仕事終わりのお酒
転生者のあちら側への救出は、催しの後、ひっそりと続けられた。
演劇の裏舞台の転生のやりとりを見ていた人は結構いたようで、ハオランへの依頼は後を絶たなかった。ハオランは週休二日でこれをこなした。あちら側の仲間ともそういう取り決めをしてきた。
ハオランが、転生者の転生を成功させると、ノートに「〇名受付完了」の文字が滲み出た。
「給与を受け取る仕組みはあるのか?」ベルが一番懸念していた点だ。
「ああ、一人救出につき金の粒一個受け取る。」ちょうど、開いたノートから金粒が浮き出てきた。
「げっ」ベルはうめいた。
こちらの世界の方が、技術的に遅れていることが悔しかった。
「失踪者の名前、電話番号のリストがあちら側にあって、俺がノートに〇名転出、Aさん、Bさん、と記入すると、向こう側に情報が行き、本人確認がなされ、失踪者の家族に電話をかけ、再会させるという手筈になっている。その後こうして入金される。一粒で一週間満足に暮らせる。」
「でんわ番号…?」「伝令がいらなくなる世界があるんだ」「ほお」
「なんだかいまいち仕組みがわからない。そのノートは、あちらとこちらで連絡でき、品の郵送もできるのか。もともとこの世界の、エイダのノートだろう、それ。」
「私に与えられている情報は限られている。一つ目は、変装してこちらの世界に接触し、品を受け取ることで、あちらとこちらを繋ぐ道を作れる、二つ目は、品を媒介にして連絡を取り信頼を築き、こちらの世界の品を食べれば、こちら側に現出できる。この時点で品を郵送しあえる、が、人間は別だ。三つ目は、私のタイミングで指を鳴らすかチョークで扉の絵を描き、元の世界への門を開く。」
「なにか、表現に悪どさを感じます、『信頼を築く』のあたり」
「エイダが悲しむぞ」
「育ちが悪いから…ごめんて。」
「指鳴らしてたっけ?」
「下手すぎて音が鳴らないんだよね、悪かったな、格好悪くて。」
この場にエイダがいなくてよかったと、ハオランは思った。
「言葉が通じる理由は?」催しを手伝った少年が問うた。
「勉強した、あと翻訳機能を持ってる。手首に巻かれた黒いひもに文字盤が光る。話しかけられると、故郷の言葉の文字列が現れる。これを差し出して見せた。
直後、上司の顔と言葉が浮かび、ハオランは手首をさっと隠した。
『こちら側の技術の多くを、民はおそらく望んでいない、見せびらかしたりしないように』
「このまま、この町に留まるか?」
「諸外国を拠点にするよ。一部のノアリア人を転生させたいから、週五日ほどノアリアに通う。」「そっか、体に気をつけてね」
ハオランは、遠く方の石段に座り、夕日を眺めているベルに声をかけた。
「ベル様、引き続き、ノアリアで転生者の帰郷の儀をしてもよいでしょうか?」
「…ああ、構わないよ。ただ、ここを好きで誇りに思っている人間もいる。あまり大っぴらにはしないでくれ。」もっともな意見だった。
「はい、わかりました」ハオランは頭を下げた。
◇◇◇
ハオランは、週三日、帰郷の儀を執り行うことにした。サトウの情報網は広く、一週間に一度リストを届けにきてくれた。同時に、この土地に伝わる話をなんでも教えてくれた。発掘された不老者やタリスの解体、保護された元奴隷の不思議な話などを、ハオランは嬉々として聞き入った。タリスの解体に備え、特約票が通用する社会を築く派遣民の奔走などは、聞いていて恐れ入ってしまった。
拠点について、サトウの老体を考え、ノアリアからごく近い徒歩十分ほどの国に居座ることにした。金の大粒を商人に見せ、食料と、大量の特約票のお釣りを受け取り、生活は安泰だった。ただ、この先何があるかわからず、あちら側の探索班の連絡が途絶える可能性を考え、こちらでできる楽な仕事を探した。
サトウは、ノアリアの居酒屋を営んでいるため、人々の噂を収集でき、『転生』を視野に入れた方が良い者の名を手帳に走り書きしていった。
ハオランは、考えた末、サトウの切り盛りする居酒屋で手伝いをすることにした。巣穴は近隣のサルテという町にした。
◇◇◇
サルテの宿場で、ようやくほっと息をついた。
貴重品入れがあり、木札で管理できるようになっている。
良い作りの宿場だ。青々とした山林を眺め、一息ついた。
ノートの機能を理解する必要があると思った。
エイダと交信していた時、どうだったか。
ボールペンであいさつの文言を書いたら、返事が書き込まれた。
交信を続けるほど、周囲の山深い景色が色落ちし始め、捜索隊の姿も見えなくなっていったんだよな。
それで、こちらとあちらの要素を行き来させる(メモ書きの応酬)うち、私もエイダもどちらの世界でもない、『境界』に現出してしまった。エイダのくれたパンが命綱だった。
そこまで考えると、思考がぼんやりし始める。
この程度の知識で十分じゃないか?
縄をひけば帰れる。
ハオランの緊張は解け、小さな平皿に酒をそそいだ。
舞台を素直に楽しんでくれた町人からの贈り物だ。
果物の風味がする、甘くて澄んだ色の酒だ。美味い。
ノアリア建国時に、市民として迎い入れられた人々は
間違いなく、転生者だろう。
右も左も分からず、働かされ、新しい時代の立役者として期待され、
さぞや大変だったことだろう。
空腹の体に酒を流し入れたせいか、酒の回りが早い。
心地よい酔いに身を任せ、その場で眠り込んだ。




