準決勝
体育館の隅、コートの端に腰を下ろして、俺は黙って他クラスのフットサル試合を眺めていた。──わかってた。俺たちのチームじゃ優勝はありえない。それは昼休みに楽しそうにフットサルをする先輩達の姿を見て分かっていた。二人ほどずば抜けている人物がいることに。
足は速い。シュート力もあり、連携力もある。互いの力を理解して信頼する姿に見惚れる人もいるんだろう。本当にサッカー部じゃないのが不思議なレベルだった。中学で経験したんだろう。そう思わせるほどの実力を感じさせる。
目の前でいとも簡単に点を決める彼らを見て、チートだろ。とそんな感想をつい抱いてしまう。
「……やっぱり、決勝までは進めるが、優勝は無理だな」
俺は踵を返して教室へと向かうのだった。カーテンの隙間から差し込む日光が、ほとんど人のいなくなった教室を静かに照らしていた。教室では数人の男子生徒が談笑している姿が目に入る。
「春樹を……借りていいかな?」
俺がそう言うと、彼の友達は小さくうなずいた。それじゃあ、いってくるという春樹が言って、俺達は教室を離れる。いつもとは違い、周囲の空気が静かすぎて、足音さえもやけに響いた。しばしの沈黙のあと、俺は口を開いた。心苦しい提案をしているのがわかっているからこそ、開く口が重たい。
「前に話してた件……覚えてるか?」
春樹は一度まばたきをしてから、柔らかく笑った。
「ええ、覚えてますよ。……決断してくれたんですね」
彼の軽い口調に俺は戸惑いながらも、改めて聞いてします。
「……でも、本当にいいのか? せっかくの球技祭なのに」
俺がそう問いかけると、春樹はふっと鼻で笑って肩をすくめた。
「僕からすると、特に気に留めてない行事です。それが、好きなものを得るチャンスになるのなら……逆にありがたいくらいですよ」
俺のことを気に掛けてくれているのだろうか、何でもない風に返してくれる。
「でも、意外ですね。君が、そんなにも気に留めるなんて。……少しだけ、印象が変わりました」
「……そうか」
「えぇ、周囲の目を気にせずに、自分の道を突き進む人だと思っていたので、、、だから少し好感をもてます」
本当は全員が笑って、悔しがって、勝利を分かち合って──そんな瞬間を共有したかった。でも、それは叶わないとどこかで感じていたんだ。衝突するだろうと。そう思って、布石を打っていたんだから、心のどこかで皆を信じられていないという罪悪感があった。
誰かの機会を奪ってでも、何かを守る。そう覚悟する必要があった。それなのに、何でもない風に装ってくれるのがありがたかった。
「春樹……ありがとうな」
「礼なら、ルールブックに言ってください。僕はただ、得をしただけですから」
彼の言葉は淡々としていた。でもその奥に、どこか優しさが宿っていた。交渉を終えた帰り道、俺は体育館裏で見かけた大翔を呼び止めた。
「おー、どうした連。気合入れた顔して...次の試合まではまだだろ?」
彼は汗をぬぐいながら笑う。バレーは順調なようで、余裕すら感じさせる空気をまとっていた。
「バレーが終わったら、こっちに来てくれないか。フットサルに」
そう切り出すと、大翔は一瞬だけ目を見開いた。
「...なるほどね。俺の力が必要になったってことか」
彼には何も伝えていない。けれど、いつも何かを察して協力してくれていた。
「理由を聞かなくてもいいのか?」
「あぁ、連はいつも誰かの為に動くって信頼してるから」
そう素直に言える強さに俺も信頼をしているんだろう。いつか返さないとな、そう思う。
「頼んだぜ、大翔」
「おう、任せろ!!」
互いに言葉を交わして、拳を軽くぶつけ合った。後は、決勝までコマを進めるだけだな。
***
準決勝。相手は、2年の中ではそこそこ実力のある先輩チーム。プレーは堅実で、相手が焦ったところを見逃さないでかつチームだ。5人というところや、相手の主要選手をマークするという点に優れている。
けれど、一人を崩してしまえば問題ない。ピッチに立ち、審判の笛と同時に試合が始まった。最初の5分は静かな攻防だった。ボールが落ち着かず、両チームとも様子見の空気。
春樹はやはり動きが硬く、そこを狙われる。そこを俺達はフォローする。こちらも堅実だからこそ、互いに攻め手がない状況で、味方の一人がパスをカットして前に出る。チャンスと見た俺は一気に中央へ走る。
「上!」
声に反応してボールが浮いてくる。タイミングは完璧。トラップもそこそこに右足を振り抜いた。
──ズドン。ボールはゴールネットに突き刺さる。
「ナイス連っ!!」
「連やば!!」
ベンチからの声援が届く。でも、俺は振り向かない。油断すれば負けると知っているからだ。1点取ったことで攻めに意識がいった相手の守備が少し緩む。中盤の間合いが広がり、こちらのパスが繋がり始める。
余計なことをしない。受けたらすぐ渡す。それだけでいい。
(次は……左サイド)
自陣からのパスを俺が引き取って前進する。一人、二人をかわし、角度のある位置からシュート。
──ゴール右下、2点目。
「連マジかっけぇ……!」
「サッカー部レベルじゃん……!」
「てか、佐伯君のパスも適格だよね!!」
周囲の声が耳に入る。でも、それよりも俺が嬉しかったのは、女子の数人が応援に加わっていることだった。クラスの皆が応援してくれるその瞬間が何よりもうれしかった。
後半開始直後、その気の緩みからだろうか1点を失った。
「ドンマイ!」
「切り替えよう!」
ミスしたやつを責める声は一つもない。代わりに出るのは、自然な励ましだった。残り1分をきって、相手がパワープレー気味に出てきたことで、逆に守備が甘くなる。
タイミングを見計らって、右サイドの仲間へパス。相手の目線が逸れた隙を逃さずにそのままシュートが決まる。
──3点目。3-1。
その瞬間、試合が決まった。そのまま試合は終了し、笛が鳴ったとき、俺はその場に手をついた。
「連、マジですごいって!!」
「まじでプロ目指せるよ!」
「いや、ガチで……今の見た?」
歓声に囲まれて、俺は息をつきながら笑った。
「……すごいのは俺だけじゃないだろ。皆がちゃんと動いてくれたから、俺が活きただけ」
そう言うと、春樹がポツリと呟いた。
「……ほんとにすごいですね。君は」
思わず顔を見ると、彼は小さく苦笑していた。
(ありがとう、春樹)
俺はそう口パクでいった。ふと、スタンドに目を向けると、夢咲さんがこちらをじっと見ていた。無表情だけれど、その表情が少しだけ、笑っているように見えた。思わず見返してしますが、その表情はいつもと変わらない顔をしていた。
準決勝は大翔がいなくても勝つことができた。けれど、決勝はそうはいかないだろう。俺は気を引き締めて、次の対戦相手を見つめるのだった。




