002 あれは……呪仙闘機の窮奇!
素華の見せた、舞っているかのような套路の如き動きは、機功を発動させる際に見せる、特殊な套路……機功套路だったのだ。
機功は発動の際、手にした武器形態の仙闘機で、自らの身体を傷つけるかのような、通常の套路や技の披露では、有り得ない動きを見せる。
素華は華麗な動きの中に、自らの身体を方天戟で傷つけるかのような動きを織り交ぜた後、方天戟の穂先を地面に突き立てる。
機功套路の締めくくりは、手にした武器形態の仙闘機の攻撃部位を、接地させるのである。
この段階に至り、機功を知る者達は確信した。
素華が機功套路を、行っていた事を。
「機功だ! 機動大仙で仕掛けて来る! 黄武十二聖は戦闘準備! 近衛兵達は王族の方々を護り、退路の確保を!」
黄武十二聖の筆頭格であり、虎王屠龍という大刀型の仙闘機を操る凌黄虎が、王族を護る近衛兵達や、他の黄武十二聖達に、指示を出す。
清明武林祭に参加する武術家には、闘源郷における機功の発動が、許されていない。
そんな闘源郷において、王族の並ぶ北側の席に向かい、機功套路を舞う素華の意図を、黄虎は察したのだ。
機動大仙化させた仙闘機を駆り、王族を襲おうとしている、素華の意図を。
黄虎の指示に従い、近衛兵達は王族を囲んで護りつつ、退路を確保し始める。
黄武十二聖の面々は、携帯している武器形態の仙闘機を手にして、機功套路を舞い始める。
既に機功套路を終えた素華は、全身から虹のような七色の光を放っている。
虹のように光る気は、機功を発動された場合にしか現れない、虹気と呼ばれる特殊な気である。
虹気は素華が手にした方天戟に、吸い込まれていく。
虹気を吸い込んだ方天戟は、強烈な金色の光を放ち始める。
金色の光は素華の姿を飲み込み、人間の十数倍の高さがある、巨大な光の球体となる。
光の球体は数秒後、卵の殻のように砕け散る。
光の球体であった、光り輝く無数の破片群を、花火の如く周囲にまき散らしながら、卵から生まれる雛鳥のように、甲冑を着込んだ機械の巨人が、姿を現す。
方天戟の仙闘機が、素華と融合し、機動大仙形態に変化したのだ。
役目を終えた、光の球体の破片群は、大気に溶け込むように、消え去ってしまう。
黄色と黒の縞模様の甲冑を身に纏う、機械の巨人……機動大仙は、人型ではあるのだが、外観はどことなく虎を思わせる。
背中に小さな翼が生えた、虎を思わせるデザインの甲冑をまとった、機械の巨人といった感じの見た目だ。
身体の各所には、不可思議な文字や文様が、大量に記されている。
この文字や文様の内容を理解する事が出来る者は、仙人などの仙術に通じた者だけだと言われている。
だが、機動大仙の外装部に、そういった文字や文様が書き込まれている事自体の意味は、ある程度以上、機功に通じた者なら知っている。
「あれは……呪仙闘機の窮奇!」
天元は機動大仙となった素華の仙闘機を、呪仙闘機の窮奇と呼ぶ。
窮奇とは、華界に伝わる伝説の魔物の中で、最も恐れられている四種類……四凶の一つに数えられる、翼を持つ虎のような姿をした魔物である。
魔物と似た特性を持っていたり、魔物の姿をデザインに取り込んでいる仙闘機は多い為、魔物から名を引用している仙闘機は多い。
素華が操る仙闘機は、窮奇の名を持つ仙闘機なのだ。
そして、天元の言う呪仙闘機とは、呪われた仙闘機を意味する。
機動大仙の表面に記された文字や文様は、機体が呪われている証拠なのである。
呪われた仙闘機は、呪われる前に比べ、圧倒的に性能が引き上げられるので、呪仙闘機は殆どの場合、呪われていない仙闘機よりも、遥かに強い。
しかし、呪仙闘機を機動大仙と化し、操縦した事により、呪仙闘機の主人となった武術家は呪われてしまい、理不尽で不条理な呪いの被害を、その身に受ける羽目になる。
しかも、呪仙闘機は達人級の機功の実力が無ければ、まともに操る事は出来無い。
機功が使えるとはいえ、極めるに至らぬ未熟な武術家が、呪仙闘機を機動大仙と化すれば、まともに操れもせずに暴走させ、人々に凄まじい被害をもたらす結果となってしまうのだ。
操縦者である武術家を、呪いで不幸にするだけでなく、未熟な者が操る事によって、人々に被害をもたらす危険な存在……呪仙闘機は、華界では禁忌の存在と看做され、遠い昔に封印される事が決まった。
その封印の役目を担ったのが、武術だけでは無く仙術にまで通じていたらしい、神すら封じると言われた、当時最強の天才武術家、尊呂望である。
呂望の秘術……封神術によって、華界に災厄といえる程の被害をもたらした、呪仙闘機の多くは、黄都郊外にある低山……封神山の奥に封印された。
呂望が開祖となり、その秘術を受け継いできた武術門派こそが、封神山を本拠地とする封神門なのだ。
華界では呂望亡き後も、様々な呪仙闘機が発見され、数多くの被害や災厄をもたらす事になった。
そういった呪仙闘機を集めて、封印する役目を負っていたのが、封神門の武術家達なのである。
ただし、現在では封神門ですら、呪仙闘機を封じ込める秘術は、失われたと言われている。
そして、封神門が封神山に封印していた呪仙闘機の中でも、最強にして最凶の存在とされていたのが、翼を持つ虎の魔物……四凶の窮奇だった。
呪仙闘機の存在は、今では機功を習得した、仙闘機の使い手の中でも、一部の者達だけにしか知られていない程度に、忘れられた存在となっている。
だが、封神門を束ねる総領……掌門の阮王凱と、親しい友人であった天元は、呪仙闘機について教えられていたし、封神門が呪仙闘機の窮奇を封じていた事を知っていた。
故に、封神門の素華が、翼を持つ虎の如き機動大仙と化した、呪仙闘機を操っているのを見て、その正体が窮奇だと見抜けたのだ。
天元が見抜いた通り、巨大な方天戟を手にした、翼の生えた虎を思わせる機動大仙は、呪仙闘機である窮奇だった。
窮奇が方天戟を手にしているのは、仙闘機は機動大仙化した際、武器形態の時に変化している武器と、同じ武器を手にするのが、普通だからである。
黄武十二聖の面々も、機功套路を終えて光に包まれ、自分達の仙闘機と一体化しつつ、機動大仙に変わり始めている。
黄国軍の歴代の猛者達に受け継がれて来た、十二機の仙闘機の内の四機が、巨大な武人の如き機動大仙となり、王族や他の観客達を護るかのように、立ち並ぶ姿は壮観だ。
黄武十二聖の操る二機と、窮奇の機動大仙が、何処か女性を思わせる姿をしているのは、主人が女性だからである。
操縦する主人の性別や年齢に応じて、機動大仙は外観を変えるのだ……男性が操縦すれば男性的に、女性が操縦すれば女性的にといった具合に。