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第四章 静かな対話


 意識が、ゆっくりと浮上してくる。

 最初に感じたのは、乾いた喉の痛みと、

鼻腔をくすぐる金属と薬草の匂いだった。


「……ここは……」


 掠れた声が、喉から零れる。


「! 目を覚ました……?」


 視界に入ったのは、見慣れない天井。

 岩肌を削り出したような、低く頑丈な造りだ。

 寝台の傍らにいたのは、ドワーフの女性だった。

 慌てた様子で立ち上がり、洞窟の奥へと駆けていく。


「すぐ、呼んできますから!」


 足音が遠ざかっていく。

 運び屋は、重たいまぶたを瞬かせながら、ゆっくりと身体を起こそうとした。


 脇腹に、鈍い痛みが走る。


「……っ」


 包帯の感触。

 どうやら、きちんと手当ては受けているらしい。

 ほどなくして、足音が戻ってくる。


「……目を覚ましたか」


 現れたのは、護衛隊長だった。

  鎧は外しているが、立ち姿は相変わらず騎士そのものだった。

 険しい顔のまま、だが、どこか安堵の色を滲ませている。

 運び屋は、わずかに身を起こそうとして、脇腹の痛みに顔を歪める。


「ここは、ドワーフの地下王国だ。

 あの後……色々と大変だった」


 運び屋は、ゆっくりと視線を向ける。


「……皆さんは、ご無事で?」


「お前以外はな。

 聖女様も……無事だ」


 隊長は短く息を吐き、壁際に背を預けた。


「洞窟の下層で瘴気が急激に薄れたのを確認してな。

 王国の者たちと合流し、急ぎ現場を封鎖した。

 お前と聖女様は……治療を受けながら、ここまで運ばれた」


 そう言ってから、ふと視線を落とす。


「……正直に言う。

 私は、これまで聖女様を“聖堂の中の象徴”としてしか見てこなかった」


 言葉を選ぶように、少し間が空く。


「だが……

 あの時の取り乱しようは初めて見た。

 必死でお前の名を呼んでいた」


 運び屋は、わずかに目を伏せる。


「……そう、ですか」


「治療の法力をかけながら、何度もだ。

 道中も……正直、こちらが声をかけづらくなるほどだった」


 隊長は、じっと運び屋を見る。


「……なぜだ」


 低い声で、問いが投げられる。


「なぜ庇った――

 いや、なぜ“庇えた”?」


 その言い方に、運び屋は一瞬だけ瞬きをする。


「普通なら、あの状況で刃を受けに出る余裕などない。

 まして、相手は聖女様の随行者だ。

 疑う理由も、警戒する理由も、本来はなかったはずだ」


 運び屋は天井を見上げたまま小さく息を吐いた。


「……いえ。

 正直に言いますと、少しだけ……引っかかってはいました」


「何がだ」


「最初に、あの人がお一人で現れた時です」


 隊長の視線が鋭くなる。


「聖女様が谷底に落ちたと知っていて、

 それなりに状況が切迫しているはずなのに……

 仲間を呼ばず、単独で近づいてきた」


 運び屋は、淡々と続けた。


「探索班で動いているなら、

 誰かを呼ぶなり、隊長さんを連れて来るなりするのが自然でしょう」


 ほんの少しだけ、苦笑する。


「それに……

 瘴気が薄れたことを理由にしていましたが、

 あそこまで正確に僕たちの位置に辿り着くのも不自然でした」


 護衛隊長は、しばらく黙り込んだ。


「……だから、警戒していたと」


「はい。

 ですので、あの人が懐に手を入れた瞬間……

 “良くない事”がおこると、思ってしまったんです」


「思って、身体が動いた?」


「ええ。

 庇えたというより……

 運が良かっただけ、かもしれません」

 

隊長は、深く息を吐いた。


「……運で片付けるには、出来すぎだ」


 そう言いながらも、

 その声音には、わずかな納得が滲んでいた。


「少なくとも、お前は状況を見ていた。

 それは事実だ」


 護衛隊長は、しばらく視線を伏せてから、ゆっくりと顔を上げた。


「……それと、だ」

 低く、少し言いづらそうな声。


「最初に洞窟で会った時のことだが……

 無礼な態度を取った」


 鉄の打つ音が、わずかに響く。


「聖女様の護衛という立場上、

 得体の知れん相手を警戒するのは当然だが……

 それでも、あれは言い過ぎだった」


 日向は、きょとんとしたように隊長を見る。


「……いえ」


 ほんの少し、困ったように笑った。


「隊長さんは、職務を全うされていただけでしょう。

 あの場で僕を信用しろという方が、無理な話です」


 護衛隊長は、意外そうに目を細める。


「……そう言われると、助かる」


「むしろ、あれくらい警戒される方が安心です。

 聖女様の身に、何かあってからでは遅いですから」


 運び屋の言葉に、隊長は短く息を吐いた。


「……お前、本当に運び屋か商人なのか」


「ええ、そのつもりですよ」


 軽口に、

 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


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