084 そろそろ……決着をつけようじゃないか
「独自の絕招か……それは楽しみだ」
苦し気でありながら、それでいて楽し気な口調で、素華は続ける。
「ならば私も、絕招で迎えうつとしよう」
素華の両掌から、気の稲妻が迸り始める。
雷撃功を発動し、掌から放出された気の稲妻は、素華の両前腕に絡み付く。
両腕の前腕に、気の稲妻を纏った時点で、素華が発する気の性質が、変化したのに、迅雷は気付く。
高度な内功の力を持つ武術家であれば、そういった変化に気付けるのだ。
驚きの表情を、迅雷は浮かべる。
気の性質が変わったという事は、既に雷撃功は解除されている筈なのだが、素華の両前腕が纏う稲妻が、消えなかったので。
「気の感じだと……硬功に切り替えた筈なのに、何故……雷撃功の気が残っている?」
武術家は二つの内功を、同時には使えない(仙闘機の力を借りる、機功は例外であり、機功は他の内功と併用出来る)。
硬功に切り替えたのなら、雷撃功は解除される筈であり、気の稲妻……雷撃は、消え去る筈なのだ。
それなのに、硬功に切り替えただろう素華が、両前腕に気の稲妻を纏い続けていたので、迅雷は驚いたのだ。
だが、迅雷は思い出す……そういった技が、存在する事を。
「その技、雷神手臂剛か?」
迅雷に問われ、今度は素華が、驚きの表情を浮かべる。
既に前髪を上げ、隠していない目を、素華は大きく見開く。
「幾ら喪技書を呼んでいたとはいえ、この技を雷神手臂剛だと、一目で見抜くとは……流石だな」
失われた様々な技が記録された書物が、喪技書である。
喪技書には、封神門の失われた技も、幾つか解説されていたのだ。
その技の一つが、絕招の雷神手臂剛であった。
迅雷と素華は子供の頃より、共に喪技書を読んでは、失われた技を再現する方法などを、語り合ったりしていたので、雷神手臂剛を二人共、知っていたのである。
内功を硬功に切り替えたのを一瞬で察し、すぐさま技の本質を把握した上で、雷神手臂剛だと見抜いた迅雷の鋭さに、素華は感心したのだ。
「素手で戦う時の切り札にするつもりで、密かに復活させたのさ。雷撃功を得意とする私とは、相性が良い絕招だからな」
「流石というべきは、失われた絕招を、復活させた貴女の方だろう」
素華の才能と、積み重ねた功夫に、迅雷は感心する。
習得難易度が高過ぎる故に継承が絶たれ、修行法の記録までもが失われた雷神手臂剛を、復活させるのには、天才的な才能だけでなく、地道な長期間の努力も必要な筈なので。
「まぁ、こちらも実戦で使える段階に至ったのは、つい最近でね……。実戦で使ったのは、昨夜の彩雲との戦いが、初めてだったくらいだ」
素華が麗虎として、彩雲の変臉功を破った技は、この雷神手臂剛であった。
得意とする武器である方天戟を使わぬ、素手での戦いであったので、雷神手臂剛を使ったのだ。
「彩雲は、どこにいる?」
「安心しろ、殺しちゃいない」
迅雷の問いに、素華は答える。
「身体の自由を奪ってあるだけだ、いずれ見付かるだろう」
素華の答を聞いて、迅雷は安堵する。
「お互い、長話を続けられる程の余裕は、もう無い筈だ」
両脚を程良く開いて、素華は腰を少し落とす。
素華は歩型を、馬歩にしたのだ。
そして、両掌を胸の前に移動させ、球形の物を抱えるように構える。
抱掌という手の形……手法にして、馬歩抱掌の構えを取ったのである。
「そろそろ……決着をつけようじゃないか」
抱掌とした両掌の間に、気で作られた稲妻の塊……雷球が出現する。
天翔と戦った時に、素華が片手で作った雷球よりも、かなり大きい。
(雷王弾に似てるが、普通のじゃないな)
素華が作り出した雷球を目にして、迅雷は警戒する。
「俺は何時でも、構わないぜ!」
迅雷が返した言葉を聞いて、素華は右足で前に踏み込み、歩型を弓歩としつつ、右掌を前に突き出す、推掌を行う。
弓歩推掌に移行し、素華は右掌で、雷球を気弾として放ったのである。
素華の掌砲が、戦いの開始を告げる号砲となる。
普通の武術家であれば、まともに行動する事すら難しい、極低温の結界の中、迅雷と素華の最後の戦いが、始まったのだ。
間合いは三十メートル程、大して離れてはいない。
稲妻を放ち金色に輝く、素華の放った雷球は、高速で迅雷がいた辺りに飛んで行く。
だが、既に迅雷は、その場にはいない。
まさに一瞬で……気弾を脇をすり抜け、それどころか素華までも通り過ぎ、迅雷は背後に回り込んだのだ。
これまで素華が目にした事がある、神域軽功を使った時の速さを、数段超える速さで、迅雷は移動したのである。
気弾を避ける為、迅雷は僅かに左斜め前に向かい、一直線に移動したので、素華からすれば、右後ろにいる位置関係となる。
何故、これまで以上の速さで、迅雷が移動出来たのか?
それは、迅雷が後ろに回していた両掌から、掌風を放っていたから。
神域軽功の速さに加え、神域軽功を発動する為、通常を遥かに上回る量の気を練り上げていた迅雷は、その一部を後方に噴射し、加速力を得たのだ。
いわば、ロケットブースターのような効果により、神域軽功だけを使用した時を、数段上回る異常な加速力を、迅雷は得られるのである。
この加速技の名は、火箭神速。
火箭というのは、ロケットのように空に打ち上げる、花火の事だ。
火箭神速は一瞬しか利用出来ないし、まだ成功率も低く、安定しておらず、移動が直線的になってしまう。
だが、その速さは圧倒的であり、素華ですら呆気なく、その背後を取られる程であった。
素華の背後で急停止し、迅雷は振り返る。
目に映ったのは、素華の背中と、その向こう側で、爆発音と共に起爆した気弾が、無数の稲妻を周囲に飛び散らせている光景。
(矢張り、普通の雷王弾ではなかったか!)
迅雷が読んでいた通り、素華が使ったのは、得意とする普通の雷王弾では無かった。
一定の距離を飛んだ後に起爆し、広範囲に気の稲妻による雷撃を見舞う、拡散雷王弾だったのである。
素華は迅雷が突入して来るだろう、前方の広範囲を、一気に雷撃で薙ぎ払い、迅雷を仕留めようとしたのだ。
拡散雷王弾は、迅雷との戦いを想定し、素華が編み出した独自の技であり、迅雷には隠していた。
普通の雷王弾では無いだろうと、迅雷は推測し、警戒していた。
それでも、火箭神速による超加速により、一気に気弾と素華を通り越していなければ、広範囲に一瞬でばらまかれた雷撃を、迅雷は躱せずに、食らっていただろう。
硬功で身を守っていない状態で、まともに素華の雷撃を食らってしまえば、既に満身創痍となっている迅雷は、耐え切れはしない。
火箭神速が無ければ……もしくは失敗していたら、その時点で迅雷は敗北していた。
だが、火箭神速による超加速に成功した迅雷は、拡散雷王弾を食らわずに、素華の背後に回る事に成功。
十メートル近く通り過ぎてしまったが、迅雷は即座に地を蹴り、素華に襲い掛かる。
しかし、素華も即座に、背後に回った迅雷への対処を開始。
後方から襲い掛かって来るだろう、迅雷の姿を見もせずに、長い右脚を使い、虎の尾の如き後ろ蹴り……虎尾脚を放つ。
迅雷が飛び掛かって来るだろう方向を、素華は正確に読んで、牽制としての虎尾脚を放ったのだ。
それで迅雷を、倒そうという訳ではない、あくまでも迅雷の突撃を止める為に、虎尾脚を置いておく感じに。
正確に自分に向けて放たれた、素華の虎尾脚を目にして、迅雷は急停止する。
突進してしまえば、蹴りが当たってしまうので。




