ご褒美!!
「はい、ここだよ!」
そう言って案内されたのは、学園から少し離れた場所だった。校舎の喧騒が遠くに薄れて、聞こえてくるのは風に揺れる葉擦れの音。それとどこか穏やかな空気だった。
視線の先には、大きな樹が数本植えられており、その枝葉が空を覆う。その下には木陰ができており、涼みながら食べるには十分な場所だった。
「こんな場所、よく見つけたな!」
思わず感心してしまう。学園は広い。だからこそ、こういう穴場みたいな場所も存在する。少なくとも、新入生が簡単に辿り着けるような場所じゃなかった。だからだろう、彼女の方も誇らしげに両手を腰に添えて胸を張る。
「凄いでしょ!望未たちと探索して見つけたんだ~」
なんて弾む声と一緒に満面の笑顔で返してくる。それが、やけに眩しい。クラスの男子の方も、葵の楽し気な雰囲気に釘付けで何人かは見惚れている。……残念ながら葵には素敵な彼氏がいるんだよね。なんてぼんやり考えて……だとすると望未や桜にも……という想像をしてしまう。
それを想像しすると、少しだけ複雑な気持ちになり、胸の奥に、言葉にしづらい引っかかりが残る。そんな微妙な気持ちを抱きつつ、俺は葵の案内で望未の隣に座った。俺の隣、当然のように葵が腰を下ろすと、男子の羨むような視線が突き刺さる。中には露骨に、歯ぎしりしているものいる。
(というか、なんでここまで付いてきているんだよ!!)
と思わずツッコミを入れたくなるが、声には出さない。だって、少しは気持ちが分かるから。クラスの……いや、学校の中で特にかわいい二人を連れているのだ。抜け駆けしないか不安なんだろう。
俺も、涼花が誰かと一緒にいたら……うん、それ以上は本当に想像したくなかった。俺は切り替えて涼花の弁当を置く。そのタイミングで葵が声を上げた。
「じゃあ、まずは一位の白峰さんから選んでもらおうかな」
そういって、望未に弁当を開くように促す。その差し出された弁当を見て、思わず目を見張った。重箱が2段である。ひと目で、一人分ではないと分かる量だ。
(……そっか。別に仲がいい友人には当然おすそ分けするよな)
そう納得する。周囲の男子たちも気になるのか、遠巻きにじりじりと距離を詰め、つま先立ちで中を覗こうとしている。望未と白峰さんの友人で女子たちにぶつからないよう気を遣いながらも、その視線は弁当の中身に釘付けだった。
望未が蓋に手をかけ、ぱかりと開かれる。その中身が目に入った瞬間、自分でもテンションが上がるのが分かった。
(えっ!? 唐揚げにタコさんウインナー!!)
思わず心の中で声が跳ねる。男子が見たらよだれを垂らすラインナップだ。もちろんそれだけじゃない!ポテトサラダにつくね棒まで入っている。体育祭で疲れた体に丁度よさそうな濃い味付けをしているのだろう。表面に絡んだタレが、光を受けてつやりと輝いている。
思わず、口の中にじわりと唾液が広がっていた。それだけじゃないのだ。2段目も心くすぐるものでいっぱいだった。重箱の半分ほどがおにぎりで埋められており、どんな具が入っているの気になる。四分の一は鮭やわかめが混ぜ込まれているのだろう。しょっぱい味付けが連想されて、今すぐに食べたいという気持ちが湧いてくる。
そして、隣にはハート型にされた玉子焼きまで入っているんだ。とてもじゃないがどれか一品だけ、選ぶことが出来ない。そう思う程魅力的だった。それに、ポテトサラダなどは白いカップに小分けされたりと、味が混ざらない工夫までされている。
(……食べる相手のことを気遣うのは、流石だな)
そう考えながらも、やっぱり意識は料理に引き戻される。思わず目を輝かせながら、どれにするか迷っていた。やっぱり、王道で言えば、唐揚げだろう。柔らかい肉を噛み、その度に肉汁とタレが混ざって、ご飯が進むはずだ。
けど、タコさんウインナーも運動会らしくて捨てがたい。それに、玉子焼きという味付けにかなり家庭の味が反映されるものも気になっていた。
そんな風に悩んでいる中で白峰さんが好感する具材を選ぶ。
「それじゃあ、私は卵焼きを貰おうかしら」
迷いのない声音で告げる。さすが白峰さん。ここで即決できるのは凄い。
「わかった。それじゃあ、交換で何かもらってもいい?」
「えぇ、どうぞ」
そういって差し出された白峰さんの弁当もまた、違った意味で目を引いた。サンドイッチが数個とポテトサラダ、それにマカロニナポリタンで、上品な印象を受ける。男子用のいわゆる"茶色いおかず"が中心の弁当とは対照的に色鮮やかな弁当だった。
望未は迷うように弁当を見つめながら、頷いてから、白峰さんに視線を戻す。
「じゃあ、私はマカロニナポリタンを貰っても良いかな?」
「えぇ」
そういって交換し合うために互いに弁当の品を箸でつかんだ。摑んだのだ、葵に止められる。
「ダメだよ望未。それじゃあ、ご褒美にならないでしょ?」
葵の声が割って入り、その場にいる全員が「?」といった顔で彼女を見つめる。白峰さんも同じように視線を向ける中、葵は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ~んをしてあげるからご褒美なんだよ」
さも当然のことのように告げる彼女に白峰さんはどこか呆れていた。
「それ聞いていないんだけど……」
白峰さんがわずかに眉を寄せ、鋭い視線を向ける。けれど葵は、それを受け流すようににやりと笑って返す。
「もしかして恥ずかしいの?」
「そんなわけないでしょ」
と勝気な彼女は応戦し、まんまと葵に乗せられる。
……これって、どっちが勝ったと言えるのだろうか?そんなやり取りの末、望未が少しだけ頬を染めながら、箸を手に取る。白峰さんに「あーん」と小さく声を添え、もう片方の手をそっと添えて、口元へと運んでいく。
ゆっくりと近づいていく箸先。頬を染めながら、少し恥ずかしそうに彼女の口元まで運ぶ望未。どこか、百合っぽい雰囲気にごくりとつい唾を飲み込んだ音がした。……後ろから。
けれどその気持ちが分かるほど、絵になる二人で。お姉さまという声が聞こえてきそうな雰囲気すらあった。
やがて、白峰さんが玉子焼きを口に入れる。瞬間、目を見開いて望未を見つめた。
「……おいしい」
小さく、けれどはっきりとした声。上品に姿勢を正したまま食べる彼女は、少し前のめりになりながら望未を見つめる。
「これ?あなたが作ったの?」
「……えっ、うん。そうだね……。ちょっと手間はかかったけど……自分なりには、うまくできたかなって思ってるよ」
少し心配そうに見つめる望未に、白峰さんは瞬きを繰り返しながら、弁当と望未を見比べる。そしてポツリと零す。
「手間が掛かったなんてレベルじゃないでしょ、なにより美味しいし……」
「ほんと!? よかった~」
ぱっと表情を明るくして、嬉しそうに笑う。口角がいつもより上がっており、こちらまで笑みが零れる。
(——にしても、これ望未が全部作ったんだよな……)
改めて作られた弁当に視線をやり、ごくりと唾を飲む。4人分くらいある量。その全てを作るとなるとかなり早起きして作っただろう。それに彼女は今日も軽いメイクをしている。それまで含めるとかなりの労力だ。
(……そんなもの、普通にもらっていいのか?)
ふと、そんな考えがよぎる。俺から返せるものなんて今は正直ないと言える。いや涼花の弁当は彼女の弁当に匹敵するのだが、俺自身が作ったものではない。
思わず、男子の料理って需要あるのかな?なんて考えだしてしまう。……うん、ないな。そう結論付けていると、葵から声が掛かる。
「それで、連はどうするの? 特別に2品選ばせてあげるよ」
「えっ!! マジで……なら……」
思ってもいない提案。それに改めて弁当を眺めて悩んだ。ポテトサラダや、つくね棒をそして全部を見て決心をする。
「なら唐揚げと玉子焼きをお願いしてもいいかな、望未?」
「うん、いいよ」
この時の俺は望未が作った弁当に感心して忘れていたのだ。ご褒美があ~んをしてもらうという事を。
「じゃあ、この箸で連にもあ~んしてあげよっか」
そういって葵が、当然のように言い放つ。その言葉に一瞬、望未と二人して固まった。思わず照れ臭くなり告げる。
「いや……さすがに、"あーん"は恥ずかしいだろ」
「いいじゃん、別に。それともそんなに意識しているの?友達なら普通なのに」
「いや、流石に男女では違うだろ……ねぇ、望未?」
助けを求めるように、望未に問いかける。すると、彼女はほんの一瞬だけ目を伏せてこくり、と小さく頷いた。
(よかった、分かってくれ——)
そう安堵したのも束の間、どこか決心めいた視線で望未は俺の方を見つめる。
「……連くんが、よかったらだけど」
そう伝えながら、上目遣いで俺を見つめる。
「食べてほしいんだけど……だめ?」
わずかに潤んだ瞳で俺を見つめる望未。頬はほんのりと赤く染まっていて、恥ずかしい気持ちがあるのも伝わってくる。それでも、目だけは逸らさない。
(……ずるいだろ、それ)
思わず言葉が、詰まる。断る理由を思い浮かべようとするも思考は上手くまとまらず、心臓の音が、やけに大きく響いていた。断るなら、視線を外せばいいだけなのに。
なのに——その潤んだ瞳から、目が離せない。
「……それじゃ、お願いしてもいいかな?」
気づけば、そう口にしていた。頭に血が上る。視界が、ほんの少しだけぼやける。それでも真っ直ぐこちらを見つめる望未の姿だけはしっかりと瞼に映った。
彼女は、小さく息を吐いて頷いた。
「……うん。……わかった」
そうして、玉子焼きを箸でつかむ。少し耳を赤らめながら、震える手で玉子焼きが口まで運ばれてくる。
「連くん……あっ、あーん」
ぎこちなく差し出される一口。ゆっくりと近づいてくる箸先。距離が詰まるほどに、妙に意識がそこへ集中していく。端が唇に触れ、一瞬だけ戸惑いながらも、俺は口を閉じる。そのまま、玉子焼きを受け取り、そっと箸から外した。
口の中で咀嚼をする。するのだけれど、味が全然しない。分かっているこれはきっと緊張しているせいで、けれど、ほんのわずかな甘さは心地よい。
「……お、おいしいよ」
「……そ、そっか。……なら、よかった」
互いに頬を染める姿が目に映って、恥ずかしくて、顔を背ける。その間の沈黙が、やけに長く感じられた。
(……すっごい、恥ずかしいんだけど!!)
思わず口元を手で覆う。チラッと望未の方に視線を向けた先。そこに映ったのは、悪戯っぽく笑う葵と、頬を赤く染めたまま、少し照れたように、でも嬉しそうに微笑む望未の姿だった。




