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第42話 アルコンテ

「子どもたち! 早く! 集落へ走るんじゃ! 大人たちに狼煙を上げるよう伝えよ!」


「で、でも、アルコンテ様はどうなさるんですか!?」


「儂はここに残って、あの生き物たちを足止めする」


 子どもたちは、不安でいっぱいの顔で老人を見つめた。


「はっ! 儂を見くびるでない!」


 タエロルは細い両腕を掲げて叫んだ。


「この古びた骨にも、まだ戦う力くらいは残っておるわい」


 子どもたちの顔に、ぎこちない笑みがいくつか浮かんだ。


「よし! なら走れ! 早く!」


 子どもたちはまだ迷うように数秒だけ顔を見合わせたが、最後には全力で駆け出した。


「息子がここにおれば、一瞬で集落まで転移させられたのじゃが……。サエリスはあの子の才を受け継いでおる。だが、まだ長距離は扱えぬし、一度に二人以上を連れて魔法を使うこともできん」


 タエロルは丘の上まで歩いていった。


 そこからは、大小さまざまな緑色の生き物が、何十万という数でこちらへ押し寄せてくるのが見えた。


 おそらく自分たちと同じく、この世界へ連れてこられた種族なのだろう。


 ただし、その規模はまるで違っていた。


「散歩中にたまたま見つけた子どもたちへ、集落からあまり離れて遊ぶでないと言いに来ただけだったのじゃがな……。まさか、こんな光景を目にすることになるとは」


 アルコンテは両手の指を組み、前へ突き出した。


 関節を鳴らしながら、魔力を練る準備を整える。


「仕方あるまい。こんな形で前に出るのは本意ではないが、あれは明らかに敗走中の軍勢じゃ。そういうものの進路に入った村がどうなるかくらい、儂も知っておる」


 タエロルは片手を上げた。


 その五本の指先が、青白い光を帯びている。


 老人は親指の下に指をまとめると、溜め込んだ力を解き放つように一気にはじいた。


 指先の光が瞬き、遠く離れた場所で五体のオークが片足を失った。


 彼らは地面へ倒れ込み、そのまま後続の仲間たちに踏み潰されていく。


「せめて、ネレジエル様かアヴェル様が集落へ戻るまで、時間を稼げればよいのじゃが」


◇ ◇ ◇


「オーク? それにゴブリンか……」


 ネレスは足を止めた。


 集落の外れで、彼らは五体の緑色の生き物と出くわしたのだ。


 それらは恐怖に駆られたようにこちらへ走ってきていた。


 そしてその恐怖が根拠のないものではなかったことは、次の瞬間に明らかになった。


 五体すべてが、空間魔法の斬撃を受けたのだ。


 二体のオークの胴体は、腰からきれいに切り離された。


 そして、ちょうど同じ高さにあった三体のゴブリンの首も同時に飛ぶ。


 命を失って倒れ伏した一団の向こう側には、抜き身の剣を手に、肩で息をするオスヴェルの姿があった。


「アレンの攻撃を思い出すな」


 ネレスは独り言のようにつぶやいた。


「ただ、同じではない。オスヴェルは剣で空間そのものを分断したらしい。アレンの『断絶』はもっと絶対的だった。誓約の刃が斬ったものの存在そのものを断ち割るのを、俺は見た」


 ネレスとセリスは、抱えていた二人のヴィシアレをそっと地面へ下ろした。


「うぐっ!」


 いや、正確にはネレスだけだ。


 セリスはイリーを落としただけだった。


 オスヴェルが集落から離れた場所にいるということは、最大の危機はすでに去ったということだろう。


「ネレジエル様! サエ! イリー!」


 近づいてくる彼らに気づき、剣の天才が叫んだ。


「何があった? どうして谷にオークやゴブリンがいるんだ?」


 オスヴェルは最初、何を言われているのか分からないという顔をした。


 だが、すぐにネレスの言いたいことを理解する。


「この緑色の生き物たちですか? 僕たちにも分かりません……。ただ一つ言えるのは、アヴェル様とドライアドたちが間に合ってくださったおかげで……犠牲者は……ただ……ただ一人だけで済んだ、ということです」


「犠牲者?」


 ネレスが問い返した。


 だが、その嫌な知らせは、ゴッドスクリプトからの通知が先に告げていた。


 そして従者の項目を確認したことで、ネレスはそれが事実だと知った。


 オスヴェルは暗い表情で、サエリスへ目を向ける。


 けれど、彼が何かを言うより早く、イリーが友人を強く抱きしめた。


 ああいう性格ではあるが、三人の中で一番鋭いのは、間違いなくイリィラだった。


「サエ……いいえ……アルコンテ。タエロル様は……お亡くなりになりました」


◇ ◇ ◇


「ドラゼル、もうこれ以上、こんなことを続けてはだめ」


「愚痴を言うためだけに、わざわざ俺をここまで呼び出したのか、姉さん?」


 亡き魔王の子である二人の姉弟は、軍からかなり離れた場所にいた。


 足元の切り立った崖の下には、冥界を流れる数多くの川の一つが見える。


「もう、私に忠実な将校たちとは話をつけたわ。あなたが道を改めないなら、私たちは私たちの道を行く」


 崖の縁で川を眺めていたドラゼルは、振り返って姉へ笑みを向けた。


「ドラジラ、何がそんなに気に食わないんだ? 力を増そうとするのは、俺たち魔族にとって自然なことだろう? まして今は、帰るべき故郷すらない。見下されないためには、できることをするしかない」


 ドラジラは、弟のあまりにも平然とした態度に眉をひそめた。


「見下されないため? あなたが通る先々のすべてを滅ぼしていたら、私たちを見下す者なんて誰が残るの?」


 ドラゼルは姉へ近づき、その肩に手を置いた。


「だが、何が違う? ここはもう冥界だ。死んだところで、タイタンの向こう側へ行くだけだろう」


「本気で言っているの? では、あなたが閉じ込めた魂たちはどうなるの!?」


「あれらには重要な役目がある。俺たちの糧となることを、誇りに思うべきだ」


 ドラジラはため息をつき、ドラゼルの手を振り払った。


「ドラゼル、もうあなたが分からない。私は自分の派閥を連れて地上へ向かうわ。手遅れになる前に、自分の過ちに気づくことを願っている」



 しかし、一歩踏み出した直後、ドラジラは腹部に激痛を覚えた。


 視線を落とすと、ドラゼルの手が自分の腹を貫いていた。


「残念だよ、姉さん。でも、軍を割らせるわけにはいかない。魔王国を失い、新しい世界へ飛ばされた……。今は困難な時代だ。魔族は一つにまとまっていなければならない」


「ドラゼル……あなた……ぐっ!」


 ドラゼルは何でもないことのように、血に濡れた手を姉の体から引き抜いた。


 ドラジラの唇の端から、一筋の血がこぼれる。


「心配するな。お前の将校たちには、軍を割らぬため、お前は彼らを置いて去ったと伝えておく。彼らもお前の決断を尊重するだろう」


 ドラゼルの顔に、残忍な笑みが浮かんだ。


 そして何も言わず、彼は姉を崖下の虚空へ突き落とした。


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