冬の日とは思えぬような暖かさになってきている。

 外で待っていた下人たちに、中の仏の始末を命じた野口の目には、陽の光に照らされ、いつになく輝いていた。

 その顔を見た善三も、背筋を伸ばしなおし、十手に手をかけ、若者と同じような目空を見上げた。


「取りあえずは、この仏たちの身元と、前に殺された三人との関わり、もう一人の行方、それを手分けして調べることとしよう」


「がってんでえ」


 暖かな日差しに映し出された二人の影は、力強い足取りを残しながら、町へと向かっていった。

 相変わらず二つの影を見張る者の影も、大きな樹の影に吸い込まれていった。

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