1・元はと言えば(メイナ編)
抑々の始まりは、第一王子と言われているエビルの存在から始まりました。
エビルは王妃殿下と国王陛下が婚姻されてから三年経過してもお子が出来なかったことで、周囲からの圧力により娶られた側妃の子です。
この時、厄介なことが起きました。
王妃殿下はご自分の派閥から側妃を娶ることを陛下にご進言なされました。王妃殿下の派閥は我が国最大の王家派で王妃殿下は元公爵令嬢でございます。
尚、わたくしの家である公爵家は中立派です。王家の血を引いているからこそ、中立を重んじております。
もう一つは地方貴族派という派閥が国内には存在しておりまして、此方はその名の通り我が国の王都から遠い土地にて領地を得た貴族派のことを指します。この筆頭は辺境伯ですが、辺境伯家は代々王家派とは親和性が高く、派閥争いをすることなど有りません。
寧ろ、辺境伯家の周囲の会に当たる貴族家が口煩いといった所。要するに地方に目を向けない王家だ、と不満を抱いているわけです。別に地方に目を向けてないわけではないのですけれどね。でも向こうの下位貴族はそう思っていない、という事です。
そして、王家派の公爵令嬢を娶った国王陛下に尚、不満を募らせていましたが、王妃殿下にご懐妊の兆しが見えないために側妃を娶るということになりました。これに飛び付いたのが地方貴族派でございます。
王妃殿下は王家派から側妃を娶るようにご進言なされましたが、これに地方貴族派が猛反発。王家派ばかりを贔屓にするのか、と不満が噴出したことにより、陛下は王妃殿下と話し合われ、その後宰相閣下を始めとした大臣方と話し合いをして、王家派から一人、中立派から一人、地方貴族派から一人、計三人の側妃を娶ることに致しました。
「ルッキオ公爵令嬢様、此方にございます」
これまでのことを考えながらナナハ付きの護衛騎士の後をついて歩いたわたくしの耳に、護衛騎士の声が届きました。
どうやらわたくしが入る牢屋に到着したようです。
「此方に入ればよろしいのね」
陰気な雰囲気の牢屋を見て護衛騎士に確認をすれば、彼は周囲を警戒してから少し声を落として続けます。
「此方の牢屋に少しだけ居て下さい。ナナハ王女殿下があなた様のお姿を確認次第、改めて移動することを陛下から指示されております」
「分かりましたわ。おそらく彼女のこと、直ぐにでも現れるでしょう」
護衛騎士は苦笑してますわね。この方も陛下の命とはいえ、ナナハ付きの護衛騎士となってから苦笑を溢す程、苦労なされているという事かしら。まぁ気持ちは分かりますわ。
わたくしは、エスコートされて牢屋の中に入りました。……おそらく牢屋の中に入るのにエスコートされる者なんて、わたくしが初めてではないかしら。
入ったら床が土で足元が汚れそうですわね。ドレスの裾も汚れてしまいそうですわ。そう思う間もなく、護衛騎士が「此方にお立ち下さい」 と木で出来た固そうな椅子を差し出しました。
「この上に立つんですの?」
「不安定で立ち辛いとは思われますがドレスもヒールのある靴も汚れてしまわれますので……」
淑女教育の一環としてカーテシーを練習するにあたり身体の芯がぶれないように身体を鍛えましたので、このような椅子の上に立ちながら平然としていることは出来るでしょうが、それでも些か不安では有りますわね。
「ドレスに隠れて椅子は見えないことと思われます。手袋が汚れることを厭わないので有りますなら、此方の檻を掴んで下さいませ。安定すると同時にナナハ王女殿下がいらしたらあなた様のそのような姿を見て、溜飲を下げる事でございましょう」
「成る程。その案は面白いわね。そう致します」
わたくしが椅子に乗る前にはサッと手を貸してわたくしを椅子に乗せた護衛騎士の言う通りに手袋が汚れる事だけが難点ながら檻を両手で掴めば、身体が安定するのと同時、確かにこれならば檻の外からわたくしを見たナナハが、溜飲を下げることを確信しました。きっと彼女のことです。わたくしが縋っているようにでも見える事でしょう。それを見て見下して高笑いする姿まで目に浮かびます。
「どうやらナナハ王女殿下がいらしたようです」
遠くから話し声が聞こえて来ました。護衛騎士がサッと檻の外に出て、わたくしの様子を気遣いながら牢屋に降りて来る階段の方を見れば、やがて甲高い声が聞こえて来ました。……間違いなくナナハです。もちろん彼女一人ではなく、彼女の護衛騎士も何人か居る事でしょう。一応未だ“王女殿下”ですものね。
「ああ、いい気味ね! 公爵令嬢だから、とチヤホヤされて得意になっていたのでしょうけれど、それも今日で終わりよ! どんな気持ちかしら?」
「別に」
「まぁまぁ強がっちゃって! ふふん。強がっていても、そんな風に情けなく縋っている姿があなたの心情を表しているのよ! ああ情けなくて面白いわ! うふふふふ。泣き喚いて命乞いでもするのね!」
「刑が確定してもないのに、命乞いなんてしませんわ」
「な……っ。本当に生意気な女ね! いくらあなたが王家の血を引く公爵令嬢でも、わたくしの方が身分は上なのよ! 敬いなさい!」
身分差は理解してますから、それなりに敬意を払っていたというのに……相変わらずきちんと状況を見ない人ですね。まぁだからこそ、排除されるのでしょうけれど。
言いたいことを言ったところで、高笑いをして去って行った。それを見届けると先程わたくしを牢屋に連れて来た護衛騎士がサッとわたくしを椅子から降ろして、檻の外に出してくれ、隣の牢屋にエスコートしてくれました。……ああ、お父様ってば、もうこんな風に手回しをして下さいましたのね。
「此方がルッキオ公爵令嬢様が留まることになられる牢屋でございます」
言われずとも分かりました。
何しろ、毛足の長い絨毯が一面に敷かれ、ソファーや丸テーブルもあるのですもの。しかも小さいけれどベッドまで。きっとそのうちいつも飲む紅茶も飲めるし、いつも口にするプレーンクッキーも届きますわね。
お読み頂きまして、ありがとうございました。