012 呪われた証……貴様、呪われてるのか?
「凶焔鳳凰……にしては小さい。いや、小さく見えるのは、距離のせいなのかも……」
天剣自身、無名の駆る機動大仙が、一年前に見た呪仙闘機の機動大仙……凶焔鳳凰なのか、似ているだけの機動大仙なのか、咄嗟には判別が出来なかった。
似てはいるのだが、大きさだけでなく細かい意匠が、記憶の中にある凶焔鳳凰とは、色々と違っている気がするのだ。
「凶焔鳳凰は東少侠……東迅雷の呪仙闘機、あの少年が使っている筈がありません」
天華の言葉に頷く天剣の頭に、父親から聞いた、凶焔鳳凰に関する話が蘇る。
「親父が言っていたんだ。凶焔鳳凰は華界において、唯一無二の鳳凰刀の呪仙闘機なのだと」
父親と交した会話の内容を思い出しながら、天剣は続ける。
「封神門の元掌門に、親父が聞いた話だから、間違いは無い筈だ。華界において、鳳凰の呪仙闘機は、凶焔鳳凰一機のみなんだよ」
そう言いながら、天剣は無名の機動大仙を、遠くから観察する。
「落書きだったら、有り難い位だ。この腐れた文字や文様は、呪われた証だからな」
無名の機動大仙は、無名の声で話しながら、近くに落ちていた得物、鳳凰刀を拾い上げる。
「呪われた証……貴様、呪われてるのか?」
豹牙の声で喋りながら、蒼炎狼牙も得物……狼牙大刀を拾い上げる。
「ああ、この呪われた仙闘機を使ったせいで、恐ろしい呪いをかけられちまったのさ。酒場にも賭場にも出入り出来なくなる、恐ろしい呪いを……」
「お前の歳で、酒場や賭場に出入り出来ないのは、当たり前だろうが!」
狼牙大刀を構えながら、蒼炎狼牙が豹牙の声で、もっともな事を言う。
華界は国や地域によって、飲酒や賭博が許される年齢は異なるのだが、十二歳程度の子供に、酒や賭博を許す国や地域は、江湖であろうが存在しない。
「そう思われちまう辺りが、恐ろしい呪いなのよね。俺の本当の歳は、十八なんだぜ」
無名の声で自嘲気味に、誰にも聞こえない程の小声で呟きながら、鳳凰の如き機動大仙は、長剣状態の鳳凰刀を右手に持ち、剣身を地面に対し平行な状態……平剣にすると、頭上で回転させ始める。
平剣の状態で、剣を頭上で回転させる技を、雲剣と呼ぶ。
鳳凰刀は長剣状態にしている時は、剣としての技を使える。
一応は刀に分類される武器なので、剣の技というと違和感があるのだが。
そして、無名の機動大仙は、全身から光を放ち始める。
無名が内功を発動したので、機動大仙が気の光を放ち始めたのである。
光は真紅の刀身に集まり、赤々と燃え盛る炎となる。
気で強烈な炎を作り出す、炎撃功という内功の技を、無名は使ったのだ。
豹牙も蒼炎功を発動させ、蒼い炎を蒼炎狼牙の狼牙大刀に、纏わせている。
脚を弓のように開く、弓歩という形にした上で、右手を身体の後ろに回し、右手に持つ狼牙大刀を隠すかのような構えを、蒼炎狼牙はとっている。
蒼炎狼牙がとっている構えは、弓歩蔵刀である。
弓歩という武術の基本的な歩型をとった上で、刀を相手から見え難いように隠す、蔵刀という構えをとる事から、弓歩蔵刀と呼ばれているのだ。
紅い炎を纏う剣で、雲剣を行う無名の機動大仙と、蒼い炎を纏う狼牙大刀を手にして、弓歩蔵刀の構えをとる蒼炎狼牙……。
対照的な色の炎を操る、二機の機動大仙が、百五十メートル程の間合いをとって対峙する。
睨み合いを続けながら、二機の機動大仙は間合いを詰め始める。
互いの間合いが百メートルを切った辺りで、無名が先手を取る。
蒼炎狼牙に向かって、勢い良くダッシュしながら、雲剣によって回転運動を与え続けていた剣で、蒼炎狼牙に向けて斬りかかったのだ。
内功は一度に一つしか、使う事が出来ないので、炎撃功を使用中の無名は、軽功を使えない。
軽功を使っていないにも関わらず、無名の機動大仙の動きは速く、並の武術家が操る機動大仙なら、反応出来ないだろう程の勢いで、蒼炎狼牙の懐に飛び込む事に成功する。
しかし、百人を越える人数の、盗賊団を率いる実力を持つ豹牙は、武術家としても並では無かった。
豹牙は見事に無名の攻撃に反応し、狼牙大刀を身体の前に突き出して、無名の機動大仙の斬撃を受け止めたのだ。
耳を劈く程の金属音が響き渡り、紅い炎と蒼い炎の火花が、真昼に花火でも打ち上げたかのように、辺りに飛び散る。
両者は互いの武器を払い除けようとするが、両者のパワーは互角であり、どちらも目的を達する事は出来ない。
互いの刃を合わせたまま、膠着状態に陥るのだろうかと、離れた場所から戦いを見守っていた、天剣や天華は思ったのだが、そうはならなかった。
突如、無名の機動大仙が、戦法を変えたので。
蒼炎狼牙の狼牙大刀と、激しい鍔迫り合いを続けていた、無名の機動大仙が手にしている、長剣状態の鳳凰刀が、いきなり二本の刀に分離したのだ。
鳳凰刀を、鳳刀と凰刀に分離させ、二本の刀としたのである。
右手に一本の長剣を手にしていた状態から、両手に一本ずつの刀を持つ、双刀の状態となった無名の機動大仙は、右手の鳳刀で狼牙大刀を抑えたまま、左手に持つ凰刀で、蒼炎狼牙を斬りつける。
蒼炎狼牙の装甲が斬り裂かれる金属音と、豹牙の苦しげな悲鳴が、荒野に響き渡る。
「貴様の武器は、鳳凰刀だったのかっ!」
鳳凰刀という、珍しい武器の使い手ではない豹牙は、天剣とは違い、長剣状態の姿を見ただけでは、鳳凰刀だと気付けなかった。
無名の機動大仙が、双刀状態で攻撃を仕掛けて来た今、ようやく豹牙は気付けたのだ。
「当たり前だ! 鳳凰の機動大仙が持つ武器は、鳳凰刀だと相場が決まってんだよ!」
無名の声で言い放ちながら、鳳刀と凰刀の二刀を手にした機動大仙は、情け容赦無い斬撃の雨を、蒼炎狼牙の傷ついた身体に、降らせ続ける。
外装が吹き飛び、露出した内部の機械までもが斬り裂かれた蒼炎狼牙は、真紅の仙血を噴出させながら、激しい炎に焼かれる。
蒼炎狼牙の負った損傷は、既に機動大仙としての形態を維持できる限界を、超えてしまっていた。
蒼炎狼牙は虹色の光を放ちながら、元の武器形態……狼牙大刀としての姿に戻ってしまう。
当然、豹牙も仙闘機との融合を解かれ、蒼い功夫服姿に戻る。
豹牙は身体の各所に手酷い傷を負い、肌を焼かれ、功夫服は血で赤黒く染まり、あちこちが焼け焦げている。




