隔離施設の不老者
ハクジャの直属の部下となったキケロは、毒味役として働いた。
ハクジャは、彼の身体能力を底上げするため、食事の時以外は、兵舎で寝泊まりさせ、護身術、格闘を学ばせた。
ある日、キケロはハクジャにこんな進言をした。
「安定期に入る前の不死者が心配です。タリス軍に捕縛された不死者は、隔離施設にいるはずです。どうか、彼らの様子見と、釈放を許可していただけないでしょうか。」
タリスが倒壊した時、隔離された不老者を気に掛けた関係者があったろうか。食事の提供もなく放置されていたらと思うとゾッとした。
気が進まないが、ハクジャはキケロと二人の護衛を伴い、早朝四時、馬で隔離施設へ向かった。地図とハクジャの記憶を頼りに進むと、白い建物が見えてきた。建物の入り口に着いた時、ハクジャの護衛の一人が、ハクジャ様は建物のそばで待っていただきたいと願い出た。その場の誰もが凄惨な光景をイメージしており、それを王に見せたくないという心づもりが部下の心に湧いた。ハクジャは頷き、馬と共に外で待っていることにした。
入り口には鍵がかかっており、借りた合鍵で開けた。入り口からは、内装が見えない設計になっていた。中へ進み、拍子抜けした。各個室は、出入り口方面が厚いガラスで覆われ、住人の気分でガラス面をカーテンで覆えるようになっていた。個室は広く、畳四畳半で、ベッドと大きめのテーブルと座布団が見えた。人により本棚があり、トイレは個室の外にあるようで、利用者の自由度が高い施設のようだった。ここなら自分でもストレスなく暮らせると思った。
ガラス面の一部が細長い長方形に切り取られ、個室内部に突き出した板があった。多分、食事や手紙の受け渡し場所だ。ホールがあり、ここで食事をとることもできるようだ。
建物屋内はほぼ自由に行き来できるようで、隔離施設というより、共同住宅だった。タリス軍は、不老者を厚遇していたことがよくわかった。
カーテンが閉まっている個室を、コツコツとノックしてみた。
すると、のそりと動く音が聞こえ、カーテンが小さく開かれた。
女性だった。「……どなたですか?」と聞かれた。
兵士は素性を明かし、「助けが必要ですか?」と聞いた。
「大丈夫ですよ。ここ、タリス解体をきっかけにただの共同住宅になっちゃったんです。ああ、解体の話は看守の会話に聞き耳を立てて知りました。
管理していた人は皆外へ走り出したっきり戻ってきません。過食期を乗り越えて安定期に入ったひとしかここでは暮らしていませんよ。そうでない人は食事を求めて暴れていたので、管理人室の鍵を持ち出して開錠したら、さっさと逃げてしまいました。過食期の人の部屋は、施錠が義務付けられていましたので。」
「…何か不便はありませんか?」
「うーん、特にありません。食事の必要がないし、生活備品は両親が送ってくれたもので十分です。他の方も同じです。外出も自由です。」
それから女性が、兵士を見つめて言った。「どうかこの施設を放置しておいてください。耐火性能も高い、頑丈な施設で、どこよりも安全なのです。」
安定期に入っていてそこまで自由なら、ご実家に帰られては、と伝えたところ「過食期に相当迷惑をかけたため、会わせる顔がない、数年はここで静かに暮らすのが一番」と苦笑いされた。
兵士もキケロも意外な展開に驚きつつ、女性の言い分を聞き入れた。
「承知しました、報告書には何も書きません」キケロとハクジャの部下は、そう言ってその場から立ち去った。
ハクジャは報告を受け、奇妙な顛末に驚いていた。「ただ、報告書がなければ、移動費が下りないぞ」とハクジャがいうので、報告書には「安定期に入った不老者が隔離されている。管理人が不在のため、部下を一名、この施設の監視に当たらせる」と記載し、今回同行した部下を一人、ここに置き、施設管理に当たらせた。
キケロとハクジャはそれぞれ馬に乗り、帰路についた。想像していたような惨事にならず、ほっとした。
「私のお願いを聞いてくださって、ありがとうございました。」
「いや、礼に及ばない。隔離施設の現状が知れて良かった。
難事の際、彼らを生かす場面が来るかも知れない、頭に入れておくよ。」




