047 夜空を駆ける彗星を、人間風情が捕えられると思うな!
(問題なのは、軽功を使って逃げられない以上、逃げる為には、あの技を使うしか無いんだが、あれを使うと……俺が生きていて、黄都にいるって事が、ばれちまうんだよな)
迅雷は思考を巡らせ、様々な選択肢の損得勘定をする。
(でも、姿を確認し難い夜の上、外見は偽装しているのだから、今の俺の姿から、無名を想像できる者はいない筈。ここであの技を使っても、無名が迅雷だとばれる可能性は、低いだろう)
無名と迅雷が、同一人物だとばれないなら、迅雷が生きていて、黄都に来ているという事がばれても、素華に正体を見抜かれ、一方的な襲撃を許してしまう可能性は低い。
少なくとも、この場で軍に捕まったり、街中で機動大仙による戦闘を引き起こすよりは、迅雷の存在を知らしめる、「あの技」を使って逃げる方が、マシな選択肢だろうと、迅雷は考えたのだ。
(あの技は、身体にかかる負荷が凄いから、そういう意味でも素華師姐以外には、使いたくなかったんだけど、仕方が無ぇ!)
意を決すれば、迅雷の行動は早い。
あの技を使う為に、すぐさま迅雷は呼吸を整え、全身の経絡を流れる気の勢いを、加速させ始める。
経絡を流れる気の勢いに引き寄せられるように、全身の細胞から発生する気の量が、飛躍的に増え始める。
通常では有り得ない程に大量の気が、有り得ない程の速さで、迅雷の経絡を流れて、全身を駆け巡る。
迅雷は精神集中のレベルを徹底的に高め、経絡を流れる気を操作し、特定の組み合わせの経穴を、特定の順番で巡らせる。
膨大な量の気を、多数の特定の経穴に、高速で巡らせる事により、眩しい程の光を、身体から発しながら、「あの技」が発動する。
神の領域に達したと言われる軽功……現在の華界において、迅雷のみが使い方を見付け出し、習得する事に成功した、神域軽功が。
通常レベルの内功も、経絡を流れる気を操作して、特定の経穴を特定の順番で巡らせる事により、発動する。
神域レベルの内功は、普通の内功に比べると、流す気の量も、気を流す速さも、流さなければならない経穴の数も、遥かに上である。
大量の気を高速で経絡に流す事も、多数の経穴に正確に気を巡らせる事も、華界では極少数の武術家しか、出来ない事なのだ。
身体からの強烈な光の発生を伴う、神域内功の使用は、その極少数の武術家である、証と言える。
「この光は、まさか神域?」
屋根の上を昼間のように照らす、強烈な光を放ち始めた迅雷を、眩し気に目にした海燕は、驚きの声を上げる。
実際に目にするのは初めてであっても、その強烈な光が何を意味するかは、武術の達人である海燕には分るのだ。
無論、他の二人の黄武十二聖にも。
「お前等の実力は悪くは無い。三人がかりとはいえ、俺が軽功を使って逃げられなかったってのは、それだけでも誇って良い実力だ!」
光り輝きながら、不敵な笑みを浮かべている迅雷は、声を低く抑えつつ、芝居染みた口調で続ける。
「だがしかし、華界最速の俺様と、たかが黄武十二聖の新人程度では、格が違い過ぎるってもんさ! そうだろう?」
実際は、恐ろしく高度な精神集中が必要な上、身体に桁外れの負荷がかかっているのだが、相手を舐め切っているかのような口上を、迅雷は述べる。
迅雷は、そういう真似をしたがる性分ではあるのだが、基本的には身体に負荷がかかっている事を、相手に気取らせない為の、軽口である。
「夜空を駆ける彗星を、人間風情が捕えられると思うな!」
呆気に取られている三人の黄武十二聖を、からかうような言葉を吐きながら、迅雷は腰を落すように身構える。
「俺の速さは、伝説もんだぜ!」
そう言い放った直後、迅雷は石造りの建物の屋根を蹴り、黄極圏の外に向かって跳躍する。
強烈な光に包まれた迅雷の身体は、先程までの迅雷の……少なくとも五倍以上の速さで、黄都の街の上空を飛んで行く。
並の武術家の軽功よりも、数段速い迅雷の軽功の速さを、遥かに上回る速さというだけでなく、一度の跳躍で移動出来る距離も、神域軽功は十倍程である。
通常の軽功の場合、一度の跳躍では、最大でも五十メートル程移動するのが、せいぜいなのだが、神域軽功を発動した迅雷は、一度の跳躍で、三百メートル以上の距離を、移動する事が出来る。
通常の軽功とは、まさに次元が違う神域軽功を発動し、黄都の街並を覆う夜空を、飛んでいるかのように駆け抜ける迅雷の姿は、まさに彗星のようである。
「今のは……神域軽功じゃないのか?」
あっと言う間に遠ざかってしまった迅雷の姿を、呆然と眺めていた項羽が、海燕に尋ねる。
「ああ……。だとしたら、今の奴は……彗星少侠、東迅雷」
驚きを隠せないといった風な口調で、海燕は呟く。
「東迅雷が、何で黄都に?」
劉邦は仲間に問うが、無論……答えられる者など存在しない。
三人にとって確実なのは、神域軽功を発動して逃げ去った迅雷を、自分達が追いかけても、捕まえるのは不可能だという事。
そして、黄国の捜査機関の捜査網から、この一年の間……逃れ続けて来た迅雷が、黄都に姿を現したという事だけであった。
× × ×




