一度目の柚季
春。今日から高校2年生の始まり。
わたし鮫島木乃香は、見知らぬ人に囲まれた教室で、新しく自分の居場所となった座席に縮こまっている。
しかし、実際はわたしだけが見知らぬ人なのだ。
なぜなら、今日はわたしの転校初日でもあるからだ。
すでにホームルームが始まり、「あべさん」から順番に自己紹介が進んでいる。目の前の「さとうさん」が挨拶を終えて、席に着く。どこか事務的に感じる拍手が数秒あって、すぐに静かになる。
そして、わたしは立ち上がった。椅子が床と擦れて「ギッ」と音を鳴らしてしまい、恥ずかしい。
多めに息を吸いこんで、一言で使い切る。
「さめじまコノカです。実は転校生でして、今日が初めての登校です。よろしくお願いします……」
周りがざわついている。そのせいで拍手は最初まばらだったが、だんだん「さとうさん」の時よりも大きくなって、やがて止んだ。
ここまでは想定内だ。
転入手続きのとき、転校生として挨拶の時間を設けることを打診されたが、新学期の初日から入れるとわかってお断りした。目立つのは得意ではないので、あくまで新しいクラスメイトの一人として扱ってもらいたかった。
自己紹介はその後も順調に進んでいく。わたしは黒板の真上にある時計に目をやった。自己紹介が終わったら、一限がそのまま終了しそうなペースだ。そうしたら10分休みがある。
わたしはいくつものパターンを「想定」した。
休み時間になったら周りを囲まれるかもしれない。逆に誰もわたしのところには来ないかもしれない。どちらでも問題ない。全部想定していれば、焦らず対応できる。
振られそうな質問も色々考えてある。どこから来たの、とか。お家はどの辺、とか。転校生あるある質問は一通り想定済みなので、ドンと来い、だ。
でも、隣の人と話すのが一番可能性が高いかもしれない。ここは3列目だから、隣の人と言えば4列目の「はまださん」……。一応反対側の2列目は、「かんださん」……。
周囲の人の名前を覚えているうちに、とうとうチャイムが鳴る。最初の10分休みの始まりだ。
あ、一応選択肢としては、わたしから話しかけるのもいいんだよね。それとも誰か来てくれるかな。
「コノカ!」
「はい!」
突然名前を呼ばれて、出欠確認みたいに大きな声で返事をしてしまう。わたしを呼ぶ声があまりにも大きいから、釣られてしまった。
わたしを呼んでくれたのは、2列目の「かんださん」だった。
話しかけてくれてありがとうかんださん。どんな質問でも答えるよ。
そう思っていたのに、かんださんは思いもよらぬことを言ってきた。
「ね、コノカだよね!? 久しぶり! 私のこと覚えてる?」
「え!? えっと……」
わたしはかんださんの顔を、できるだけ失礼のない視線で、しかしできるだけ細かく観察した。
覚えがない。知り合いがいることは想定していなかったので、想定質問集は全部駄目になってしまった。ここからはフリートークだ。
「ど、どこかで会ったかな」
「本当に覚えてない? 私、神田柚季」
「ゆ、ゆ〜……?」
神田柚季。かんだユズキ。ゆずき……。本当に覚えていない。名前も顔も、申し訳ないが記憶にない。正直、初対面で間違いないと思う。
「ご、ごめんなさい。もしかしたら人違いとか、ない? わたしたちどこで会ったっけ……」
「うっそー! 去年一緒にクレープ食べたじゃん!」
「クレープ! じゃあ人違いです」
クレープは高校生になってから食べていないから。
「うそ……でも名前も顔も間違いなくコノカなのに……ずっと探してたんだよ!」
「ええぇ……」
かんださんが顔を近づけてくるので、わたしは仰け反ってしまう。こうなると、高校の椅子というのはとても狭い。
そこへ、別の女子が歩いてくる。
「おっすユズキ〜。コノカさんって、ユズキが探してたコノカさん?」
その人も何故かわたしを「例のコノカ」みたいに扱ってくる。わたしはキョロキョロと、2人の顔を見比べてしまう。
「こっちはズミ。同じバスケ部なの。ねえ聞いて! コノカ私のこと覚えてないって!」
「え〜あんた人違いなんじゃない? コノカさん困ってるよ……。ちなみに、コノカさん、ほんとにユズキと会ったことない? ユズキさ、去年から探してたんよ」
「ええ〜……」
わたしはぶんぶん首を振る。
…………怖い!
1年前からわたしのことを探し回ってる人のいる高校に転校して来てしまった。
しかも知り合いじゃない。
しかもしかも大々的に探し回っている。
「ぜっっったいコノカだと思う。そうだコノカ、今日クレープ行こ。同じお店」
「えっ……同じお店……どこですか!」
「う〜ん、やっぱり声もコノカだね。あの日のこと忘れちゃったの〜?まだ1年しか経ってないのになあ。クレープ屋さん見たら思い出すかも。ね、行こ」
「わ、わかりました……」
「ウチは?」
「ズミはまた今度」
「ほ〜い」
ズミさん……!常識人っぽいズミさんの受け入れが早すぎて、わたしはこの人と2人きりでクレープが完全に確定してしまった。
「あ、私のことは、ユズキって呼んでくれていいから!」
「わ、わかりました……ユズキ……」
これが、わたしにとっては確かに初めての、ユズキとの出会いだった。




