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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第42話 『壊れた地図』

 宿の食堂。


 朝の光が窓から差し込んでいた。


 けれど。


 卓上に浮かぶ光景は、そんな穏やかな空気とは少し違っていた。


「……」


 悠は無言で見上げている。


 空中。


 そこに広がっていたのは。


 地図だった。


 いや。


 ただの地図ではない。


 光で構成された巨大な立体投影。


 山脈が浮き上がり。


 海が揺れ。


 河川が淡く流れる。


 大陸そのものが、空間に再現されていた。


「わ……」


 リアが目を丸くする。


「すご……」


 フィオも思わず声を漏らした。


 セレスティアでさえ、わずかに目を細める。


 イヴの声だけが、いつも通り淡々としていた。


「世界地図ログを投影します」


 王都上空から見るような視点。


 悠は息を呑む。


 広かった。


 想像以上に。


 ルーン村も。


 エルド市も。


 王都も。


 地図の中では小さな点だった。


(……こんなに……)


 世界は。


 広かったのか。


 光が動く。


 地図が少し拡大された。


「現在確認済み大陸は三」


 イヴが説明する。


「主要文明圏は四勢力」


 光点が現れる。


 それぞれ違う色。


 イヴの指先が動いた。


 最初の領域。


 王都を含む広大な土地。


「アルディア王国」


 淡い青色。


「中央大陸西部を支配」


「秩序維持型国家」


 セレスティアが小さく補足する。


「我が国ですね」


 悠は頷く。


 ここは分かる。


 自分たちが今いる場所。


 次の光。


 海沿い。


 複数都市が密集していた。


「商業連邦セリオス」


 黄金色。


「技術・流通中心国家」


「魔導工学発展率が高い」


 リアが感心した声を出す。


「へぇ……魔道具の本場だ」


 レオンが笑う。


「財布が軽くなる場所でもある」


 その言葉に。


 リアが少しだけ目を逸らした。


 どうやら買い物欲はあるらしい。


 次。


 白い領域。


 山岳と高地。


「神聖領アルヴェイン」


 イヴの声。


「宗教統治国家」


「信仰中心社会」


 フィオが少し緊張したように肩を縮める。


「……宗教……」


 深層遺物事件の後だ。


 宗教国家という単語は、少し身構えてしまうのかもしれない。


 そして。


 最後の領域。


 地図の北東。


 暗い山脈地帯。


 広い。


 だが。


 文明記号がほとんどない。


 赤い光。


「竜境」


 空気が少し変わった。


「竜種生息域」


「高危険区域」


 ノクスが反応する。


「竜!」


 羽をばたつかせる。


 イヴは続けた。


「通常渡航推奨外」


 レオンが肩をすくめた。


「つまり危険ってことだな」


「はい」


 簡潔だった。


 さらに。


 地図には他にも影があった。


 黒く塗られた場所。


 未踏領域。


 情報欠損。


 海の向こう。


 誰も知らない土地。


 悠は見つめる。


 世界。


 こんなにも広い。


 そして。


 知らない。


 自分は。


 まだ何も。


 イヴが地図の一部を拡大した。


 光点。


 三つ。


「調査対象候補を提示します」


 空気が少し張る。


 一つ目。


 地下都市らしき構造。


「古代管理都市」


 二つ目。


 竜境深部。


「竜境」


 三つ目。


 地図の端。


 黒く裂けたような領域。


「深層断裂域」


 フィオが息を呑んだ。


「……っ」


 その名前に。


 悠も反応する。


 深層。


 嫌な予感しかしない。


 イヴは続けた。


「崩壊要因調査優先候補です」


「……つまり……」


 悠は小さく言う。


「……全部……行く……?」


「高確率で必要です」


「……」


 確定だった。


 レオンはむしろ楽しそうだった。


「世界旅行か」


「旅行って規模じゃないよ……」


 リアが苦笑する。


 悠は。


 少しだけ青ざめていた。


(……世界……)


 広い。


 遠い。


 人も多そう。


 その時点で難易度が高い。


     ◇


 そして。


 話は現実へ戻る。


 旅準備だった。


 王都市場。


 昼。


 賑やかだった。


 人。


 店。


 声。


 値札。


 悠は開始五分で疲れていた。


「……」


 情報量が多い。


 非常に。


「ユウ、何か必要な物ある?」


 リアが聞く。


「……たぶん……全部……」


「全部!?」


 実際。


 旅装備というものが分からない。


 悠は店先を見回した。


 寝袋。


 保存食。


 水筒。


 旅服。


 道具袋。


 ロープ。


 ランタン。


 選択肢が多い。


 脳が止まりそうだった。


「親! これ!」


 ノクスが勝手に変な帽子を咥えてくる。


「……いらない……」


「似合う!」


「……似合わなくていい……」


 リアとフィオは妙に楽しそうだった。


「これ可愛い」


「……あ、こっち便利……」


 完全に買い物モードである。


 悠は道具袋の前で固まっていた。


 大きい方がいいのか。


 軽い方がいいのか。


 収納権限があるから不要なのか。


 でも普通に見えないと怪しい。


 考え始める。


 止まる。


 再起動しない。


「……」


 そこへ。


 セレスティアが静かに近づいた。


「こちらが良いでしょう」


 即決だった。


 実用性重視。


 丈夫。


 無駄がない。


「……ぁ……」


「王国騎士装備監修です」


 説得力が強い。


「……ありがとう……」


「任務ですので」


 そう言いながら。


 少しだけ口元が緩んでいた。


 レオンは大量の保存食を抱えている。


「肉は必要だろ」


「多くない?」


「足りねぇ方が困る」


 確かに。


 旅。


 という感じがしてきた。


 慌ただしくて。


 少し疲れて。


 でも。


 不思議と。


 嫌ではなかった。


     ◇


 翌朝。


 王都東門。


 空は晴れていた。


 巨大な城壁。


 行き交う馬車。


 旅人たち。


 門外へ続く街道。


 準備は終わっていた。


 悠は振り返る。


 王都。


 高塔。


 魔導灯。


 巨大な城。


 怖い場所だった。


 息苦しい時もあった。


 でも。


 知った場所でもある。


「……」


 これから。


 もっと広い世界へ行く。


 不安はある。


 かなり。


 いや。


 ものすごく。


「行くか?」


 レオンが笑う。


 リアは荷物を抱えて頷く。


 フィオは少し緊張した顔。


 ノクスは上機嫌。


「旅!」


 悠はもう一度だけ王都を見上げ。


 小さく息を吐いた。


「……うん……」


 馬車が動き出す。


 車輪が街道を進む。


 王都が少しずつ遠ざかる。


 旅が。


 本格的に始まった。


 そして。


 悠はまだ知らない。


 その地図の先に。


 壊れた世界の記録と。


 自分によく似た誰かが待っていることを。

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