キープ?
「どうしたんだよ、ボーッとして」
大翔が背中に抱きついてきて、ふと我に帰った。
「クラスの人達もさ、喜んでくれていて嬉しいなって」
「確かにそうだな」
ニカっと笑うコイツの笑顔は眩しくて、同時に羨ましさも感じている。もっと頼りになる存在にならないとだな。大翔に釣られて観客に視線をやると、松崎さん達の姿も発見する。
嬉しそうに中里さんに抱きつく彼女と、苦しそうにしながらも楽しげに笑っている中里さんの姿が目に入る。自分ごとの様に喜んでくれる姿を見て、出会うことができて良かったと感謝する。
「そういえば、ごめんな大翔」
「何が?」
「バレーの方も優勝したのに、余韻に浸る時間がなくて」
「気にするなよ、この余韻を楽しめるだけで最高だ」
「それより、表彰式に行こうぜ」
「そうだな!」
すぐさま駆け出す大翔の背中を見て、俺も軽く深呼吸をしてからその後を追う。観客席の盛り上がりはまだ収まっていない。拍手の波の中、既に待機しているチームがいる。
同じく二組でバレーを優勝したチームに、先輩のソフトボールで勝ち進んだチーム。それと、さっきまで接戦を繰り広げた3年生の先輩達だ。
表彰のアナウンスに、皆がざわつく。先生の前に並んで賞状を受け取るため、皆で壇上に上がろうとした時、隣にいた春樹がその場から動きそうにない為、声をかける。
「春樹、壇上に一緒に上がろう」
「……僕は、いいですよ。大翔君に受け取ってもらってください」
「何言ってんだよ。春樹が繋いでくれた時間で勝ったんだ。それに、みんな待ってる」
そう言うと、春樹は少し笑った後、苦笑いを浮かべる。彼がゆっくりとズボンの裾をまくると、俺は言葉を失った。彼の足首が腫れ上がっているのが分かる。
「……マジでケガしてたのか……!」
「ええ。実は、もう立っているのも結構きついくらいで……」
「……どうしてそこまで無理を」
俺が少し声を荒げると、春樹はほんの少しだけ視線を逸らして、静かに言った。
「君を見ていたからですかね」
「……え?」
「いつだって前に出て。倒れても、顔を上げて。逃げないで戦っていたから。そんな君を見てたら、僕も……少しくらい、無茶しても、挑戦してみたくなったんです」
その言葉に、大翔が目を見開き、ゆっくり近づいてきた。
「じゃあ、俺たちが運ぶよ」
「そうそう。優勝者は、堂々と上がるべきだ」
壇上から降りてきていた大翔と両脇に立ち、春樹の腕を担ごうとしたとき、彼はふっと笑って、首を振った。
「ありがとう。でも、僕は……見ていたいんですよ。二人が笑って壇上に立つ姿を」
「春樹……」
その表情があまりにも晴れやかだったから、俺はその先を言えずにいた。だから
「なら、あとで写真撮ろう。優勝した皆で」
「えぇ、それなら問題ないです」
クラスメイトに彼の支えになる様お願いして、俺達は壇上に立つ。観客の拍手が続く中、俺たちは胸を張って賞状を受け取った。
この勝利は、チーム全員で掴んだもの。ピッチに立った者も、支えた者も。そして、挑戦した者も。振り返ったとき、春樹の笑う姿が見える。それは、誰よりもまぶしく少し誇らしげに見えた。
***
表彰式が終わり、教室へと戻ると、空気はすこし穏やかになっていた。昼間の喧騒の名残をかすかに残しながらも、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。やわらかな照明の光が教室を照らし、その静けさに溶け込むように、窓際の席へと視線を向ける。──そこには、白峰さんたちの姿があった。
俺の足音に気づいたのか、白峰さんがふと顔を上げる。その瞳からは、何か言いたげな意志を感じる。表彰式を最後まで見届けたあと、余韻に浸ることもなく静かに教室へと戻っていったその背を、俺は確かに見ていた。だからこそ、こうして追いかけて、彼女達との話し合う場を設けられた。
「……見てくれたんだね」
俺がそう声をかけると、彼女は小さく頷いた。
「……まぁ、一応、ね」
「一応、って」
苦笑しながら返すと、白峰さんは少し視線を逸らして言った。
「……本当に優勝するとは思わなかった。正直、無理だろうと思っていた」
「俺も、そう思ってたよ。でも、なんとか勝てた」
俺が肩をすくめると、白峰さんの目が少し鋭くなる。
「……大翔くんがいたから、でしょ?」
その言葉には棘があったけど、否定はできなかった。俺は、素直に認めて頷く。
「……そうだね。正直、大翔がいなければ勝てなかった」
俺が苦笑する姿を見て、白峰さんは驚いた様に俺を見つめる。
「もしかして、それ込みで考えていたの?」
今度は俺が驚かされる番だった。俺は冷や水をかけられた様に、真面目な顔で問いかける。
「貴方のその余裕のある態度を見てかな。それより、誤魔化さないで答えてくれる?」
俺の返答を咎める様に、彼女は俺を見つめる。
「勿論、込みで考えていたよ。最初にチーム決めのときからね」
周囲の女子たちも、驚いたように俺の方を見てくる。その中で、俺は続けた。
「夢咲さんは、きっとまた誰かと衝突するって思ってた。……でも、俺はできるだけ、クラスのみんなには仲良くなってほしかった。だから、そのためにできることはする」
その言葉に、白峰さんは何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ目を伏せる。それを告げたのは彼女の真剣な顔に触発されたからで、落ち込ませたいわけじゃない。
「でもね、白峰さん。俺は君に感謝しているんだ。こうやってクラスの女子をまとめてくれる。素直に意見を伝えてくれる。俺はそれがありがたい」
彼女にまだ俺の気持ちは伝わっていないだろう。だから頭を下げて気持ちを伝える。
「だから、ありがとう」
深く、彼女に気持ちが伝わる様に、丁寧に腰を折る。そんな静寂を切り裂いたのは、彼女の隣にいた三浦さんだった。
「一つ、連くんに質問していい?」
「うん?」
「クラスのためって言うけど夢咲さんに肩入れしたり、その癖、咲のことをフォローする。もしかしてさ、どっちもキープにしようとしてるわけ?」
その言葉に、思わず苦笑する。
「いや、そんなつもりは全くないよ」
「じゃあやっぱり──夢咲さんが好きとか?」
「……それも、ないかな」
「じゃあ、なんなの?」
彼女の視線は鋭く、静かに俺の本心を見透かそうとしていた。俺は少しだけ、言葉を選びながら答える。
「……単純だよ。来年、うちの義妹がこの学校に入学する予定なんだ」
一瞬、空気が止まったような静寂が訪れる。
「え……妹?」
「うん。今、中学三年でさ。学校見学とか、文化祭とか、絶対に来るんだよ。だから──俺は、彼女に“この学校っていいところだ”って思ってもらいたい」
「……それって、そんなに大事なこと?」
「俺にとっては、すごく大事なことなんだ。だってさ、妹が入ってくるのに、クラスの空気がギスギスしてたら嫌じゃん?」
俺の言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
でも、数秒の沈黙のあと──誰かがぽつりと呟いた。
「妹のため、か……」
誰かの声に、俺は頷く。
「うん。もちろん、クラスのことはちゃんと考えてる。足りないことだらけだけど……俺は、本気で、いいクラスにしたいって思ってる」
皆が俺の方を向いてくれていることを確認する。俺は再度頷いて、話す。
「だから、何かあったらこうやって話してほしい。出来ることがあれば手伝えると思うから」
その言葉が、ちゃんと届いたかどうかは分からない。けれど、白峰さんは黙って頷いてくれる。俺は、応えてくれたことが嬉しくて、つい笑ってしまう。
「君の意見は分かった。なら、それを示していってよね」
三浦さんは、先程の緊迫した雰囲気を崩し、挑戦的な笑みを浮かべて告げる。だから、
「任せろ!」
俺はそう断言するのだった。開いた窓から風が入り込み、俺達の服を揺らす。俺達の関係を後押しする様に、涼しげな風が吹き込んでいた。




