サラの市場管理
二日の休暇を終え、私はセレニアへ戻った。
ハクジャとの契約によって、流民街の市場とセレニアの備蓄を結ぶ道が開かれた。しかし、経済圏が広がれば、それだけ新たな問題も生じる。
特約票を発行しすぎれば、交換を保証する物資が不足する。反対に、流通量を絞りすぎれば、人々が売買に必要な証票を手に入れられなくなる。
紙を刷るだけなら簡単だ。
難しいのは、その紙を受け取った人間が、次の取引でも安心して使える状態を維持することだった。
私は、特約票の発行上限を厳格に管理することにした。
まず、偽造を防ぐため、票の仕様を統一した。
紙には麻の繊維を用い、染料によってわずかに緑色をつける。表面にはセレニアの印、裏面にはハクジャの市場印を押す。さらに、一枚ごとに固有の番号を付け、発行記録を台帳に残すことにした。
ただし、印章や紙質が一致するだけでは、本物である証明にはならない。登録された番号と台帳が一致し、裏付けとなる物資と交換契約が確認できて、初めて有効な特約票として扱われる。
そして、増刷にはハクジャの承認を必要とした。
私一人の判断で、勝手に票を増やすことはできない。市場側が取引の状況を調べ、発行を求める数量を提示し、セレニア側が交換に応じられる物資を確認したうえで、双方が承認する仕組みである。
発行可能な総量は、登録された物資と、実際に履行できる交換契約の範囲を超えてはならない。
これが、最初に定めた原則だった。
次に、ハクジャの腹心の一部を、物資の流通量を調査する担当者として配置してもらった。
ハクジャの組織は、流民街の露店や取引所から市場の使用料を徴収している。私は、この既存の仕組みを利用することにした。
徴収員には、露店ごとの取引記録を確認させた。
何をいくらで仕入れたのか。
どれだけの商品を売ったのか。
どの品物が市場の外へ運び出されたのか。
そして、どれだけの在庫が残っているのか。
取引額だけでなく、物資の数量を記録することが重要だった。
同じ品物が市場の中を何度も巡れば、売上の総額は増えても、実際に存在する物資の量が増えるわけではないからだ。
さらに、ノアリアへ入ってくる物資の量を調べるため、街へ入る荷車や船の数と、その積荷を毎晩記録させた。
穀物、塩、医薬品、燃料、木材、鉄材。
それぞれの搬入量と搬出量を記録し、市場にどれだけの物資が残っているのかを推定する。
同時に、特約票一枚で購入できる塩や穀物の量も、継続して記録させた。
値段が上がっているのか。
物資の供給が減っているのか。
取引に必要な特約票が不足しているのか。
複数の数字を照らし合わせなければ、原因は分からない。
こうして、私たちは市場の取引記録、物資の総流入量、在庫量、価格の変化を集めることにした。
完全な数字ではない。
記録から漏れる取引もあるし、倉庫に保管されている物資が、必ずしも市場へ供給できるとは限らない。
それでも、何も知らずに票を刷り続けるよりは、はるかにましだった。
私は、集まった情報をもとに、特約票の発行量を調整した。
*
市場で物資が不足し始めたとき、私は新たな特約票の発行を停止した。
交換保証の対象となる物資が減っているのに、票だけを増やすわけにはいかない。
ハクジャには、既存の市場の使用料を利用して、流通している特約票の一部を回収してもらった。
使用料を受け取る際には、特約票を徴収し、台帳に記録したうえで焼却する。
回収された票は、再び市場に戻らない。
市場の取引が活発なときには、徴収した票の一部を保管し、物資の状況を見ながら再発行の可否を判断する。だが、明らかに供給が不足しているときには、回収分を焼却し、流通量を減らした。
こうして、無制限な増刷を防ぎながら、市場に出回る特約票の量を調整したのである。
一見すると、無法者が露店から場所代を取り立てているようにも見える。
しかし、実態は少し違った。
徴収された特約票は、単なる私兵の懐に消えるのではない。市場の管理、倉庫の警備、取引の記録、偽造票の検査、そして必要に応じた物資の運搬に使われる。
それらの費用を、取引に参加する商人たちが負担する仕組みだった。
国の役所が徴税して公共の仕組みを維持するように、ハクジャの市場も、使用料を徴収して自らの秩序を維持していた。
**名前こそ市場の使用料だが、経済圏を維持するという意味では、新しい共同体の税に近いものだった。**
特約票の発行が止まり、使用料によって市場から少しずつ回収されると、商人たちも流通量の減少に気づき始めた。
必要なときに十分な票が手に入るとは限らない。
だからといって、どれだけ高い値段をつけても、裏付けのない票を増やせるわけではない。
人々は、特約票を使う際、以前よりも慎重に取引相手を選ぶようになった。
ただし、希少になれば必ず価値が上がるわけではない。肝心なのは、少なくなった特約票でも、約束された交換が実際に履行されることだった。
回収した分だけ、交換の負担も減る。
裏付けとなる物資と、流通する票の数量が釣り合っている。
そのことが確かめられていたからこそ、特約票への信頼は維持された。
*
反対に、物資が大量に市場へ流れ込む時期もあった。
収穫期には、穀物が一度に運び込まれる。交易路が回復すれば、塩や鉄材、保存食も大量に入ってくる。
市場の物資が増えれば、それだけで人々が豊かになるわけではない。
売り手が多すぎれば値崩れが起きる。生産者が十分な代金を受け取れなければ、次の生産に必要な道具や資材を買えなくなる。
そこで、私は余剰物資の買い取りを進めた。
セレニアの倉庫に余裕がある場合は、穀物や絹、保存の利く食品などを買い取り、登録した備蓄へ収納する。
買い取りに使う特約票は、既存の交換契約と照合し、受け入れた物資によって増えた裏付けの範囲内で発行する。
物資を受け取った商人や生産者には、取引に使える特約票が渡る。
商人は、その票で別の商品を買う。職人は、受け取った票で道具や食料を調達する。
こうして、余剰物資を備蓄へ移しながら、市場での購買力を維持した。
ハクジャは、備蓄の一部を使って、部下たちの食料や生活用品を調達した。
市場の人員が安定して働けるようにし、倉庫の管理や物資の運搬にも対価を支払う。人々に必要な品物を行き渡らせながら、取引が止まらないようにするためだった。
同時に、登録された物資が増え、交換契約の裏付けが確認できた場合には、新しい特約票を追加発行した。
このときも、ただ景気をよくしたいからといって、無制限に増刷することはしない。
増えた物資のうち、どれだけを交換に回せるのか。
すでに発行されている票が、どれだけの交換義務を伴っているのか。
倉庫の保管費用や運搬の負担まで考え、追加で発行できる数量を決めた。
**物資が増えれば、その一部を備蓄として確保し、裏付けの増加に応じて特約票を発行する。物資が不足すれば、発行を止め、回収によって流通量を減らす。**
私たちは、その二つを基本方針に定めた。
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さらにハクジャは、自らが管理する露店や取引所に、新しい規則を設けた。
「用心棒代、市場の使用料、関税は、特約票で支払うこと」
ただし、これはタリス帝国全土に通用する法令ではない。ハクジャが管理する市場と、その規則に同意した取引所の内部で適用されるものだった。
市場を利用する商人は、場所代や警備費を特約票で納める。
輸入品を扱う商人も、取り決められた通行料や市場の徴収金を支払う際には、特約票を用いる。
こうして、特約票には、物資との交換以外にも使い道が生まれた。
商人は商品を仕入れるためだけでなく、市場を利用するためにも特約票を必要とするようになった。
その結果、特約票を手に入れたいという需要は大きく増えた。
しかし、需要が増えたからといって、その分だけ自由に発行できるわけではない。
私たちは市場の物資量と既存の交換契約を再確認し、追加発行が可能な数量を計算した。ハクジャの承認を得たうえで、裏付けのある範囲内に限り、以前より多くの特約票を発行した。
新しい票は、市場の使用料として回収されるものもあれば、物資の買い取りや労働への報酬として流通するものもある。
取引に使われる。
使用料として集められる。
物資との交換に応じて回収される。
そして、必要に応じて再び発行される。
特約票は、こうした循環の中で市場に定着していった。
私は、毎晩、調査班から届く報告書に目を通した。
今日の物資の流入量。
倉庫の在庫。
市場から持ち出された量。
穀物や塩の価格。
特約票の発行数、回収数、そして交換に応じるために必要な備蓄。
それらを照らし合わせながら、翌日の発行量を調整する。
特約票は、印刷しただけでは信用を持たない。
その一枚を受け取った者が、次の取引に使えること。交換を求めたとき、記録された契約に従って物資を受け取れること。そして、その約束を守る仕組みが維持されていること。
それらが揃って初めて、特約票は市場で使い続けられる。
ハクジャの流民街には、仕事を求める人々がいる。
食料を売る農民がいる。
道具を直す職人がいる。
遠方の品物を運ぶ商人がいる。
彼らは、それぞれ違うものを持ち、違うものを必要としている。
その間を特約票が巡り、登録された倉庫が物資を支え、ハクジャの組織が市場の秩序を維持する。
セレニアは、余剰の物資を供給し、交換契約の一部を引き受ける。
各地の備蓄網は、確認できた地域から少しずつつながっていく。
それは、タリス正貨をすべて置き換える新しい帝国通貨ではなかった。
特約票だけですべての問題を解決できるわけでもない。
それでも、タリス正貨への信用が揺らぎ、軍票の価値が不安定になったとき、人々が取引を続けるための別の手段にはなり得る。
私は帳簿を閉じ、最後に流通枚数を確認した。
市場に出回る特約票の数。
その背後にある物資の量。
履行できる交換契約。
そして、取引を続けようとする人々の意思。
そのすべてを見失わないようにしながら、私は翌日の発行計画を記した。
この経済圏を広げるために必要なのは、紙を大量に刷ることではない。
紙の向こう側にある約束を、一つずつ守り続けることだった。




