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MonoQlog  作者: 紅サーカス
38/39

38. 情状酌量の余地あり



 あらゆる準備を重ね、初夏のある日。いよいよ裁判が始まる。傍聴席には古代術式解析部の僕らを始め、あらゆる生き物、生徒たちが押し寄せた。野次馬もいるだろうが、大半が四年生や三年生、更には学院生もいることも見るとハーディ先輩の人柄が垣間見える。

 傍聴席は立ち見席を含め満員御礼だ。


「静粛に」


 裁判官が入場し、席につく。ハーディ先輩はそれを黙って眺めていた。

「罪人ハーディ・コンセル。罪状を読み上げる」

 畳まれた紙を広げ、裁判官ははっきりと告げる。

「命を弄び、合成獣の禁術を扱った罪。未来ある若者を殺害した罪。石化の禁術を使用し住民の時間を奪った罪。将来有望な学園生の命を危険に晒した罪。相違ないか」

 いいえ。そう答えて欲しいと願ったが、ハーディ先輩は真っ直ぐに裁判官の顔を見て「はい」とはっきりと言った。

「全て、ボクの罪です。申開きはございません」

 僕はハーディ先輩の返答に拳を握りしめた。どうしてそんなに簡単に認めるんだ。どうして、命を手放そうとするんだ。

 それが生き物を殺めた罪悪感からなのか、少女の罪も背負おうとしているのか、僕には判断がつかない。

 貴方に生きていて欲しいと願う生き物がたくさんいるのだと、彼の背中に向けて叫びたかった。

 そっとカティアさんが僕の左手に触れた。不安そうな彼女の顔に、僕は何も返すことができない。


「これらの罪は、斬首系に値する」

 裁判官の判決に、トーイの小さな息を飲む音が聞こえ、カティアさんの手が震えるのがわかった。

 ハーディ先輩は変わらず、背筋を伸ばして立っていた。覆らないのか。ハーディ先輩を救えないのか。僕は歯を食いしばった。じゃないと今にも叫び、裁判の場に飛び出してしまいそうだ。


「しかしながら」


 裁判官は罪状表を置き、言葉を続ける。

「被疑者の刑を減刑して欲しいという嘆願書が届いている。それも、数十人から大量に。」

 裁判官からの言葉にハーディ先輩は顔をあげ、後ろを、僕らを振り返った。その顔は驚きに染まっていた。


「嘆願書の内容を読み上げる。曰く、“呪いの少女”に取り憑かれ、身体を操られたこと。殺害した若者は彼の魔法術式や論文を盗んだ罪人であったこと。禁術は全て“少女”の術式であり、被疑者は関与していなかったこと。

——件の事件は本人の意思ではなく、呪いの意思であったこと」

 ハーディ先輩は僕らを見る。僕は真っ直ぐハーディ先輩を見返し、笑顔を作った。

——貴方に生きて欲しいと、伝わるように。

 彼はぐしゃりと顔を歪め、裁判官の方へ向き直った。


「罪人ハーディ・コンセル。嘆願書の内容は事実か?」

 ハーディ先輩の背中が丸まり、俯いた。それらは全て事実だから否定することもできず、かと言って肯定することもできず、沈黙を貫く。それが肯定であることは明らかだ。やがて彼は静かに頷き、小さな声で「はい」と答えた。

「しかし、それでもボクが実際にやったことは……」

「罪人に発言の許可は出ていない」

 ハーディ先輩が何かを言いかけたのを裁判官はピシャリと跳ね除けた。ありがたい。あのまま彼に発言を許していたら“ボクが全てやりました”と言いかねない。

 こんなことならディモルフォセカさんから《静寂》の口封じの術式を習っておくんだった!

 裁判官はハーディ先輩を見た後、真っ直ぐに僕を見た。僕は思わず背筋を伸ばした。


「ロイド・D・アーチャー。ヴィンセント・クラウド。この事件の被害者であり、当事者である二人に意見を聞きたい。何か意見はあるか?」

「僕は……ハーディ・コンセルの境遇を考え、減刑を願います。」

「俺も、彼の減刑を願います。」

「よろしい」

 裁判官は僕らの言葉に頷き、ハーディ先輩へと目を向ける。

「罪人が素直に罪を認めていること、情状酌量の余地があること。また、小物移動術式など優秀な術式を編み出し将来有望であること。こちらで検討した結果、減刑に値する要素はある。しかしながら禁術を使用したことは事実だ。」


 裁判官はもう一度罪状表を眺めた後、それを畳んだ。

「判決を下す」

 僕達は息を呑んで裁判官の発言を待った。

「罪人ハーディ・コンセルの罪状は迂闊にも呪いを身に宿し、禁術で創造都市を混乱に陥らせた罪。よって——」


「ハーディ・コンセルに追放紋を処置し、十年の魔法界追放を言い渡す」


 魔法界追放の言葉にみんなは小さな悲鳴をあげた。処刑が、覆った……!命がある!

 判決を聞いたハーディ先輩は目を見開いた。そうして、震える唇で「うそ……」と呟いた。

「ご恩赦に、感謝いたします……!」

 ハーディ先輩はそう言って泣いた。僕らは駆け寄りたい気持ちを抑えて、傍聴席でトーイ達と抱き合って喜んだ。


「おいては、7月2日に追放紋を刻む。それまでは監視をつけ、魔封じの器具を付けて過ごすこと——。以上、罪人ハーディ・コンセルの裁判を終了する」

 7月2日。その日は学園の卒業式だ。魔法界追放を待ってくれることも、特例であった。



「それでも、魔法界の追放は実質死ねと言っているようなものよね」

 裁判からの帰り道、カティアさんが暗い顔で呟いた。僕は何故なのかわからずに首を傾げる。トーイは苦虫を噛み潰したような顔で僕を見た。

「追放紋を刻まれるというのは、魔法が使えなくなることだ。実質、魔力無になるのと同じだ。……この世界は魔力無には優しくない。わかるだろ」

「魔力無を好んで雇う生き物は居ないわ。それは生活ができないのと同じ。……ハーディ先輩はご実家を頼れないだろうし」

 カティアさんは「うちで雇えないかお父様に交渉しないと」と溜息を吐いた。トーイは「魔法使いの中で働く方が不味いだろ」とカティアさんを止める。

「追放紋って云うのは、場合によっては死ぬよりも辛い罰だ。魔法使いからも迫害され、かと言ってゴミ捨て場にも行けない。魔力無の村に行っても魔法使い憎しで殺されるだけだ」

「魔力無はそんなに非情じゃないよ」

 トーイの言葉に僕は思わず返した。僕が魔力無の肩を持ったことにカティアは驚いた顔をする。トーイは片眉をあげて笑った。

「ロイド。そうか。そうだったな」

「なぁに。どうしたの」


「ロイド・D・リトルバーグ・アーチャー!」

 トーイが僕を呼んだ。ロイド・D・アストリア・アーチャーではなく、正式な名前で。

 カティアさんは目を見開いて僕を見る。

「お前は知ってるだろう?魔力無になったハーディ部長が、笑える場所を」

 僕はトーイの言葉の意味を理解した。

「リトルバーグ村は良いところだよ。なんせ僕が生まれ育った村だから」


 カティアさんからどんな言葉が返ってくるのかが怖かった。だが、予想に反してカティアさんは「わたし、確かに魔力無について知らないわね」と微笑んだ。

「ロイドくんの育った場所なら、きっと良いところよね」

「気候も住みやすいし、良い人ばかりだよ」

「ロイドみたいな性格が悪いのもいる?」

 なんてこと言うんだ。僕ほど優しい性格の生き物はいないというのに!

「ロイドくんは優しいでしょう?」

「あー……その通りだな」

 カティアさんの言葉に、トーイは「今はそういうことにしといてやろう」といった表情を浮かべた。大変不服である。


「ロイド」


 晴れた空の下、トーイが僕を呼ぶ。

「なぁに?」

 いつも通りに僕は答えた。


「お前を否定して悪かった」


 トーイはそう言って頭を下げた。カティアさんと僕の前で。人前で、トーイが頭を下げたのを初めて見た。

 僕は潤む視界を誤魔化すように彼に抱きつく。

「許すよ。……許す。君のお節介は紛れもなく僕のためだった」

 僕のためを思って“村を捨てろ”と言った。きっと彼は今もそう思っている。でも彼は僕の家族を、魔力無を、僕の夢を否定したことを謝ってくれた。それに彼は言ったのだ。魔力無(ルーザー)ではなく、魔力無(まりょくなし)と。それだけで、僕はもう彼を許さない選択肢は無かった。もし、謝罪が無かったとしても。


「ロイド、これは返すぜ」

「返さないで。元々君にあげようとした物だ」

 トーイがポケットから出したのは金色のリボンの巻かれた箱だ。あの日、僕が彼の顔を殴るのに使ったプレゼント。

 お前、プレゼントでオレを殴ったのか。そう言わんばかりのトーイの顔から目を逸らし、僕は魔法箱から紫のリボンの巻かれた箱とリボンの無い箱を取り出す。

「カティアさん」

「わたしにもくれるの?」

「古代術式解析部の、入部祝いとして買ったんだ」

 自分の箱を開け、緑の石がついたそれを服につけた。トーイとカティアさんも箱を開け、中身を見た。

「よく、見つけたなぁ」

「僕の同郷がいる店で買ったんだよ」

「あの店員か。悪いことした。謝りに行かないと」

「謝りに行くのじゃなく紹介してもらえば良いんじゃないかしら?」

 カティアさんは髪に紫の石がついたプレゼントを付けて笑った。

「ロイドくん。わたしとトーイくんを“友人”だって紹介してね」

「……!うん、紹介するよ。僕の友人だって。二人にも紹介するね。僕の同郷の彼らを」

「いいのか?友人で?」

 彼女じゃなくて?と言外に含まれた意味を読み取れない訳がない。カティアさんをチラリと見てからかい混じりに言ったトーイのストールには黄色い石のついたプレゼントが付けられていた。

 僕らは顔を見合わせて笑った。青い空の下、お揃いの装飾品が輝いた。



 7月2日。暑い夏がくる。花束を抱えて僕らは講堂から先輩が出てくるのを待った。

 今年卒業するのはハーディ先輩と、ママ先輩。

 講堂から出て来たママ先輩とハーディ先輩は晴れやかな笑顔でこちらに手を振った。ハーディ先輩の長い髪が風に靡く。


 花束を受け取りながら、ハーディ先輩は近くにいた監視者を呼んだ。監視者はハーディ先輩の魔法封じの魔具を解いた。僕はその行動がわからずに首を傾げる。


「スージー、部長として部活を、彼らを引っ張ってあげてね」

「それにゃんだけど。あたしじゃなくてトーイくんはどうかにゃ?」

「オレ!?」

 名前が上がるとは思っていなかったトーイは驚きの声をあげた。

「あたしより、トーイくんのが適任だと思ってにぇ。あたしにはじゃじゃ馬のロイドくんは抑えられにゃいし」

「僕のこと今じゃじゃ馬って言いました?」

「カティアちゃんはまだ部活に入って日も浅いから。トーイくんならロイドくんも抑えられるし、家柄的にも他の部長と渡り合えると思うにゃ」

 ニャルマ先輩は笑った。子爵家の彼女は最高学年になったとしても、他の貴族に身分を振り翳されたら負けてしまうと言った。いくら身分度外視の学園でも身分の差は障害になりうる。

 その点、カティアさんは大国の皇女で、トーイは竜族の公爵家だ。たとえ二年生であっても侮る生徒は居ない。僕は庶民なので論外だ。

「確かに、トーイくんは適任だ」

 ママ先輩も笑って同意した。

「わたしも異論は無いです」

「僕も」

 カティアさんと僕の同意を得て、ハーディ先輩はいまだに困惑しているトーイを呼んだ。

「トーイくん。人望があるって良いことだよ。受けてくれるかい?」

「はい。がんばります」

 くしゃりと泣きそうになりながらトーイは笑って部長を引き受けた。


「トーイ・アウフラウト殿。古代術式解析部を頼みます」

「謹んでお受け致します」

 ハーディ先輩は制服のピンバッジを取り外し、トーイの胸元につけた。どうやらそれは部長証らしい。ハーディ先輩は部長証の説明をして、トーイに《祝福》の加護をかけた。追放紋を施される前の、最後の魔法だ。

 ハーディ先輩が加護を掛け終えると、監視者はすぐにハーディ先輩の腕に魔具を嵌めた。このために外してくれたのだろう。


「ハーディ先輩」

 あとはもう、追放紋を施されるだけの彼に僕は声をかける。

「これからどうするんですか?」

 僕の問いかけにハーディ先輩は困ったように笑った。その笑みは途方に暮れた笑みだった。

 学園卒業後、魔力無となった彼に行く先は無い。カティアさんやトーイの発言から、追放者が魔法界で過ごすことは苦しく、辛いことだろう。

「ハーディ先輩」

 僕は自信を持って声をかけた。

 僕は知っているのだ。魔力無となったハーディ先輩が、安心して過ごせる場所を。


「青の国に、アストリアの南側にリトルバーグという村があるんです。そこは、良い村ですよ」


「ロイドくん!?」

「にゃんてこと言うのさ!」

 ギョッとする先輩達をトーイが手で制した。

「……どうしてか、聞いても良いかな?」

 魔力無の村を勧められたハーディ先輩は、不思議そうに僕に聞く。僕はにっこりと笑って、堂々と胸を張って、言う。


「僕の出身地なんです。リトルバーグ村」


 ハーディ先輩も、先輩達も息を呑んだのがわかる。僕も、唾を飲み込んだ。その背中をそっと大きな手が、小さな手が撫でた。トーイが、カティアさんが、大丈夫だと言うように僕に笑いかけた。

 僕は笑みを返す。その気遣いが嬉しい。二人が僕を、リトルバーグを認めてくれたようだ。


 僕はもう、隠さない。


「ロイド・D・L(リトルバーグ)・アーチャー。僕の本当の名前です」

「リトルバーグ村……南側で、過ごしやすそうだね」

「はい。皆、いい(ヒト)ばかりですよ」

「ふふ。ロイドくんが言うなら、そうなんだろうね。そうしようかな」

 穏やかな笑みを浮かべたハーディ先輩は、少し振り返って体術格闘部のいる辺りを見た。ヴィンセントやコタローくんが先輩たちと別れを惜しみ、花束を渡しているところだった。

 顔が派手なヴィンセントは遠目からでも目立つ。ヴィンセントが泣いているのをコタローくんが慰めているのが見えた。

「ヴィンセントくんにも謝りたいな」

「ヴィンセントも連れて行きますよ」

 本人のいないところで約束を取り付けるな、と言われそうだがヴィンセントなら大丈夫だろう。




「ハーディ・コンセル。追放紋の処置を行う。来なさい」

「はい」

 ハーディ先輩は僕らに手を振り、監視者に連れられて講堂へと戻った。講堂の控え室で追放紋の術式を施されるのだ。

 僕らはそっと、ハーディ先輩を待った。周りの生徒がどんどん居なくなるのを横目に、部活のみんなと共に待ち続けた。


 三十分もしないうちにハーディ先輩が姿を現す。パッと見は普通の魔法使いと変わらないが、よく見ると魔力と魔素の繋がりが絶たれているように思えた。

 ハーディ先輩と共に出て来た黒髪赤目の美しい男は僕を見て顔を歪めた。相当な実力者だ。魔素が彼を慕うように集まっているのを感じる。おそらくこの男が先輩に追放紋を施したのだろうか。

 男はじっと僕の顔を見ている。面識があっただろうか。こんなに美しい男と一度でもあったことがあれば忘れないだろう。それくらいに美しい男だった。

 僕は男に会釈をしてハーディ先輩に駆け寄った。みんなとっくに駆け寄っている。


「待っていてくれたの?」

「大事な、部活の仲間だからな」

 魔法を使えなくなったハーディ先輩を、ママ先輩は抱きしめた。次にニャルマ先輩が、カティアさんが、トーイが。変わる変わる抱擁を受け、ハーディ先輩は涙をこぼした。

「ボク、本当に慕われてたんだね」

 命を投げ出そうとして悪かったなぁ。と涙を拭いながら呟いたハーディ先輩。最後に僕がハーディ先輩と抱擁を交わす。

 想像以上に細く、痩せている先輩の体が痛々しい。安心してください。リトルバーグ村は美味しい魚がいっぱいとれるんです。


「……明日、迎えに行きます」

「うん。ありがとう、ロイドくん」


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