Epilogue 新たな試練
それから半年ほど経った――。
アチカ魔法学院生も2年目に入る。
俺は常習するサボりやトラブルのせいで成績はダントツで悪かったが、特待生クラスで留年を出すわけにいかない事情と、魔術の腕はトップだったこともあり、学校の意向で無理やり進級できた。
アチカ魔法学院は、職員が総入れ替えされた。
イルケミーネの手腕である。
元々宮廷教師としてガルマニード大公の膝元にいたイルケミーネは、水面下で起こっていた竜の暗躍を、漏洩の可能性のない状態で大公の耳に入れ込めたらしい。
「じゃあ、休暇中もトラブルを起こさないようにね」
ホームルームの終わりとともに学校の一年が終わった。
進級する前には一度、長期休暇に入る。
かなり長い冬休みみたいなものだ。
終業の号令をかけたリナリーは俺を見た。
「アンジー? 君の場合は特にね」
「へいへい……」
耳にタコができるほど聞いた念押しだ。
終業の鐘とともに生徒たちが我先にと教室を後にしていく。
それと入れ替わりで、見覚えのある銀髪女が教室の入り口に立っていた。
イルケミーネだ。
なんでお前がここにいるんだ。
「さ、終わったわね。それじゃ行くわよ、アンジー」
「なんだよお前! ストーカーか!」
「お・姉・ちゃ・ん。迎えにきただけでしょ」
故郷のオズエッタ村まで送ってくれると事前に手紙はあった。
丁重にお断りしたつもりだったんだが。
日増しにイルケミーネの束縛は激しくなり、この女、暇なのか? と思うほど、これまでも俺に個別レッスンをしたり、事あるごとに学校に様子を見に来たりすることがあった。
そして帰省の送り迎えまで。
ここまで束縛してくる姉を俺はどう対処すればいいのか分からなかった。
でも最近、コツをつかんだ。
「残念だけど、姉貴よ。今日から友達の家に遊びにいく約束をしてんだ」
「え? 実家には帰らないの?」
「まずダチと遊んでからだな。ジーナさんには手紙を送ったぜ」
「そうなの? 友達との約束なら仕方ないわね」
イルケミーネは俺の交友関係の邪魔はしてこない。
これが判明したのは最近のことだ。
イルケミーネは、冷酷なシュヴァルツシルトの血筋にしては友人を大切にしようという考えを持っているようだ。イルケミーネ自身にも大切な友達がいるとか。
友情は財産。
俺がダイナ島で学んだ教訓でもある。
「それならその友達のお家まで送っていくわ」
「え!? なんでそこまで!?」
「誰と遊ぶの?」
「いや、姉貴には関係ねえだろ……」
「だってあなたを家まで送っていくのは私とジーナさんの約束よ? それを果たすためにはアンジーがいつ実家に帰るのか把握しないといけない。アンジーがそれまでどこに居るのかも把握しておかないと迎えにもいけないし。ということは、私の約束のためには、誰とアンジーが一緒なのか――」
「あああ、わかったわかった!」
話しぶりが理屈っぽくて相手にしたくないんだ。
面倒くさいからいつも俺から折れる。
そんな性格だとせっかく美人なのに婚期を逃すぜ。
遊びにいく友達の家というのは、ベルンの家だ。
俺はこれからベルンシュタインのお屋敷に行く。
ベルンシュタイン家には、俺以外にリノも行く約束をしている。
リノは大きな屋敷に客人として招かれたことがなく、浮かれ気分だ。
……実は、俺もだ。
そのまま実家に帰省するベルン本人とリノと俺、俺とセットでミラ、さらに保護者としてイルケミーネが加わって向かった。
大所帯になったことを俺はベルンに詫びた。
道中、イルケミーネは不満を垂れた。
「というか、対等な爵位関係として、妹がいくなら事前に私も挨拶しておくんだから事前に言ってよね?」
「そんな堅苦しいことは知るかよ」
貴族界の世間体なぞ知るものか。
ただ友達としてベルンの家に遊びにいくって話なんだから。
俺も厳密にはシュヴァルツシルトの人間じゃないし。
馬車を乗り継いで、その屋敷に辿り着いた。
ファルマイヤとは真逆で内陸側にあり、見慣れない景色だ。
建築様式も、ファルマイヤ家のような厳つい石材の造りではなく、どちらかという豪華さ重視で、レリーフがたくさん壁に嵌め込まれている。
窓枠にも銀の紋様が太陽を反射して煌めくほどだ。
まさに、ベルンの家って感じだった……。
家に招き入れてもらい、すぐに茶菓子を出してもらった。
絵に描いたようなティータイムって感じの茶器が出て、思わず笑った。
少しするとイルケミーネが、ベルンシュタイン当主に挨拶をしてくると言って執事に案内を申し出て席を外した。
「んじゃ、そろそろアレを見せてもらおうかねぇ」
「ああ、アレですわね」
邪魔がいなくなったところで行動に出た。
この家に遊びにきたのは、ちゃんとした目的がある。
ベルンは俺とリノとミラを自室へ案内してくれた。
廊下も全体的にキラキラしている。
豪商っていう人種は、やっぱり高価なものを好むのかねぇ。
「さぁ、どうぞ」
ベルンの部屋には多くの本棚があった。
そこに並んでいる本のタイトルに目がいく――。
『凍てつく小国 メドナ・ローレン詩集Ⅰ』
『楽園への誘い メドナ・ローレン詩集Ⅱ』
『少年の見た世界 メドナ・ローレン詩集Ⅲ』
これだ。俺はこれを読みに来た。
ダイナ島で約束したことだ。
ベルンハルデお勧めのメドナ・ローレンの詩歌。
この自称魔女は俺をこの世界へ導き、竜殺しの宿命を預言した。
もう会える可能性はきっと無い気がする。
冥界の門番だと言っていたし。
だが、魔女が生前に残した詩から何かを読み解ける気がした。
ドレイクを倒す直前、ボルカニック・ボルガの力を引き出せたのも、この詩歌が俺の心に響いて、世界の意志を感じることができたからだ。
まず詩集Ⅰから拝借して、本を開いた。
『――フリーデンヒェンの魔女――
いつの日も、雪原は静かに心沁みる。
母に慕われ、人に慕われ、しかし彼女は忌むべき子。
母の愛は温かくも、されど大地の風は冷たく吹き荒ぶ。
"銀色の世界は私を祝福してくれるの?"――』
一読しただけじゃ意味はわからなかった。
その後の詩も、雪国を舞台にした悲愴感溢れる詩が続くばかりで、イメージで保管するしかない。
「メドナ・ローレンの出生はよくわかっていませんわ。でもこの詩集Ⅰは、彼女の故郷を綴っているんじゃないかと解釈されてます」
「うーん……。よくわかんねえな」
「詩ですもの。読み手に感じさせることが重要なのです」
さすがその道を志す者はわかっている。
続けて詩集Ⅱも読み耽ったが、これも抽象的な表現ばかりで具体的に何を指しているか、俺みたいなアホにはわからない。
でも全体的に、"苦境ばかりの世界から隔絶された楽園に子どもを囲い込む"ような表現が多く、闇を感じた。
病んでいる人間が書いたみたいな。
詩集Ⅰとは別にホラーテイストの童話の雰囲気がある。
リノは化粧台に興味がいき、ベルンと一緒に化粧の話をあれこれしていた。
俺はその間も本棚に釘付けになる。
執事がハーブティーの追加に訪れた。
詩集Ⅲに手が伸びる頃には、だいぶ時間が経っていたように思う。
詩集Ⅲのタイトルは『少年の見た世界』。
詩集Ⅰにも詩集Ⅱにも、ベルンお気に入りだという詩歌はなかった。
きっとこのⅢに収録されているんだ。
特に、今までの詩集はネガティブな内容が多かった。
でもあの詩歌は、どちらかというと希望を感じさせる内容だ。
俺は意気揚々とその詩集Ⅲを開いた。
――パチン。急な暗転。
本を開いた瞬間に部屋が真っ暗になった。
どうなってんだ。この屋敷の照明は。
と文句をつけようと口を開いたとき、外がまだ昼間だったことを思い出した。
こんなに真っ暗になるはずがないんだ。
「やぁ、こんにちわ」
闇から染み出すように、魔女が現れた。
驚愕して俺も言葉が出ない。まさか。
「あまり私のことを嗅ぎ回ってもいいことはないよ」
その魔女はあのときと同じ姿でそこにいた。
時間が止まっているみたいだ。
俺だけが、佐我アンジでなくアンジー・シルトという女に変わっている。
「メドナ・ローレンか……!」
「名前を憶えてくれてるなんて感激だ」
「アンタに会うのは死んだときだけかと思ってた。それとも――」
メドナはわざとらしく口に手を添えておどけて見せた。
その仕草も独特で印象に残ってる。
「驚かせてしまったね。私は冥界の門番だとも言ったが、死者にならないと会えないわけじゃない。君がこうして私と再会したことは、素直に喜んでいい」
赤い唇を三日月のように曲げて微笑んだ。
妖艶な雰囲気を漂わせる。
「それとも、喜んでもらおうなんて私の己惚れかな?」
「いや……俺もアンタに会いたかった。聞きたいことがあったんだ」
「さっきも言ったけど、嗅ぎ回っても良いことないよ」
――ヤケドするからね? ふふふ。
そんな囁き声が耳を撫でた。
落ち着き払った声には魔力がある。
きっと綴った詩のように、メドナ本人も何人もの人間を魅了させてきただろう。
「一つだけ教えてほしいんだ。
ボルカニック・ボルガを知ってるな?
今では俺の体の中にあるんだが、これを使うためには、何かを守ろうっていう意志みたいなものが必要なんだ」
「はは、そのことか」
「そのときにアンタの詩が頭に浮かぶ」
同時に、ある戦士の背中も映るんだ。
奇妙な感覚だが、これを説明づける情報が足りない。
俺は一生、ボルガと付き合っていかなきゃいけないわけだし、自分の力の秘密くらいちゃんと把握しておきたい。
「君はいくつになったんだったか」
メドナは全然関係ない質問を重ねてきた。
俺はあっけに取られて、はぁ? と惚けた返事をしてしまった。
「人生は長い。急いで答えを求めてもつまらないよ」
「長いか分からねぇだろ? 前世は16で終わったしな」
「ふふ、そうだったね」
突然、邪気のない笑いを浮かべてくる始末。
「答えは君が感じている通り。
君が見て聞いて感じること全てが答えを導く材料だ。私は、君が見聞きしたことにたまたま密接に関係していただけ。
だから、全貌は知らないよ」
火竜の全盛期とは生きる時代が違うしね、とメドナは付け加えた。
嘘だな。確信した。
魔女は何でも知っている。
竜の暗躍にも誰よりも気づいて助言してきたくらいだし。
メドナは思い出したように両手を合わせた。
「そうだ。君に伝えたい言葉があって来たんだ。
――竜殺しとしての活躍、お疲れさま」
メドナは俺の近くに歩み寄り、頭を撫でた。
近づかれて思ったが、メドナがわりと背丈があって12歳の少女の体じゃ見上げるほどの差がある。
「これだけは言える。
君の功績によって、人間は竜種の脅威から守られた。
いずれ人間と同盟軍の戦争も終わり、しばらく世界には平和が訪れる。君の活躍のおかげだよ。でも、その活躍をほとんどの人間は知らないし、今後も知ることはないだろう。その意味では、君はあの少年と同じなんだ」
「あの少年……?」
ふと詩集Ⅲ『少年の見る世界』が頭に浮かんだ。
メドナが詩集のテーマにした少年は実在してんのか。
「おっと口を滑った」
メドナはまた、わざとらしく口を押えた。
まるで決まりで話せないことを、うっかり口走ったことにしたい風だ。
ボルガと、その"少年"、詩歌の人物は関係ありか。
メドナは妖艶な笑みを浮かべ、一歩ずつ後ろに下がった。
俺との距離をゆったりした足取りで空けていく。
「この世界にはね、『守護者』という存在がいるんだ。それは表舞台に立って歴史に名を遺す英雄だったり、君の知り合いの有名な賢者だったり」
君の前世の世界にも偉人はいただろう?
とメドナは付け加えた。
「でも表舞台に立たない守護者もいる。君やまた別の誰かさんもそのタイプさ」
やっぱり何処かに実在してんだ、その"少年"は。
俺の単なるカチコミがそんなに大きいことだったなら、もう少しデカい報酬が欲しいくらいだ。――ふと俺は気づいた。
「アンタもか?」
「ん?」
「メドナも、守護者なんだろう?」
「……」
二人の間に、かなり距離が空く。
メドナはすぐにでも消えるつもりなんだと察した。
でも逃げ去られる前にそれだけは確認しておく。
俺の焚き付け役はメドナだ。
助言が無ければ、俺は竜探しなんて始めもしなかったし、ダイナ島までたどり着くこともなかった。
「君がそう感じたなら――」
メドナ・ローレンは最後まで言い切ることなく闇に溶けて消えた。
本当に「お疲れ様」だけ言いに来たのか?
そうとは思えない。
あるいは、俺に意識させるために……。
――パタン。本が閉じられた。
先ほどまでいたベルンの部屋だ。戻ってきた。
ベルンもリノも化粧の塗り方であぁだこうだとガールズトークしている。
詩歌Ⅲ『少年の見た世界』。
その最後に綴られていた詩が、あの詩だった。
『 ――名も無き英雄――
とても綺麗なものを見た。
あの苦しい日々も、あの荒んだ戦場も、
あまりに醜くて、堪えがたいほど痛かった。
けれど、私はかの地に理想を追い求め、
そして辿り着いたのだ。
至高の場所に。
故に、世界は美しいものでできている』
今までの詩歌はかなり病んでいた。
でも、メドナはこれを綴る頃には、世界を美しいと感じたんだ。
だからあんな暗い場所で、ずっと世界を見守っているのかもしれない。
同感。俺もこの世界が好きだ。
守りたいって思う友達同盟もある。
振り向くと、ベルンが手招きして俺を呼んだ。
「アンジー、ちょっとお化粧のことでご意見を伺っても?」
「わたしはもう少し控えめな方が似合うと思うよ」
「化粧なんてマセた真似を……。どっちが化粧するって話だ?」
「もちろんアンジーに決まってるじゃん」
「もちろんアンジーに決まってますわ」
「は……化粧……?」
俺の新たな試練が始まろうとしていた。
まぁ、これも楽しむしかないのか。
いつかはすべてが意味があるものだと気づく――。
そんな日が来ることを期待して。
第3部 完 (全章完結)
ご愛読、誠にありがとうございました。
また、誤字報告機能を利用してお力添えいただいた方々にもこの場を借りて御礼申し上げます。




