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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第1話 『死んだらしい』

深夜二時。


 部屋の明かりは、PCモニターだけだった。


 閉め切ったカーテンの隙間から街灯の光がわずかに漏れている。床には通販の段ボールがいくつか積まれ、開封したままの緩衝材が散らばっていた。


 真白悠は椅子にもたれ、ぼんやりと画面を眺めていた。


 ゲームのランチャーは起動している。


 けれど、ボイスチャットの参加ボタンは押せないままだった。


 ヘッドセットを付けるところまではできた。そこから先が進まない。


 通話欄には友人たちの名前が並んでいる。


『おつー』


『今日やる?』


『悠いる?』


 数時間前のログ。


 返信は、していない。


 正確には、できなかった。


「……」


 悠は小さく息を吐き、ヘッドセットを外した。


 別に、人が嫌いなわけじゃない。


 会話だって、本当はしたい。


 ただ――考えすぎる。


 何を話せばいいのか。


 変な空気にならないか。


 相手を困らせないか。


 そんなことを考えているうちに、会話のタイミングそのものが消えていく。


 スマホが小さく震えた。


 通知。


 画面を見る。


久しぶり、元気?


 高校時代の同級生だった。


 しばらく連絡を取っていない相手。


 悠は指を止めた。


 返信案を考える。


『元気だよ、そっちは?』


 ……軽すぎる?


『久しぶり』


 そっけないか。


『返信遅れてごめん』


 でも、まだ返信遅れてない段階で謝るのは変かもしれない。


 そもそも、今さら返してどう思われる?


 久しぶりすぎる?


 迷惑では?


 数分経つ。


 十分経つ。


 そして。


 悠は、スマホの画面を閉じた。


「……はぁ」


 胸の奥が重くなる。


 まただ。


 結局、返せない。


 嫌われているわけじゃないかもしれない。


 でも、自分から近づくのが怖い。


 関わりたい。


 でも、関わって失敗するのが怖い。


 そんな半端な気持ちだけが積み重なって、気づけば人間関係そのものが遠くなっていた。


 PCの時計が二時を回る。


 視線を逸らしたとき、机の端に置いていた不在票が目に入った。


 宅配便。


 再配達予定、明日。


「……」


 悠はそれを見つめる。


 明日。


 つまり今日。


 受け取りを失敗したくなかった。


 インターホンに出るのが苦手で、受け取りのタイミングを逃したことが何度もある。


 再々配達になるのはさすがに気まずい。


 コンビニ受け取りに変更するか。


 いや、手続きが面倒だ。


 営業所受け取り。


 ……それなら。


 少しだけ外に出れば済む。


 悠は考え込んだ末、立ち上がった。


 こんな時間に?


 いや、二十四時間営業の窓口だったはずだ。


 人も少ないかもしれない。


 その考えに、ほんの少しだけ安心する。


 パーカーを羽織り、スマホと財布を確認する。


 ドアノブに手をかける。


 それだけで、少し緊張した。


 外。


 人。


 視線。


 頭のどこかが、もう警戒している。


「……行くか」


 小さく呟いて、部屋を出た。


 夜風は冷たかった。


 深夜の街は静かで、昼間よりずっと歩きやすい。


 それでも、コンビニ前に人影を見つけるだけで悠の肩は僅かに強張った。


 すれ違うだけ。


 話すわけじゃない。


 分かっている。


 なのに、視線が気になる。


 変に見られていないか。


 歩き方がおかしくないか。


 考え始めると呼吸が浅くなる。


 営業所までの道は、十分ほどだった。


 あと少し。


 受け取って帰るだけ。


 それで終わる。


 そう思っていた。


 交差点に差しかかった時だった。


 視界の端で、強い光が揺れた。


 ブレーキ音。


 誰かの声。


 何が起きたのか、理解するより先に。


 世界が、白く塗り潰された。


 音が消える。


 感覚が消える。


 落ちるような、浮くような。


 奇妙な感覚だけが残った。


 ――長い夢を見ているようだった。


 どれくらい経ったのか分からない。


 意識がゆっくり浮かび上がる。


 最初に思ったのは。


(……死んだ?)


 だった。


 目を開ける。


 そこには。


 空も、地面もない場所が広がっていた。

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