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“お願いだ。死なないでくれ”
アルの悲痛な声が聞こえてセシルはうっすらと目を覚ました。
これは昔の夢だ。
青い騎士服を着たアルが泣き出しそうな顔でセシリアの手を握りしめていた。
手を握ってもアルには人を癒す力が無いのにと思いつつセシリアは彼の手を握り返す。
“死なないわよ。勝手に殺さないでよ”
力なく笑って言うセシリアにアルは眉をひそめた。
(あれ、どうして私はベッドに横たわっていて弱っているのかしら)
夢の中でセシルは首を傾げる。
アルが心配している様子からしてかなり症状は悪いようだ。
“だって、これから楽しいことがいっぱいなのに。死ぬわけが無いじゃない”
セシリアは、泣き出しそうな顔をしているアルを見て薄く微笑んだ。
“夏になったらボートにまた乗るじゃない?公園であの美味しいサンドウィッチがまた食べたいわ”
アルはセシリアの手を両手で握って体温を分けるように摩った。
“手が冷たい”
“だって、今は冬だから。寒いのよ”
部屋の暖炉には火が入っていて温められているようだが、セシリアはもう一度寒いと小さく呟いた。
“俺の命を分けられたらいいのに”
悲痛な声で言うアルにセシリアはうっすらと微笑む。
“アルは生きていてほしいから”
ゆっくりと呟くように言うセシリアにアルは顔を歪ませた。
“体が辛いのか?”
遠のく意識の中でセシリアはかすれた声で呟いた。
“笑っているアルの顔が見たい”
絞り出すように言うセシリアにアルは眉間に皺を寄せる。
何を言っているのだと言う顔をしているが、セシリアはもう一度言った。
“アルは笑ったらきっと素敵だから。もっと好きになるから。笑った顔が見たいわ”
息も絶え絶えに言うセシリアにアルは首を振った。
“とても笑えない。姫さんが元気になったら心から笑える”
元気にならないとねと言う言葉が出てこずセシリアはアルフレッドから視線を逸らしてベッドから見える窓を見た。
空は燃えるように赤い。
夕日に照らされて輝くような雲が綺麗で呼吸が苦しいのも一瞬忘れ、美しい空を見つめた。
セシリアが空を見ているのに気づいてアルも窓に視線を向ける。
“また夕日か……”
うんざりしたようないい方にアルは夕日が嫌いなのかと聞きたかったが声が出ない。
口が重く動かない。
手を包むアルの手のぬくもりを感じてセシリアは目を閉じた。
(なんだか、いい雰囲気だったような気がするわね。あれはいつ頃だったのかしら。アルは私を嫌っていないようね……)
セシルは夢を見ながら胸の奥がウズウズするような幸せな気分になった。
婚約した後だったと思うが、セシリアがあれだけ弱っていたのがどうしてかは分からない。
あの後、元気になって結婚したのだろうか。
それとも、死んでしまったのだろうか。
きっとセシリアの弱り方は癒しの力を使いすぎたからだろう。
(今の私と同じね)
そこまで考えてセシルは目を開けた。
「まだ死ねないわ!」
マーガレット王妃とフィリップを治して、疲労をして倒れたところまでは覚えている。
そして、アルフレッドが自分をセシリアや姫さん呼びをしていたことも思い出した。
(絶対にあれは過去を思い出したに違いないわ!)
彼と話すまでは死ぬわけにはいかないと力強く起き上がった。
興奮気味に起き上がって周りを見ると、ベッドの横に座っていたアルフレッドと目が合った。
「あれ?私どうしたんだっけ?」
夢か現実か分からなくなりアルフレッドをじっと見つめる。
アルと同じ顔をしているが、目つきが悪くセシルを睨みつけるように見ている様子からして今のアルフレッドだろう。
「黒い騎士服……アルフレッド様?」
じっと見つめながら確かめるように言うセシルにアルフレッドはますます怖い顔をする。
「お前は力を使いすぎて倒れた。体調は?」
大雨の中でマーガレットとフィリップを癒しの力で治したところまでは覚えている。
鼻から血が出ていたことを思い出して無意識に鼻を拭ったが特に血が付いていないのを見て安心をする。
「特に、変化はないわ。むしろ良く寝て元気なぐらい」
すっきりした頭でセシルは重要なことを思い出した。
あの雨の中でアルフレッドは自分を“セシリア”と呼んでいた。
もしかしたら、過去を思い出したのかもしれない。
お互い顔を見合って様子を伺っていると、アルフレッドは諦めたように息を吐いた。
「アンタが妙な言動をしている時がたまにあっただろう」
「妙とは?」
「思い出したかと何度か俺に聞いていた」
「あ、そうね」
アルフレッドがもし過去を思い出していたら聞くのが何となく怖い。
セシルは笑ってごまかそうと思ったが、アルフレッドはセシルをじっと見つめた。
「思い出したと言ったらどうする?」
「どうって……ど、どうもしないわ」
急に真実を知るのが怖くなりセシルは顔を背けた。
聞きたいことは沢山ある。
それでも本人の口から聞くのは恐ろしい。
「お前も覚えているんだろう?セシリア姫」
姫と呼ばれてセシルは恥ずかしくてアルフレッドを睨みつけた。
「姫って!ガラじゃないからやめて!」
「前もセシリア姫と呼ぶとよく怒られた」
アルフレッドは珍しくニヤリと笑う。
珍しい表情にセシルはじっと彼の顔を見つめながら観念して口を開く。
「私も全部覚えているわけではないのよ。なんとなく、こんなことがあったなぁと言うぐらいの記憶がポツポツ蘇るような。だから、どうしてもわからないのだけれど、どうしてアルフレッド様は私を嫌っているの?」
心に引っかかっていたことをアルフレッドに言ってみる。
聞くのは怖かったが勢いで言い切ったセシルをアルフレッドはセシルを睨みつけた。
(やっぱり嫌われているの?)
聞かなければよかったと思ったが、アルフレッドはセシルを睨みつけたまま口を開いた。
「俺を残して死んだからだ」
「え?」
思っても見なかった答えにセシルは首を傾げた。
「セシリア姫は俺の傷を治してそのまま弱って死んでいった。もともと体が弱っていたのに、怪我をした俺を治したせいで死んだ」
辛い思いを語るようにアルフレッドは顔を歪ませた。
「私あまり覚えていないのだけれど。結構早く死んだのかしら?」
「早いと言えば早かった。誰も想像していなかった」
セシルは勇気を振り絞って気になっていることを聞いてみる。
「えっと、私の記憶では父に頼んで無理やりアルと婚約したようだったんだけれど、それは怒ってないの?」
「怒る?なぜ?」
意外だと言う感じでアルフレッドは目を見開いている。
(おかしいわね。アルとセシリアは婚約した後ぐらいだからぎくしゃくしていたようだったのに)
「だって、アルは婚約者にしたことをすごく怒っているようだったわ。隣国の王子がどうとか言っていたような。それで、好きな人が居るの?って聞いたら居るって言っていたじゃない?そこの場面しか思い出せないのだけれど、きっとあの後私たちは婚約破棄をしたのかしらって思ったの」
ぼんやりと思い出したことを伝えると、アルフレッドはますます怖い顔をする。
「なぜ、微妙な所しか覚えていないんだ!そういえば、セシリア姫のころから人の話をよく聞かない、覚えていないところがあったな!」
なぜかものすごく責められている気分になってセシルはたじろいだ。
(覚えていないのは仕方ないじゃない。アルなんて今まで全部まるっと忘れていたくせに)
「だって、アルは微妙な顔をしていたわよ。私と結婚するのが嫌だったんだなぁって思っていた記憶はあるわ。だから、また私と会った時に拒否反応を示したのかしらって思っていたのだけれど……」
セシルが言うと、アルフレッドは怖い顔のまま声を荒げた。
「睨みつけていたのは悪かったと思うが!お前も悪い。俺が散々体に良くないから癒しの力は使うなと注意していたのにもかかわらず、町へ出て姫さんは治療まがいの事をしていた!そして弱っている姫さんを守って俺が怪我をした。その怪我を治してお前は死んだんだ!そんなお前を見て俺は怒りが湧いていた!」
初めて知るセシリアの行動にセシルは関心して頷いた。
「へー。昔の私は、町に行ってそんなことをしていたのね。だから今は薬師になって人の為になりたいと言う志があったのね。薬師は天職だったんだわ」
自分の職業の選択は間違っていなかったと感動をしているセシルをアルフレッドは睨みつける。
「そこじゃないだろう!俺が言いたいのは俺を残してお前が先に死んだことを怒っているんだ!初めてお前を見た時に湧き上がっていた妙な思いが初めてわかった!」
聞くのも恐ろしいが、セシルは一応聞いてみる。
「初めて会った時、私の事をなんて思ったの?」
「なぜ俺を置いて死んだんだ!って不思議な怒りだけはお前を見るたびに思っていた」
アルフレッドの怒りは相当なもののようでセシルは首をすくめる。
「それは、悪かったわ」
死にたくて死んだわけではないのにと思いつつセシルは謝るがアルフレッドの怒りが収まらないようでますます眉間の皺が深くなっていく。




