勝利
その後もプレーをしていくが、先輩たちの動きはまだ衰えていなかった。体重移動まで完璧かよ。そう見とれて抜かれる。
————バカッ!!
また、差が開く。そう思った瞬間、誰かが倒れる音がする。振り返った先、倒れていたのは、春樹だった。痛そうに足の方を抑え、靴下事靴を脱いだ。そこには少し腫れた足が確認できる。
「すみません。足が腫れてるんで、交代できますか?」
心配はそれを確認すると、
「交代を認めます。ただし、クラスの人だけです」
「分かりました」
待ってくれ、春樹。まだ……。そう伝えたいがその権利はない。むしろ怪我までさせてしまったのが、申し訳なくなる。……ここまでなのか?そんな思いが胸に渦巻く。
想定よりも相手が強かった。リサーチ不足だ。上げたらきりがない後悔を感じる中、春樹が一方向に向かって指を指す。
「じゃあ、彼で」
振り返った先に、俺は見た。背中にうっすらと汗を滲ませたTシャツ姿の男が、ゆっくりと歩いてくる。彼の姿を見て俺は現実世界へと引き戻された気がした。遅いんだよ、大河。でも、同時に思うのは、春樹もしかして……?その疑問だった。
「連、前を向いてください。成し遂げたいことがあるんですよね?」
「あぁ、ありがとう」
脚を引きずる春樹に頭を下げる。後できちんと感謝を伝える。そう決意しつつ、俺は相手を見つめる。倒すべき相手を。
「遅れてごめん。それと待たせたな」
通りすがりに俺の肩を軽くたたく。
「なら、その分活躍してもらわないとな」
「任せろ」
大翔が笑いながらそう言って、サムアップする。その背中に頼もしさを感じつつ、俺も気合を入れ直す。絶対に勝つと!!
「……選手交代です。二組、大翔選手、IN!」
相手ベンチに動きがある。
「……おい、宮原、マーク変わるぞ。あいつに当たれ」
観客席がざわつく。
「え、なんかすごい空気変わってない?」
「誰、あの人……」
だろ。俺が尊敬する友人だよ。相手選手がボールを掲げて、ゲームが再開される。スローインからのリスタートは相手側。1点ビハインド、残り時間はわずか3分。
「いくぞ!」
先輩達が声を張り上げ、スローが投げ込まれる。
「っ!」
大翔が、まるで予知していたかのような速さで相手にプレスをかける。俺はそのフォローに入る形で相手の胸トラップから落ちるボールを難なくカットした。
(……すげぇ)
観客からポツリとそんな言葉が呟かれる。さすが、うちの大翔だ。
「ついてこい、大翔!!」
「おう!」
さっきまで重たかった脚が嘘のように軽くなる。俺がしくじっても大翔がフォローしてくれるという安心感が体を軽くしてくれる。先程まで苦戦した宮原先輩を軽いタッチで一気に抜き去る。その動きに大翔も連動し、相手の気がそれた一瞬でまた一人抜く。
宮原先輩も大翔を脅威と定めて、敵DFを含めて一気に2枚の選手が大翔に集中する。
「……任せろっ!」
大翔の声を聞いて俺はニヤリと笑う。俺と敵の動きに重なる一瞬を見計らって、俺はボールを浮かせた。絶妙な軌道。パスというより、落とし所が完璧なループ。俺を落とそうと先輩もジャンプするが、打点が違う。
敵も、味方も、思わず見惚れてしまうほどの高さ。一瞬だけ宙に浮いたとすら錯覚するような跳躍でボールにいち早く到達する。
ドンッーー。
打ち下ろされたそのボールは、ゴールの左隅へ突き刺さり、周囲の観客が湧く。
「ゴォォォォォォォォル!! たった一分で同点だーーー!!」
スタンドがどよめく。
「すげえええ!!」
「誰だあれ!? 一年!? 本当に!?」
『マジで何者なんだーー』
実況の声も弾んでいた。俺ですら思わずにやけてします。それを咎めるように大翔が告げる。
「まだ終わってないから気を抜くなよ、連」
「もちろん。ただ、お前とこうやってサッカーできるのが嬉しくてな」
「俺もだ」
そう言って大翔も満面の笑みを浮かべる。これほど心強いと思う味方はいないと心から思った。
「いや~、これは分からなくなってきましたね!! 残り時間は、あと2分。いったいどちらの手に優勝の旗が立つのか注目です!」
「後ろ、落とせ!」
「右サイド開いた!」
まるでピッチ全体を見渡しているかのように、冷静に、正確にボールを回す。こちらが前がかりになったところを逆に突こうという狙いだろう。数秒前にゴールを決めたばかりの大翔がプレスに走るが──その足が、ほんの少しだけ重い。
(……やっぱ、まだ完全な調子ではないか)
鋭く動き出すいつもの大翔じゃない。それでも彼は、動きを止めない。それに連動するように俺も動く。
「カバー頼んだ、佐伯!」
「了解!」
疲れを抱えながらも全力を尽くしている。それをクラスメイト全員が知っている。彼の姿に引っ張られるように、俺達も奮闘する。大翔が賛成してくれたおかげで相手も攻めあぐねているのがわかる。下手に中央へ放り込めば、大翔にカットされるというプレッシャーがあるのだろう。何とかサイドから攻略できないかと窺っている。
(くそ……賢いな)
相手の意図がわかるからこそ悔しい。こちらが焦れて飛び出すのを待っている。こっちもこっちで決定的な突破はできず、時間だけが過ぎていく。残り──1分。
パスを通させないよう対応する大翔の顔にも疲れが滲み、少しだけ呼吸が荒くなっているのが分かった。ーーっ!もしかしてそれが狙いか、だとしたら。相手が大翔を抜くために全力で勝負を仕掛けてきた瞬間、自分でも驚くほど自然に、体が動いていた。
次のパスコース。その一手先。その一瞬を予知するように、相手の中盤が放った鋭いスルーパスに向かって、俺は滑り込むように足を伸ばす。足先に当たったボールを体を上手く使って、前に落とす。攻めに意識がいっていた、相手はまだ完全に体制を整えられていない。その隙を逃すはずもなく、俺は一人を抜き去る。
──残りは、キーパーとカバーの1枚。不思議と焦りはなかった。視界の隅で大翔が追ってきてくれている。だからこそ、視線を大翔に向けて、その存在を意識させる。一瞬、ディフェンダーがそちらに意識を向け、判断を迷わせる。
(右足で……振る!)
小さくステップを踏み、シュートコースを作る。全神経を右足に集めて振り抜いた。
(いけ……っ!!)
右足の甲、確かな感触を覚えながら、反動の余韻を感じる。手応えは完璧だった。ボールは一直線に、キーパーの指先を掠めて、ゴール左隅へ。ネットが、大きく揺れた。
「……決まったぁぁぁぁあああ!!!!!」
「ゴォォォォォォォォル!! これは……これは決定的な一撃だぁぁぁ!!」
歓声が一気に弾ける。ベンチも応援席も総立ち。どこか達成感を感じながらも俺は自然とほほ笑んでいた。
「よっしゃああああ!! 連っっっ!!」
背後から大翔が飛びついてくる。勢いのまま倒れ込み、二人して芝の上で笑う。
「マジで、お前ってやつは……!」
「試合はまだ終わってないぞ、大翔」
「あぁ、そうだな」
その後も、無理に突破を仕掛けてくる相手の先輩選手に対して、大翔は一切の妥協を許さなかった。
鋭く、冷静に。まるで相手の次の動きをすべて見透かしているかのような読みで、するりとボールを奪い取る。
「っ……!」
一瞬のインターセプト。誰よりも速く反応し、奪ったそのボールを、大翔は迷わず中央へと持ち出して一閃。身体の軸はぶれず、足の振りも一切の無駄がなかった。まるで機械のように、正確なタイミングでミートしたその一撃は、回転のかかっていないボールを生み出す。
(……無回転かよっ)
見た瞬間に、ゾクリとし、自然と苦笑いしていた。まっすぐに進んでいるように見えて、途中でわずかに軌道をずらしたボールはキーパーのタイミングを外し、まるで意志を持っているかのように、揺れながらゴール左隅へと突き刺さる。
「ゴーーーーール!!何だあのあり得ないシュートはーー」
ピッ、ピッ、ピッーーー。
「試合終了! 4-2!! 一年二組の優勝です!!」
(はぁーーーー)
その瞬間、何もかもが崩れたように俺は膝をつく。緊張も、疲れも、張り詰めていた心の糸も全部があふれ出した。
「勝った……! 本当に、勝ったんだ……!」
仲間が肩を抱き合い、喜んでいる姿を眺めながら俺は笑っていた。
「連も来いよー」
「おう!」
俺も笑いながら、彼らの元へと向かっていった。
「春樹も来いよ」
「いえ、僕は脚がいたいので、遠慮します」
最後まで徹底した彼の姿に、感謝の念を抱く。本だけじゃ足りないよな。そんなことを思いながら、約束を守れた充足感を感じる。
皆んなで騒ぐ中、ふと、観客席を見上げていた。誰かの名前を呼ぶわけでもない。ただ、目線が自然とそこへと吸い寄せられる。ーーいた。
夢咲さんの姿を見つける。その表情はいつもとは違っていて、優しげな笑みを浮かべていた。ーーあんな顔もするのかとつい見つめてしまう。それは、松崎さんが責められることが無くなったという安堵からくるものか、単純に俺達が優勝したことが嬉しいのかは分からない。
周囲の歓声も、自分の心音すらも止まった様なただその事だけに意識がいく。ゆっくりと流れるこの瞬間が心地よくて、彼女の表情をずっと見ていたいと思っていた。




