049 どうする? どうやって言い逃れる?
黄都において、一部の武術に通じた者達が、迅雷らしき人物が出現したという話題に花を咲かせている頃、当の迅雷自身は、黄都郊外の荒れ地である骸野で、仰向けに寝転んでいた。
夜空を見上げながら、迅雷は身体を休めているのだ。
「ーーやっぱ負荷が半端じゃねえな、神域軽功は」
苦しげな顔で呟く迅雷の顔からは、不自然な程に汗が噴出し、戦ってもいないのに、身体の数か所から出血している。
誰かに傷つけられた訳では無い、神域軽功を発動した負荷に身体が耐え切れず、一部の血管が破裂して、血が吹き出したのである。
傷ついた身体は、普段の迅雷なら治癒功で治せる。
しかし、神域軽功という、気を過剰に消費する内功を使った為、今の迅雷は経絡自体がダメージを受けている状態なので、治癒功を発動して、傷を治し難い状態なのだ。
迅雷は、治癒功が発動出来ない訳では無いのだが、経絡のダメージが自然回復する前に、神域軽功以外の内功を使うと、更に経絡や身体のダメージが増してしまう。
それ故、治癒功を発動させても、実質的に治癒効果が無いどころか、逆効果なのである。
「以前なら、ここまで酷い状態には、ならなかったんだけど……」
経絡の回復を待ちながら、迅雷は口惜しそうに、唇を噛む。
子供の身体になる前の迅雷は、十分程度なら神域軽功を使い続けた後でも、大した問題も無く活動出来た。
凄まじい神域軽功の負荷に、耐え続けるだけの身体的強度が、以前の迅雷にはあったのだ。
子供の身体になってから、迅雷は必死で厳しい修行を続け、本来の実力を取り戻しつつあった。
しかし、凄まじい負荷がかかる神域軽功を、以前同様に使うだけの身体強度は、得られなかった。
神域軽功を使えば、経絡だけでなく、血管や筋肉の一部などが、負荷に耐え切れず、損傷してしまうのである。
それ故、神域軽功は今の迅雷にとって、使うリスクが以前に比べて、桁外れに高い技となってしまった。
神域軽功を発動するだけで、身体や経絡がダメージを受けるのは、当然の事。
その上、神域軽功によるダメージから、経絡が回復する前に、他の内功を発動すれば、身体や経絡は更なるダメージを受け、迅雷は激痛に苛まれる羽目になるのだ。
「無様だねぇ……。こんな体たらくで、素華師姐と戦って、勝てるのかな……俺」
珍しく、迅雷は弱気な言葉を吐く。
周りに誰もいないからこそ、吐ける弱気な言葉である。
弱気になった迅雷の頭に、己の命を燃やし尽くしてまで、弟子である迅雷を助けた師父……王凱の姿が浮かんで来る。
「何を弱気になってんだよ……俺は。命を賭せば、為せぬ事など無いっての!」
自分を奮い立たせるように、迅雷は独り言を続ける。
「それにしても、あいつらは一体、何者なんだ?」
あいつらとは、天剣達の事である。
「項羽とかいう奴は、偶然出くわしただけとしても、海燕と劉邦の方は、あいつらを尾行してる途中に、姿を現していたな」
状況を思い出しつつ、迅雷は推理する。
「あいつらが王族だとしたら、黄武十二聖が二人、密かに警護していたとも考えられる」
説得力の有る推理なのだが、天剣達の住処を、迅雷は確認出来なかったので、確証は無い。
「やっぱ、あいつら王族なのかなぁ?」
そして、天剣達について考えている内に、迅雷は肝心な事を思い出す。
「そう言えば、あいつらに……俺は死んでるって言ってあるんだ!」
天剣達は、迅雷の弟を名乗る迅雷自身により、迅雷は素華に殺されて死んでいると言われ、それを信じてしまっている。
その事自体は迅雷にとって、都合が良いのだが、今夜……神域軽功を使ってしまったせいで、黄都にいる武林の者達には、迅雷の生存と黄都への出現の噂が、広がってしまっている筈なのだ。
迅雷生存と黄都への出現の噂が、天剣達の耳に届いてしまう事は、間違い無い。
「どうする? どうやって言い逃れる?」
思い悩む種が増えてしまった迅雷は、深く溜息をつきながら、夜空を見上げる。
美しい月が輝き、星が瞬く夜空を眺めながら、迅雷は天剣達への言い訳を考え続ける。
「参ったな、今夜はもう一つ、やらなきゃならない事があるのに……」
やらなければならない、もう一つの事とは、闘源郷への仙闘機持ち込みである。
実は予選の合間に、迅雷は闘源郷内を見て回っていたのだが、警備体制に甘さを感じたのだ。
甘さを感じさせる点は、色々とあったのだが、最大の問題点は、警備兵の質である。
絶界に護られていない、闘源郷の出入り口の中の幾つかが、武術の技量が未熟なレベルの者達により、警備されている状態になっている事に、迅雷は気付いた。
武術門派の皆伝を受けたレベルの者なら、気配を消している武術家の動きを、ある程度は察する事が出来る。
しかし、闘源郷の一部の出入り口を警備している者達は、迅雷の見立てでは、そういったレベルに達していない者達だったのだ。
つまり、闘源郷の警備がザルに見えたので、仙闘機を密かに持ち込めるかどうか、迅雷は試してみるつもりだったのである。
豹牙から奪った蒼炎狼牙という、その目的にぴったりな仙闘機を、迅雷は持っていた。
「ま、もう少し身体が回復したら、宿に戻って蒼炎狼牙取って来て、闘源郷に行ってみるか」
これからの予定を、迅雷は大雑把に決める。
「それまでは、あいつらへの言い訳でも、考える事にしよう」
星空を見上げなら一人呟き、迅雷は物思いに耽り始める。
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