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土砂降りの雨が降っている。


横たわったままのマーガレット王妃にセシルは駆け寄った。

ピクリとも動かないマーガレット王妃の額や足から大量の血が流れて地面に流れていく。

素人目からでもマーガレット王妃の命は途切れそうに見えて近くに居た泥まみれの騎士が泣きながら担架を用意するように叫んでいた。


混乱している中でセシルはマーガレット王妃の傍らに膝をついて座った。

息はしているが怪我の状態が素人目から見ても深刻な状態だとわかる。


(大丈夫、私なら王妃様を治せる!助けることができる)


セシルはゆっくりとマーガレット王妃の手を両手で握った。

冷たい王妃の手を握って額に付ける。


「マーガレット王妃の怪我を治す。絶対私ならできる」


セシルは呟いて心の奥底から力湧き上がる力を王妃に流し込んだ。

胸の奥が熱くなり、手が痺れた感覚になる。

セシルの両手が光りマーガレット王妃の体を光が包んだ。

土砂降りの雨でセシルが放つ光に、動き回っていた人が立ち止まった。


「セシルさん?」


泥まみれの騎士が近寄ってくるがセシルは首を振って触らない様に示す。


(まだ足りない)


マーガレット王妃に未知なる力が流れ込んでいくのがセシルにもわかった。

セシルの体からマーガレット王妃へと力を流し込む。


冷たかったマーガレット王妃の指がピクリと動いた。


身じろいだマーガレット王妃に気づいた騎士が声を上げた。


「マーガレット王妃の顔色が良くなっている……。どうして光っている?」


やさしい光がセシルとマーガレットを包んでいるのを周りに居た人は呆然と見つめている。

ゆっくりとマーガレット王妃が目を開いた。

何度か瞬きをして手を掴んでいるセシルを見つめた。


「セシル……、ありがとう。貴女の力ね」


セシルの不思議な力を知っている王妃はすぐに何があったのか理解し、掠れた声でセシルに言った。

肩で息をしているセシルは疲労で倒れそうだったが笑みを作って首を振る。


「痛いところはありますか?」


「大丈夫よ。もう、貴女の力は使わないで」


そう言って王妃は眉をひそめるとセシルの顔を撫でる。

撫でた指先に新鮮な血が付いていてセシルは口元を拭った。


「鼻から血が出ているわよ」


心配そうに言われてもう一度セシルは鼻を拭った手を見ると、血が付いていた。


「まだ、力が使えます」


セシルはそう言うとフラリと立ち上がる。


「き、奇跡だ……」


集まっていた騎士が呟いた。


「フィリップ!ねぇ、起きて!」


セリーヌの泣き声が聞こえてセシルは振り返った。

土砂の中から助け出されたフィリップに縋りつくように泣いているセリーヌが目に入った。

フィリップの体からも血が流れている。


セシルはふらつく体でフィリップの元へと行くと、セリーヌの背中に手を置いた。


「大丈夫です。私が治します」


「でも、私たちは薬師よ。医者じゃないわ。無理よ。フィリップが死んじゃう」


「大丈夫」


セシルはそう言ってフィリップの大きな手を握った。


「大丈夫、私が治します!」


そう宣言してセシルは両手でフィリップの手を握って額に付けて、心から湧き上がる不思議な力を流し込んだ。


薄っすらとセシルの手が光り、フィリップの体を光が包んでいく。

手のひらからフィリップに力を流し込む。

視界が暗くなるような気がしてセシルは何度も瞬きを繰り返した。


「もう少しだけ……」


体力が失われていくのがわかったが、今倒れるわけにはいかない。

セシルは気力を振り絞ってフィリップに力を流し込んだ。


「うっ……」


フィリップがうめき声を上げながら目をゆっくりと開けた。


「フィリップ!」


喜んだセリーヌがフィリップの胸に飛び込んだ。


「なんだ、何が起きた」


地面に寝たままフィリップは首を動かし、胸の上で泣いているセリーヌを見て顔をしかめる。


「フィリップ!あなたすごい怪我をしていたの!治った?」


大泣きしながらセリーヌが言うと、フィリップは理解したように自ら手を動かす。


「王妃を崖崩れから守ったところまでは覚えているが……痛みはない。なぜだ」


不思議そうにしているフィリップにセリーヌが告げる。


「わからないわ!セシルちゃんが不思議な力で治したのよ!」


「なんだって!」


セシルの不思議な力を知っているフィリップは驚いて目を見開く。

肩で息をしているセシルを見て目を見開いた。


「セシル、大丈夫か?鼻から血が出ている……」


「大丈夫です」


今にも倒れそうなぐらい体力を消耗しているが、セシルは何ともない風を装って頷いた。

鼻を拭うとねっとりとした血が手について無意識に洋服で拭う。

手を動かすのも重くて辛いが、セシルは座ったまま周りを見る。


「他に、ケガ人は居ますか?」


「……他には、大怪我した人は居ないので大丈夫ですよ。もう力を使わない方がいいです」


鼻から流れる血を見て、王妃の護衛騎士が眉をひそめながら言った。

彼も全身泥だらけで腕から血を流しているのでセシルが治そうと手を伸ばそうとすると後ろへと数歩下がった。

護衛騎士達はセシルの力を知っているからこそ使わせない配慮をしているのだろう。


今ならまだ体力が続いている。


「まだ、治せます」


セシルはそう言って立ち上がろうと鉛のように重い体を起したが足に力が入らず崩れ落ちた。


「もう無理だ。やめてくれ」


セシルの体を受け止めてアルフレッドが悲痛な声を出した。

いつの間にかアルフレッドが傍に来ていた。

雨のせいか、力を使ったからか、セシルの視界は暗くてよく見えない。


重くなる瞼を開けて体を抱えるように抱きしめているアルフレッドの顔を何とか見つめた。


アルフレッドはセシルの鼻から出た血を拭って雨に濡れているセシルの頬を包む。


「お願いだ、もうやめてくれ。体が限界だろう。俺を置いてもう死なないでくれ」


(どうしてそんなに悲しそうな顔をするの。アルフレッド様がアルみたいに見えるわ)


セシルは泣き出しそうなアルフレッドを見つめる。

雨に濡れたアルフレッドは金色の髪の毛が頬について水滴が滴って落ちている。

雨の中でも青い瞳に涙が溜まっているのが見えてセシルは彼でも泣くことがあるのかと驚いて揶揄おうと口を開くが、口が重く動かない。


「セシリア、頼むから俺を置いて行かないでくれ」



セシリア。



アルフレッドは確かにそう呼んだ。



セシルは懐かしい気持ちになり、初めて彼に名前を呼ばれたと嬉しくなる。


(そうか、私の前の名前はセシリアって言ったのね)


自分の名前は思い出せなかったし、アルフレッドも“アル”という呼び名以外思い出せない。

彼の前世での本当の名前は何だっただろうか。

それも思い出せないが、懐かしい気持ちになってセシルは力なく微笑んだ。

重い口を何とか動かしてかすれた声を出す。


「大丈夫よ。アル」


心配性な彼を安心させるように言うも、アルフレッドは首をかすかに左右に振る。


「姫さんの大丈夫は信用しない」


(“姫さん”だって。久々に聞いたわ)


懐かしい呼び方にセシルは微笑んだ。

アルフレッドはセシルの鼻から流れる血を拭って雨からセシルを守るように抱きしめた。

彼の暖かい体温が伝わってきてホッと息を吐く。

もう手も足も重くて動かない。

瞼が重く視界が暗くなってくる。


(私たちは結婚したんだっけ?覚えていないの)


大切な思い出なのに思い出せない。

ただ一つ言えるのは彼を愛していることだけ。

今も昔も変わらずに、アルフレッドが大好きなことだけだ。





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