057 そういう事に、しておいてあげますよ
第一試合を勝利で終え、特別観戦席で観戦し始めた迅雷の前で、本選第一回戦は、順調に消化され続けた。
第二試合は接戦の末、天剣が紀政を下し、第三試合は彩雲が鉄拐を、武術家にとって基本的な技だけで下した。
そして第四試合は、麗虎が天華を圧倒していた。
天華は得意とする鉄鈎槍を使っているのだが、素手の麗虎に太刀打ちが出来ない。
「雷聖門の皆伝だけあって、雷撃功は見事なものだが、鉄鈎槍の扱いは、まだまだだね」
麗虎は余裕のある表情で、二十メートル程離れた所で息を切らせ、身構えている天華に語りかける。
雷撃功を発動しているので、天華の身体は仄かに輝き、携えている鉄鈎槍の穂先は、稲妻を纏っている。
(参ったな、攻撃が全部、見切られてる……。悔しいけど、私より遥かに格上だ)
既に天華は、自分に勝ち目が無い事を、悟っていた。
門派固有の技を使わずに、どの門派でも教えるような基本的な技だけで、麗虎が戦っている事が、天華にも分る。
それなのに、圧倒されているのは天華の方なのだ。
天華が自分と麗虎の格の違いを悟るのも、当然といえる。
(だが、勝てる見込みが無くても、雷聖門の名を汚さぬだけの戦いには、してみせる!)
勝てない事を悟った者には、降参する道もあるのだが、天華にも雷聖門皆伝としての誇りがある。
残された力を振り絞り、天華は足を弓歩の形で開きつつ、鉄鈎槍の先端を麗虎に向けたまま、両手で頭上に持ち上げる。
鉄鈎槍の先端は真っ直ぐに、麗虎の方を向いている。
この構えを、架槍という。
天華は架槍の構えのまま、全身の経絡を流れる気の流れを加速させ、雷撃功の出力を上げる。
雷撃功の出力が上昇した結果、鉄鈎槍は穂先だけでなく全体が、稲妻を纏う。
「受けてみよ! 雷聖門槍術奥義、架槍雷鈎刺!」
天華は叫びながら、金色に輝く鉄鈎槍を、麗虎に投擲する。
投擲された鉄鈎槍は、一瞬で麗虎の直前まで迫る……が、直線的な動きは、高速であれ見切り易い。
麗虎は右に飛んで鉄鈎槍をかわすと、天華に向かって突撃する。
麗虎の身体は仄かに光っているし、移動速度は速い。
軽功を発動しているのだ。
このまま、麗虎が天華の元に辿り着き、鉄鈎槍の投擲姿勢のまま動きを止めている、隙だらけに見える天華を仕留めるだろうと、観客達は予測するが、その予測は裏切られる。
突如、天華が両手で、何かを引き戻すかのような動きをしたのだ。
すると、投擲された筈の鉄鈎槍が、投げた時と同等の勢いで、天華の手許に戻って来たのである。
鉄鈎槍の穂先は、麗虎の方を向いて戻ってくる。
麗虎は迫り来る鉄鈎槍の気配に気付き、驚きながら振り返る。
「鉄鈎槍の鈎に、鉄糸を!」
麗虎は瞬時に、架槍雷鈎刺という技の、性質と仕組みを見切る。
架槍雷鈎刺とは、鉄鈎槍の鈎に鉄の糸……鉄糸を結び付け、雷撃功の稲妻を纏わせたまま敵に投擲し、鉄糸を引っ張って引き戻す技である。
投擲する攻撃自体も、敵を攻撃する為に放たれる。
しかし、真の狙いは最初の攻撃をかわして油断した敵を、鉄糸を引っ張って引き戻した鉄鈎槍で、攻撃する事なのだ。
しかも、天華は手で鉄鈎槍を引き戻しながら、鉄鈎槍の方を向いた麗虎に向けて、右足で稲妻を纏った蹴りを放つ。
雷撃功の稲妻を右足に纏わせ、雷撃腿としたのである。
稲妻を纏った鉄鈎槍と、天華の放った雷撃腿に挟撃され、麗虎は倒されるに違い無いと観客達は思った。
だが、そうはならなかった。
軽功の発動により、仄かに光を放っていた麗虎の身体から、一瞬だけ光が消る。
そして、再び仄かな光を身体から放ち始めた麗虎は、両腕に稲妻を纏っていた。
麗虎は内功を、軽功から雷撃功に切り替えたのである。
しかも、麗虎の纏っている稲妻は、天華の稲妻よりも激しい。
麗虎の発動した雷撃功の方が、出力が上なのだ。
麗虎は天華より強力な稲妻を纏った右手で、鉄鈎槍を払い除け、左手で雷撃腿を払い除ける。
天華の雷撃功より高出力の雷撃功で、天華が鉄鈎槍と足に纏わせた稲妻は、打ち消されてしまう。
鉄鈎槍による攻撃と蹴りの両方を、麗虎は一瞬で無効化。
麗虎は即座に、身体を回転させながら、鉄鈎槍を払い除けたばかりの右手で、天華の腹部に掌打放を叩き込む。
眩いばかりの気の雷撃が、天華の全身を駆け抜ける。
悲鳴を上げる天華の身体が、海老のように仰け反り、功夫服の正面部分の一部が、破裂するように破れる。
それ程に強烈な掌打放を、身体の正面に食らった為に、天華が首にかけていた首飾りの鉄製の糸が切れ、首飾りの先にぶら下がっていた黄色い宝石が、地面に落ちる。
その事に、天華も麗虎も気付きはしない。
天華は崩れ落ちそうになるが、よろめきながらも立ち続ける。
しかし、天華が試合を続けられる状態では無い事は、誰の目にも明らかであった。
立つのが精一杯の天華に歩み寄ると、麗虎は両手を剣指にして、身構える。
無論、点穴を天華に打ち込む為。
しかし、天華は既に、避ける事も防御姿勢を取る事も出来ない。
そんな天華の状態を見て、初老の審判は麗虎が点穴を放つ前に、麗虎の勝利を宣言する。
これで完全に、勝負は決したのだ。
観戦席から、麗虎の勝利を讃える歓声と、天華の健闘を讃える歓声が上がる。
麗虎は右拳を蒼穹に突き上げ、歓声に応える……応えながら、足元で輝く黄色い宝石に気付く。
「それは、私の物です!」
近くにいた天華は、よろよろと麗虎の方に歩み寄り、宝石を拾い上げる。
拾い上げる際、天華の身体に残っていた気に反応するように、宝石が雷のように見える光を放つ。
正確には、宝石の中にある、雷を象った小さな金属板が、天華の気に反応し、光を放ったので、雷のような光に見えたのだ。
そんな変わった宝石は、この世界には雷珠しか存在しない。
雷珠に気を流し、光らせる事が出来るのは、雷家の者だけ。
つまり、雷珠を気で光らせた天華は、雷家の人間だという事になる。
麗虎の前で、雷家の者……つまりは、王族である事を証明してしまった天華は、気まずそうな表情を浮かべながら、腕を組んで胸の辺りを隠す。
功夫服の胸元が破れたせいで、のぞいてしまっている下着を、隠す為に。
「雷珠ですよね、それ?」
驚きの表情を浮かべ、麗虎は訊ねる。
「まさか貴女は、王族……雷家の方なのですか?」
雷珠を握り締め、胸元を隠したまま、天華は顔を背け、麗虎の問いには答えない。
しかし、答えない事自体が、答ともいえる。
そんな天華の表情を見て、麗虎は何かに気付いたような顔をする。
「そういえば、貴女と仲が良さそうな、雷聖門の宗天剣、雷元王の第二公主……武術好きで知られる雷天翔様に、良く似ているなと思っていたのですが……」
何処か嬉しそうな口調で、麗虎は続ける。
「似ているのでは無いようですね。おそらく彼女も、雷珠をお持ちなのでしょう」
「何か勘違いなさっているようですが、私達は王族でも何でもありません。これは街で買った、只の装飾品です」
「そういう事に、しておいてあげますよ」
天華を安心させるような口調で、そう告げると、麗虎は天華に背を向けて、玄武門の方に歩き去って行った。
こうして、第一回戦は全て終了したのである。
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