タリスの元帥の手記
帝国タリスは、主要都市をすべて陥落させた。タリスの占領の仕方はとても紳士的だった。攻め入る時も、田畑や家屋に火をつけず、降伏した都市を易しい法律で軽税で管理しそのうわさを流し、自主的に降伏する都市が増えた。火をつけなかったのは、のちに補給点として利用するためだったが、そんな思惑は占領先の住人にはどうでもいいことで、タリスについて、良い印象をもった。タリスが全土を平定し穏やかな平穏が訪れることを夢見た人はたくさんいた。そして、それは実現された。
タリスは、平定先の生活水準を高め、税収の引き上げを図りたかったが、まずは暴動を抑える仕組みが必要だった。そこで、「巡回人」を導入した。
「巡回人」――帝国タリスと属州国の人々は、その姿を見上げるたび、恐怖と畏怖に身をすくめる。
彼らは帝国全土を巡回し、争いによって人々に危害が及ぶのを未然に防ぎ、即座に裁くために作られた自走型のカラクリであり、言わば「歩く裁判所」であった。
その頭脳に納められているのは、過去の全裁判記録と調書、そして情状酌量による減刑例のすべてである。巡回人が導入されたことで、かつて原告と被告の罵声が飛び交い、審理に何ヶ月も費やしていた都市の裁判所は機能を失った。旧裁判所の建物は王の執務室兼住居へと転用され、人々は「無駄を省いた王の実利的な決断」と称賛した。だが真の理由は別にある。万が一、カラクリの自動判定と宰相の処理だけで手に負えない事態が生じた際、即座に人間の審理へ引き戻せるよう、裁判の場を王の手元に残したに過ぎない。
巡回人は、先王の命によって十六体が製造された。
外見は人間と変わりないが、深々と被ったフードがその無機質な表情を覆い隠している。果たすべき使命はただ一つ、「治安維持」だ。人々に危害が加えられるか、あるいは犯罪の兆候が特定された瞬間、カラクリは対象を速やかに拘束する。現場検証を行って当時の状況を完璧に再現し、同行するタリス兵と情報を共有した上で、最寄りの牢へと連行するのだ。なお、カラクリ1体につき2名のタリス兵が監視役として同行していた。
このカラクリの装甲には、帝国タリスの他に類を見ない産出物であり、全土を服属させる原動力となった超高硬度の金属――「極高鉄」が用いられている。巡回人の身体を傷つけられるのは、同じ極高鉄で鍛えられたタリス兵の正装武具のみであった。
帝国はこの鉄を徹底的に独占していた。鉱山周辺を国家直轄の「軍事特別保護区」に指定して立ち入りを厳禁とし、採掘作業員には厳しい身辺調査を実施。原石のまま流出するのを防ぐため、採掘から精錬、鋳造、そして加工に至るすべての工程を鉱山内部の地下工房だけで完結させていた。
この圧倒的な武威と先祖代々の軍形によって、帝国は広大な全土の平定を成し遂げた。
「もはや過剰な流血は不要だ。他国に奪われる前に、この極高鉄を日用品や道具へと加工し使い切りたい」
そう考えた先王にカラクリの設計図を進呈したのは、ある優秀な錬金術師だった。極高鉄の最善の使い道を提案した彼は、破格の報酬を得ると、理想都市ノアリアへと隠遁していった。
去り際、錬金術師は王へ一つの忠言を残す。
「王よ、判決の基準はあえて粗く、単純に設定なさいませ。法は簡潔で逃げ場のない原則こそが最も強い効力を持ちます。複雑すぎる条文は、かえって訴訟を長引かせ、法の手をすり抜ける狡猾な者を増やすだけにございます。司法の網は粗い方がよろしいかと」
司法官吏たちもこの意見に同意した。なにより、つい最近まで別の法律の配下にいた民に、細やかな法律を与えたところで、追従できるわけがなかった。王はカラクリの核に、陥落先の法律から過酷な刑罰と納税義務を抜いたごく簡 簡素なプロンプトを書き入れ、正当防衛による暴力を許可した。王室でのテストでは、指定された脅威以外の日常行動には反応せず、投獄中の囚人や明確な害意を持つ者にのみ鋭く反応することが実証された。こうして脅威判定が同期された十六体のカラクリは、タリス本国に八体、各属州国に八体、監視兵とともに解き放たれたのである。
民は最初、「歩くカラクリとたった二人の兵士に、厳粛な裁判の代わりができるはずがない」と不信感を抱いた。しかし、巡回人が対象を注視するだけで、罪状と適用される判例が瞬時に兵士の羊皮紙へ転写され、その場で刑が確定・執行される光景は、歩く抑止力として絶大な効果を発揮した。
疑問を呈する人々に、王は静かに語りかけた。
「この仕組みは犯罪を罰するのみならず、未然に防ぐものだ。巡回人を配置して以降、暴動も犯罪も格段に減少した。いまは試運転の時期であるため、静かに観察してほしい。……それから『人の生活基盤を壊し、あるいは搾取し、逃げ道を奪う者』を過失・脅威の判定対象とするならば、その網には私自身も、宰相も、財務官も、神殿の最高司祭さえも入り得る。我々王家すらも等しく監視対象なのだ。民にとって、これ以上公平で安全な統治方法はないはずだ」
王が誰よりも公平さを追求していることを知り、民は王を愛した。
◇
巡回人が治安を保つ一方、属州国のインフラ整備と生活水準向上を担ったのが「派遣民」である。
派遣民とは、理想都市ノアリアの永住権を与えられた、天才的な技術者集団だ。ノアリアとは、タリスが土台から作った元奴隷の民からなる理想国家のこと。古代に栄えたファリスの大運河や日乾し煉瓦の城壁を思わせる、大規模な治水・建築・農地開拓の技術を保持している。彼らの素性は戦乱で生み出された元奴隷であり、半数以上は帰るべき故郷を持たない。それゆえに、命じられた役割や指導者の意図を理解する速度が群を抜いていた。
「長い目で見れば彼らこそが優れた人材となります。『理想国家』の礎となる民は、技術をもち、故郷を欲する彼らにすべきです」
かつて私が王へ直接嘆願し、聞き入れられたことで生まれた制度だった。
服属させた国があまりにも多く、元奴隷を現場へ投入することによる暴動を防ぐため、派遣先は奴隷となんの関わりもない民族とし、人々が派遣民を受け入れ、生活基盤が落ち着くまでには約二年を要した。施工にあたり、暴動の懸念があったが、蓋を開けてみれば、帝国の圧倒的な威容の前に人々は従順であり、むしろ自国の荒廃を救う派遣民にすがるように付き従って、灌漑や都市再生の技術を吸収していった。派遣民の活躍の噂もまた、
属州国があまりに膨大であったため、帝国が徴収する貢納・税はごく軽微で済んだ。
帝国タリスと属州国は、軽い負担と確実な復興支援という太い絆で結ばれていた。巡回人の厳格な見回りと、派遣民の手による都市計画が、帝国に穏やかで堅牢な平和をもたらしている。




