051 それは、兄貴の性格のせいだな
「正確な事は、俺も知らない」
本人なので知らない訳などないのだが、迅雷は平然と、そう答える。
「兄貴が華界中を旅していた頃に立ち寄った、東方の秘境で出会った、神仙の如き武術の達人より伝授されたという話しか、聞いていないんでね」
「神仙の如き……神仙門の武術家か?」
「そうかもしれない。そして、その武術の達人の下で神域軽功を習い、身に付けた武術家は、兄貴以外にもいたらしいんで、神域軽功を使える武術家が兄貴以外にもいる事は、間違いないんだ」
「でも……それなら何故、華界において神域軽功は、東少侠だけの技だと言われているのかな?」
今度は天華が、迅雷に疑問をぶつける。
「それは、兄貴の性格のせいだな」
天華が口にした質問は、迅雷が予め予想していた範疇のものだった。
迅雷は用意していた答えを口にする。
「大抵の武術家は勿体つけて、余り奥義や絕招は、使わないものなんだ」
絕招とは、必殺技的な意味合いで使われる、武林の言葉である。
ただ、一時期安易に使われ過ぎた時期があったせいか、最近の黄国の武林では、余り使われなくなっている。
「だけど兄貴は、奥義は使ってこそ意味があるという考えの持ち主で、勿体つけずに神域軽功を使いまくっていたから、兄貴だけの技だって勘違いが、華界の武林に広がったんだと思うよ」
迅雷の認識では、奥義や絕招ですら、完成された技ではない。
実戦で多用した上で、改善点を見出し改良したり、更に優れた技を編み出すのに、利用すべきというのが、迅雷の認識なのだ。
神域軽功ですら、迅雷が使うのは、迅雷自身が既に改良を施したもの。
過去に使われた神域軽功より、優れたものになっている。
それ故、迅雷は自身が使える奥義の、出し惜しみなど、普段ならしない。
今回は正体を隠す為、出し惜しみしまくっているのだが。
「確かに雷聖門でも、奥義を使うのは控えるべきだという人は、多かったですね」
納得したかのような天華の言葉を、天剣が受け継ぐ。
「つまり、神域軽功を使える武術家は数名存在するが、人前で奥義である神域軽功を使いまくっていたのが、東少侠だけだったという事なのか……」
迅雷は頷いて、天剣の言葉に同意を示す。
実際、奥義という文字からも分る通り、奥義は簡単に表に出すべきでは無いと考える武術家の方が、華界では多いので、迅雷の話には、それなりの説得力があった。
「俺も東方の秘境に行って、神仙の如き武術の達人に、神域軽功を伝授して貰いたかったから、兄貴に何度も聞いたんだよ、その秘境の場所を」
ここで、迅雷は少し寂しげな顔をする。
ゴーグルを少しずらして、涙を拭うような素振りまで見せる。無論、演技である。
「でも、神域軽功は身体に負荷がかかり過ぎるから、もう少し身体が大きくなってからじゃないと駄目だって、兄貴は教えてくれなかったんだ……」
そして、迅雷は背負っていた凶焔鳳凰を手に取ると、巻いてあった布を外して、天剣達に凶焔鳳凰を見せる。
「そして、俺に東方の秘境の場所を教える前に、兄貴は死んじまったんだ。この凶焔鳳凰を俺に遺して……」
迅雷は、瞳を涙で潤ませる。
勿論、演技である。
「呪仙闘機は主となった者が死ななければ、他の誰かの物とはならない。俺が凶焔鳳凰の主となっている事こそが、兄貴が死んだ、最大の証拠だろう」
寂しげな……悲しげな口調で、迅雷は続ける。
当然、演技である。
「ーーそういえば、そうだったな。東少侠が死んだからこそ、お前が呪仙闘機である、凶焔鳳凰の主になっているんだ……」
天剣が、残念そうな……哀しそうな口調で呟く。
天剣は、迅雷の虚実入り混じった言い訳を、信用してしまったのだ。
迅雷の演技力が優れていたせいもあるが、主が死ななければ、次の主のものにはならない、呪仙闘機の性質を思い出した事が、迅雷の言い訳を信じてしまった、最大の理由であった。
「そうか、やっぱり東少侠は死んでいたんだ。生きていてくれたら、何よりも嬉しい事だったんだが、死んでいたか……」
気落ちしたように、天剣は肩を落す。
天華も哀しげな顔をしているが、天剣程では無い。
天剣の迅雷に対する思い入れは、半端なものでは無かったのだ。
死んだと思っていた、敬愛する武術家が、実は生きていたのかも知れない可能性がある事を知り、天剣は大喜びしていたのだ。
迅雷が死んだと言った、無名や疾風という名を名乗る迅雷を詰問したのも、迅雷が生きている事を、確かめたかったが故なのである。
しかし、迅雷を詰問して、天剣が得た答えは、迅雷は死んでいたという答であった。
その答は、天剣を再び哀しみの淵に、叩き落してしまったのだ。
本当は、迅雷本人は生きていて、天剣の目の前にいるのだが。
(ごめん……)
自分の為に哀しんでくれる天剣達を、騙し続けなければならない事に、罪悪感を覚えながら、迅雷は心の中で謝罪の言葉を呟く。
自分が生きていて、無名や疾風と名乗っている事などが、天剣達にばれなかった事には、安堵しつつ……。
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