二週間の余白、静かな不老者
2週間も休みがある、どう過ごしたらいいか。
ルーンは寝床で横になり、考えを巡らせた。
ノアリアを一通り見て歩こう、物心ついた頃から養成所に住み込みで通っていたから、街の様子を知らない。噂に聞いていた魚売り場の捌き実演、シチズン・ラボなど、面白いかもしれない。シチズン・ラボとは、ノアリア人が研究成果を一般公開し、街中の技術者が自由に閲覧できる場所で、展示物の図面を持ち帰り改良し、自分の作品として売ることができる。
姉さんの研究所も覗きたい、姉さんはカラクリの組み立てが得意で、交易所で不良品・売れ残りを見つけては無料で譲り受け、分解・再構築・設計図化・分解・改良という「開構改変」という手法で製品を作り、量産専門業者と契約し、開発しているのだそう。
公衆浴場にも行きたいな。
ここで、頭を振り、思考を押し留めた。観光計画は後回しでいい。
自分にとって重要なことを考えよう。
まず村について、土壌作りは一通り終わった。2週間土壌を熟成させたあとは、土を馴染ませ、地力回復を助ける初期作物を設定しなければ。
大気中の窒素を土に固定してくれる根粒菌をもつ「大豆、小豆」と
根を深く張り、踏み固められた土壌を自然にほぐす「大根、カブ」、
村人の栄養源を早く確保したいから、成長の早い葉物野菜の種をまこう。土壌の知識は、養成所でかなり叩き込まれた。
これらの種は品種改良されたものを、ノアリアで購入しよう。
次に村人の住宅について、ライカ殿を中心に、建設が進んでいるはずだから、ここはおまかせして、あまり考えなくてよい。
最重要なのは、明日ユセフに会い、「不老者」についての書籍を受け取ること。道中、菓子折りを買って行こう。
ユセフの話が本当なら、虫食い初期段階の腹を空かせた不老者は、村や町から隔離できたら助かるな。「過食」以外に見極める点があると良いのだけど。
翌日、14時50分、軽食屋の前で佇んでいると、遠くから見慣れた人物が現れた。
「こんにちは、まあ、まずは食事でもしましょう」ユセフが声をかけてきた。
「こんにちは、貴重なお時間をありがとうございます」ルーンは頭を下げた。医師は、軽食屋の店員に、豆類をすり潰し練って焼いた菓子とコーヒーを2つずつ、注文した。菓子を受け取り、そばのテラス席に誘導された。
ユセフは、斜め掛けカバンの中から薄い冊子を取り出し、ルーンへ手渡した。
「不老者についてまとめたものだ。絶食など、人体実験などはしていない。
共に生活し、観察し得たものをまとめた。」
「不老者の方と、共同生活をしているんですか。」
「うん、雑草や土くれを食っていた不老者を発見したと通報があり、彼の扱いについて研究者の間でずいぶん話し合いを重ね、研究施設で、食事を与えながら観察を続けていたんだ。しかし、いつまで立っても初期段階(飢餓)が続き、研究所は、コストの無駄として、彼の研究をやめた。そして僕が引き取った。」
「なぜ医師のあなたが?」
「研究者は、お金になりそうな案件に興味がある。不老者は『老いない』『怪我が残らない』という点でいかにも金になりそうだが、初期段階がいつまで続くか、その間どれだけのコストがかかるか分からないため、研究者の間で忌避された。しかし初期段階において、土を食ったり人間に噛み付くようでは、とても放って置けない。暴れる不老者にたびたび麻酔を打ち、経過観察をしていたら、私が彼を引き取ることになってしまってね。自宅で彼を観察をし、研究者たちに報告することになったんだ。」
著者の欄に医師の名も連名に入っている。
「それは、大変でしたね」
「ああ、でも引き取って数日したら落ち着いたよ。研究所でのふるまいは途中から演技だったようだ。彼はもうとっくに飢餓状態を抜け、安静期、完全自給代謝の状態に入っていた。」
「本当に何も食べないのですか」
「うん、食べない。静かなものだよ、彼は」
ククルの村を焼いた不老者の兵士はどうなったろう、他の経済圏で静かに暮らしているのだろうか。
「聞かせてくれてありがとうございました、それから、ご馳走様です。」
「ためになると嬉しい。あ、名乗るのが遅くなった。テミルだ、よろしく。いつか彼を君に会わせたい」
医師ユセフと別れ、しばらくそこにとどまり、今の会話を反芻した。
冊子を開くと、無駄のない文言で要点がまとめられた、大衆向けの冊子であることがわかった。あらかた口頭で説明してもらえたけど、
自宅で読んでみよう。
ククルの農地に蒔く種を買って、帰ろう。
テミル氏と暮らす少年はどんな雰囲気なのだろう。
そもそも、今後僕はユセフ氏と接点が生まれるのだろうか。




