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Scene19(END): シューティング・スターマン

 俺の窮地きゅうちを救ってくれたのは、一説によると故郷の惑星に帰ったといわれているデビッド・ボウイが、地球の片隅から発信された平仮名英語のSOSを聞き届け、摩訶不思議なコズミックパワーをもちいて空中停止させてくれた――――わけではもちろんなく、命綱として腰に巻き付けていたロープのおかげである。


 部屋を横滑りしたベッドは窓際の壁で止まったのだろう、空中落下のさなか、大砲をぶっ放したような激突音が聞こえていた。それがロープの歯止めとなり、切断されることもなかったので、俺は地面に墜落ついらくするのを、危機一髪、まぬかれていたのだ。


 屋根の縁から垂れ下がったロープで、てるてる坊主よろしく宙吊りになっているだけである。


 くの字に折れ曲がった体と、地面との距離は数十センチ。


 足先も顔も、砂利に触れそうなほどに近い。


「ギ、ギリギリ、セーフ……」


 ブランコのようにぷらぷら揺られるなか、ようやく言葉が出た。


 ロープによる締めつけで腰が痛み、落下酔らっかよいで頭がガンガンしているが、外傷はない。


 ただ、尿意は我慢しきれず、下半身が大洪水だった。

 下着も、スウェットズボンも、ジーンズも水浸し。

 体が振られるたび、靴下の先から、生温かいしずくがキラキラと流れ星のように飛び散っていく。


「ある意味すげぇアウトじゃん!」


 とんだ流星群の日の夜だ。

 怪我けがは負わなかったけれど、屋根からは落ち、宙吊りでお漏らしである。

 もう二十歳にもなるというのに、いったい何をやっているのだろう。


 顔の下に転がっているウォークマンは、まだデビッド・ボウイの〝スターマン〟を大音量で垂れ流しつづけていた。

 静観とした集落の夜には、やたらめったら響いて聞こえる。


 今すぐ停止しなければならない……生まれてこのかた醜態しゅうたいを人目に晒させないためにも!


 俺はウォークマンに手を差し伸ばす。


「ちくしょう……まただ……また届かないっ……」


 振り子運動をつづけているため、安定せず、狙いが定まらなかった。

 薄板のボディに触れても、体が逆方向に揺られ、拾い上げられないばかりか、指先で弾き飛ばすようになってしまい、ウォークマンが砂利の上を右往左往うおうさおうする。


 ミッションインポッシブル状態で悪戦苦闘していると、玄関のドアが勢いよく開いた。


「タツ兄、大丈夫!?」


 飛び出してきたのは妹だ。血相を欠き、靴も履いていない。


「ああ、おかげさまでな」と、くるくる回転しながら俺は返答。おこってしかるべきだが、それは後回し。「はやく曲を止めてくれ」


 さしもの愚妹も、兄の大落下劇に相当面食らったらしい。

 お気楽な調子は微塵みじんなくなっている。

 一目散いちもくさんに走りよってきて何度も頭を下げた。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


「わかったから、まずウォークマンを――」


「ケガしなかった!? どこもぶつけてない!?」


「なんともないって。だからそれよりも――」


「今度はちゃんと登ってくるまでベッドに座ってるから!」


「もう屋根から下りてんだろう!?」


 妹はもうボケてるわけではないのだ。

 たんに心配のあまり気が動転しているだけらしい。

 目には大粒の涙を浮かべ、顔がくしゃくしゃになっている。


 宙吊りになっている俺の上半身を持ち上げると、「お兄ちゃ~ん」と泣きながら抱きついてきた。


 幼かった頃の素直な可愛い妹が戻ってきたようで感慨かんがいぶかくもあったが、……今は可及的かきゅうてきすみやかに、――


「ウォークマン拾って曲止めろって言ってんだよ!」


「無事で良かったよ、うえぇぇえええぇぇえええん!」


 子供じみたバカでかい泣き声に、デビッド・ボウイの歌声が掻き消され、曲の停止どころではなくなった。


「よせ、そんな特大の声で泣くな……」


 あちらこちらで犬が呼応するように遠吠え。


 真夜にもかかわらず鳥が木から飛び立つ。


 向かいの家の消灯していた部屋に明かりが点く。


 奥の家々へ、イルミネーションが点灯ように波及はきゅう


 そして、――


「ちょっとふたりとも」


「こんな夜更けに何をしてるんだ」


 玄関には寝間着姿の両親。


 なぜだろう? ウゥーン、ウゥーン、とパトカーの不穏なサイレンが聞こえる。


 斜向はすむいの家からバットを手にした男性の姿が駆けてくるのが見えた。


「うちのむすめが、お宅の屋根によじ登って『キンキンに冷えてやがる!』とか叫んでる不審者を見たっていうから、警察呼んだぞ!」


 なぜだろう? ピーポー、ピーポー、と救急車のサイレンまで聞こえる。


 となりの家からはおばさんが出てきた。


「誰が落ちたの!? 屋根から人が落ちたっていうから、救急車呼びましたよ!」


 さらに暗がりからいくつもの声が上がる。


「さっきの大砲みたいなバカでかい音、交通事故だってよ!」


人攫ひとさらいが出たぞ! 女の子が連れ去られそうになってる!」


「火事だってよ! 消防車呼べ!」


 ……ざわざわ……ざわざわ。


 と、みるみるうちに、家の前には人だかり。


 死にたくなるほど居たたまれなくなったが、俺は宙吊りの上、泣きわめく妹にホールドされて囚われているため、逃げるに逃げられなかった。


 しかたがないので、藤原竜也調になって、流星群へ叫ぶ。


「どうしてなんだよおっ! なんでこうなるんだよおぉっ! おい、リュークぅぅぅっ! デスノートを寄越せぇぇっ! ここにくるやつら、みんなまとめて名前書いてやるからなぁぁぁっ!」







          (おわり)







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