053 姉貴じゃなくて、お姉様でしょうが!
「遅かったな」
自分と天華の間の席に、腰掛けた迅雷に、天剣が声をかける。
「便所の天井に隠しておいた、こいつを取りに行ってたんで、遅くなった」
彩雲とのやり取りの事は話さず、布に包まれた蒼炎狼牙を、迅雷は天剣に手渡す。
「開けてみな。闘源郷の警備体制の、程度が知れる」
天剣は訝しげな顔で、布を開く。
布の中から出てきた蒼炎狼牙を目にした天剣は、顔を引きつらせる。
身を乗り出して、天剣の膝の上を覗き込んだ天華も、目を丸くする。
「これは、蒼炎狼牙……何でこれが、闘源郷の中にあるんだ?」
「闘源郷の警備体制が、かなりザルな気がしたんでな、昨晩……闘源郷の中に仙闘機を持ち込めるだろうか、自分で忍び込んで試してみた」
呆れ顔で、迅雷は言い足す。
「案の定、簡単だったぜ」
迅雷の言葉に、天剣達は絶句する。
武術家達の仙闘機持ち込みは、運営委員会により、禁じられている。
だが、迅雷程度の実力がある武術家なら、簡単に仙闘機を闘源郷に持ち込める事を、迅雷自身に証明されてしまったのだ。
天剣達が衝撃を受けるのも、当然といえる。
「俺の凶焔鳳凰も、お前等に持ち込んでもらう必要、無かったようだぜ。当然、素華師姐も窮奇を……」
「そんな事、言われなくても分っている。素華が窮奇を、闘源郷に持ち込めている可能性が高いという事くらい、これを見れば分る」
深刻な表情で蒼炎狼牙を睨みつけながら、天剣は吐き捨てるような口調で続ける。
「警備体制が甘いのは、現時点では闘源郷には、王族が殆ど訪れていないからだろう。今は……黄武十二聖を含め、王族達が揃っている黄極城に、警備が集中しているからな」
「決勝当日を除けば、天蒼様だけしか、闘源郷を訪れない事になっていますから、黄武十二聖などの武術に通じた軍人達は、闘源郷では無く黄極城の方に、回されてしまうんでしょうね」
天剣の言葉を受けて、天華が呟いた後、特別観戦席の前に運営委員会の係員が二人、姿を現した。
本選での注意事項や段取りについて、武術家達に念を押す様に、解説する為に。
「闘源郷の警備体勢を、大急ぎで見直す必要がありますね」
係員達が話している最中、天華は天剣に近寄り、耳元で囁く。
「そうだな。後で姉貴の所に行って、親父に闘源郷の警備体制を徹底強化するように、頼んでもらうよ」
「姉貴じゃなくて、お姉様でしょうが!」
「お前、姉貴がいるのか?」
天剣達の囁き合いを聞いていた迅雷は、天剣に尋ねる。
「ああ、姉貴も闘源郷に来てるんだ」
闘源郷の警備体制の甘さを思い知った天剣は、黄国の要人である父親に、闘源郷の警備体制を徹底強化するように進言する事を、姉に頼もうと決意する。
丁度良い事に、天剣の姉は闘源郷を訪れているので、頼みに行き易いのだ。
実際、天剣が姉に頼んだ事によって、天剣達の父親が即座に動き、闘源郷の警備体制は、すぐさま徹底強化された。
例え素華や迅雷ですら、密かには侵入出来ぬ程に。
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