閑話 巡回人の点検についての決議
ハクジャは、買い取った文官の旧邸のソファに浅く座り、訪問者を一瞥し、告げた。
「我々が抱えている課題は二つ、
巡回人の定期整備と「過食期」の不老者の増加だ。
どちらを先に解決しようか?」
宰相が発言した。
「巡回人の定期整備について決めることを優先しましょう。
『過食期』の不老者の増加については、わからないことが多すぎる。
巡回人のメンテナンス体系を全国で統一する議論の方が易しい。」
ほかの同席者らも頷いた。
「それではまず、巡回人と同伴者の役割を明らかにしよう。」
ハクジャはあらかじめ議題を知っていたかのように、巡回人の整備項目についてまとめた資料を、宰相、将軍、財務官、サラ、タリスの同伴者代表1名に渡した。
「巡回人の基本動作と、同伴するタリス兵に求められる役割についてまとめた。」
*巡回人と同伴者の役割について
巡回人は、事件現場を法廷として機能させる投影装置を持ち、裁判長を務める。
事件が起きれば、現場に直行し、怪しい人物を取り押さえ拘束し、目撃者を徴集する。被害者と加害者、事件の登場人物をその場に置き、現場検証、目撃証言を踏まえ、事件の起点と展開をシミュレートし、同行するタリス兵と共有すし、全く無関係の村人・町人を裁判員として6名選び、巡回人を裁判長とし、判決を下す。
タリス兵の役割は、6系統を保守すること、巡回人の指示に従い、事件の関係者・裁判員6名を徴集すること、巡回人が正しい手順で現場検証・裁判を取り行っているかを確認すること。巡回人に危害が及んだとき、上に報告し然るべき処断を実行すること。
「次に資料の裏面を見てほしい、整備士に相談し整備項目を羅列した。」
次の6系統を保守対象とする。
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・駆動系・装甲系− 関節軸の摩耗、駆動機構のゆがみなど
・観測系・記録系− 足跡、血痕、発言の時刻など、裁判に必要な情報の
収集精度を検査する
・法廷展開系− 投影装置や拘束機能を検査する
・推論系・判定系− 現場の証拠と証言から、事件の起点・展開を再構成
する演算機構を検査する
・動力系・制御系− 移動に必要な動力を、太陽光エネルギーで賄えているか
停止命令が機能するか兵士の監督権限を認識するかを検査する
・法的権限・監査系− 巡回人が適切な条件で事件対応を開始し、所定の手順で判決を下せるかを検査する。
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「日常点検は巡回任務の合間に行い、定期整備は巡回人を担当区域から一時的に外して実施する。特別監査は、重大事件の処理後、異常動作の発生時、あるいは一定の稼働期間を経た際に行うことにしよう。」
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保守段階 |実施者 |内容
日常点検 |同行するタリス兵 |外装、異音、動作、記録、動力残量の確認
定期整備 |巡回人の整備技師 |関節の分解整備、演算機構の検査、法廷展開の調整
特別監査 |王の監督機関が任命した監査官|権限、判決手順、停止機構の検査
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「以上!何か異論、質問はあるか?」
「…ございません、王よ」
タリス兵が手を挙げた。「定期整備の手順を、統一すべきと思います。」
「うむ」ハクジャがまた、資料をその場の全員に渡した。
資料には定期整備の手順が載っていた。どこまで先を読んでいるのか。
手順書には、稼働記録の回収から始まり、装甲を外し、内部配線の部品
などの点検からはじまり、既知の事件を入力、事件当時を再構成・投影できるか、事実として収集した情報と、推定した情報を区別できるか、同行兵の監督権限(緊急停止令など)を試験し、最後は、技師が整備記録を作成し、別の検査担当者が承認する。その後、巡回人の権限を復旧し、復旧番号と整備記録を王の監督機関へ送付してから現場へ戻す。
「これを、定期整備の手順とする。なにか言いたいことがあるようだね、ルシール。」
ルシールと呼ばれたタリス兵は、誰もが不思議がることを言った。
「整備記録を、伝令もなしに遠方に送れたり、巡回人に紙やペンも用いず情報を書き込んだり、これほどの技術が、なぜ他分野に活かされないのですか?」
ハクジャは苦笑した。
「…核心をつかれたね。なぜかというと、我々は、巡回人の表面的な構造しか知らされていないからだ。巡回人の核はブラックボックスなんだよ。だから他の分野に応用できない。」
「これを作った錬金術師だけが、巡回人の全容を知っているのですね。」
「そうだ。」
そしてハクジャは言った。「おそらくこれが、錬金術師の願う、平和のかたちなんだ。」
「高い技術力で、我が国と他国を圧倒し緊張させつつ、どちらにも情報開示をしない、他国が盗んだところで扱えず、壊せず、我が国も表面的な点検しかできない。『素朴に生きよ』と言われている感じがするよ。」
ルシールは諦めたように、頷いた。
「整備区画は、各々担当区域の近くに作るように。技師は各区域にいる。
このお触れを、各諸国の掲示板に掲示し、ラジオで公布する。」
「承知しました。」
ルシールは従者をともない、たっぷりの食料、ハクジャが外交で得たワインなどが積まれた荷馬車を引いて、担当区域へ帰って行った。頂いた品は配属先に納品しようとルシールは思った。
はじめて王と接見したが、尽くし屋という印象をもった。
また、巡回人が他国への抑止力となっていることを、初めて知った。
これほど高度な技術をもつ錬金術師は、本当に私たちと同じ人間なのか。
尽きない疑問を反芻しながら、ルシールは帰途についた。




