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神社紀行  作者: flat face
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生田神社

 生田神社は神功皇后が三韓に外征した帰途、今の神戸港にて船が進まなくなり、神を行ったところ、稚日女尊が現れて活田長峡国にいたいと言ったので、海上五十狭茅が神主として祀ったことから始まったそうです。

 当初は砂山に鎮座していましたが、洪水で布引の渓流が氾濫し、社殿の傾斜する被害が及んだため、生田村の刀禰七太夫が神体を背負って鎮座地を探し巡りました。

 「生田の森」に至った時、ご神体が重くなり、これ以上は歩けなくなったので、これは神意であろうとして刀禰七太夫はその場所に安置しました。


 朝廷は神社にお供えする家やその世話をする家、そこを守る家である神戸を生田神社に与えました。

 それが神戸という地名の由来です。

 そこで、阪急電鉄の神戸三宮駅で下車した私は、生田神社を参拝するに当たり、神戸牛を食べようと思いました。


 しかし、たまたま火鍋の店を見付け、前から火鍋を食べたかったので、その店に入りました。

 そこは中華人民共和国で大人気の火鍋店で、店員さんは日本語が話せる中国人のようでした。

 店舗の外観や内装は工夫が凝らされ、サービスも手厚いものでした。


 店員さんは料理の注文や食べ方を丁寧に教えてくださり、汁が掛からないようにするためのエプロンや毛布だけではなく、眼鏡を拭くナプキンや一人でも淋しくないようにするための縫いぐるみまで用意してくれました。

 私は目にしませんでしたが、カンフー麺や変面のパフォーマンスもあるようです。

 注文した料理はラム肉のランチで、スープは白湯とトマトでした。


 たれバーでレシピに従い、ラムとの相性が最高であるらしい漬けだれを作りました。

 どの味付けで食べようか迷い、茹ですぎないよう気を付け、食事は忙しいものでした。

 インド料理のような味わいのある白湯が最も美味しかったです。


 杏仁豆腐を食べて昼ご飯を終えますと、生田神社へ詣でに行きました。

 お正月のお祭りが催されていたため、近くの道路は歩行者天国になっており、道の真ん中を歩くのは気持ち良かったです。

 屋台の並ぶところまで来ましたら黒山の人集りで、鳥居にはロープが張られてスポンサーの看板が吊されていました。


 楼門の前には門松の代わりに杉盛りが飾られていました。

 かつて洪水を防ぐために松の木が植えられていたのですが、その役割を全く果たさず、その故事から杉を用いるようになったそうです。

 境内では何人もの巫女さんがお神籤などの受付をしており、かなり繁盛しているのだなと思いました。


 拝殿も奉賛者の芳名が掲げられ、参詣者で賑わっており、平常の時に来たら、また違う風に見えるのだろうなという印象を受けました。

 本殿では何やら神事が行われており、二人の巫女さんが神楽を舞っていました。

 彼女たちは他の巫女さんたちより幼く、女の子の稚児さんのようなものかと思いました。


 本殿の裏には「生田の森」がありました。

 お祭りの喧噪が嘘のように静かなところで、出入り口の横には神戸大空襲に遭った「楠の神木」がありました。

 生田神社は神戸大水害や阪神・淡路大震災など何度も被災し、復興されてきたことから「蘇る神」としての崇敬も受けているそうです。


 なお、生田神社では神酒が醸造されていました。

 それは新羅からの客人に振る舞われ、平和外交で重要な役割を担いました。

 『日本書紀』で三韓への外征に関係したと記される神社が新羅との友好に貢献したとは奇妙な巡り合わせです。


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