Episode60 竜殺しと人殺しⅡ
きたきたきた。
体の外側に魔力がみなぎっていく。
俺はただ自爆するイメージで魔力を使うだけ。
体が爆発しそうになる感覚を抑えず、あとは銀髪クールビューティーのサポートに任せる。
すると、魔力がカタチとなって装備できた。
まるで炎の鎧を着込んだような状態だ。
脱げってのはこれが理由か。
「いい感じ! さすが私の妹、センスあるわ!」
「ァんだって!?」
後ろから衝撃の事実を告げられた。
動揺して後ろを振り向く。
「こらっ、集中して。魔力を絶やさない」
いやいや、おたくが注意そらしたんだろ!
俺が妹だって? つまり後ろにいるのは姉?
嘘だろ。ジーナさんと歳近いぞ、この人。
姉だっていうなら歳の計算が合わねえじゃねぇか。
サバ読んでんじゃねぇ!
「ほら来るよ」
「……ッ」
さささ、と草を踏む音が聞こえてくると同時に、その黒い影はやってきた。
正面を向く――。
リノが踏み込んで、間合いに飛び込んできた。
来る。十の斬撃が飛んでくる。
だが、炎の鎧があるおかげで、リノも間合いの詰めが甘くなり、刃は炎の鎧を霞めるだけで俺の肉体には届かなかった。
こりゃあいいや。
リノはスピード特化型で一撃が浅い。
鎧があれば、それだけで防ぎ切れるんだ。
しかも鎧の材質は炎。
リノが俺を切り刻むためには、炎の中に手を突っ込む必要がある。
「おっしゃあ、取っ――――」
シンプルに殴る。
振りかぶって殴るモーションに入った瞬間、腕がウネって蛇みたいに蠕動した。
高電圧音に似た"ブーーン"って音が耳元に響く。
その直後、うねりが拳の先端まで伝わった。
リノは直前で残像だけ残して消えた。
その残像を吹き消す勢いで炎のパンチが通過。
暴風が起こり、先数十メートルくらいの草木を薙ぎ払った。
「…………」
唖然とした。これはヤバい。
俺はその破壊力に絶句しながら思い出した――。
『これ、頑張れば"融合型"に応用できるよっ』
『融合型?』
ある日の放課後。
リナリーに魔術を見てもらったときに言われた。
『例えば、アンジーが強化魔術を自分の腕にかけても、それはあくまでアンジーの腕でしかないんだよね』
『そりゃそうだろ』
『強化魔術の限界ってそこなのよね』
『ふーん?』
『融合型が凄いのはその限界を超えられるとこかな』
リナリー曰く、融合型とは魔術を装備すること。
今、俺の身に起こってることがまさにそれ。
これは『炎の巨人』の融合型だ。
今まで頭上で召喚してただけのものが、自分の手となり足となり、そのパワーを存分に揮えるんだ。
おまけに防御力アップという一挙両得。
しかし、こんな魔術を強制的に身に着けさせる銀髪女はいったい何者?
後ろで何をしてんのかよく分からないし。
「アンジー隙だらけ! 右手から直進。くるわ!」
「はいはい!」
命令ばっかりしてきやがって~~。
俺は言われた通りに右側に攻撃をしかけた。
片脚を引き、左ストレートを叩き込む。
腕がうねり、電圧音と共に炎のパンチが炸裂した。
お次は手応えがあった。
爆風が掠めて、リノは体勢を崩して空中で無茶苦茶に回転した後、地面にバク転しながら着地した。
「ハァ……ハァ……ッ!」
リノの動きが止まった。
四つん這いで苦しそうに悶えている。
「両眼鑑定」
後ろで控えていた銀髪女が目をギンギラ輝かせた。
目からビームでも出そうだ。
その魔術は……。
「ふむ。わかったわ」
「何がわかったんだ!?」
「はぁ……。とにかく、こういうことね」
銀髪クールビューティーは呆れたように溜め息をつくと、左手でパチンと指を鳴らした。俺が魔術を使うときと同じように。
その指パッチンで融合型フラムリーゼが消えた。
ん? 消えた?
「ってオイ! マッパに戻ったじゃねぇか!」
「開通」
間髪入れずに銀髪女は指ぱっちんを続けた。
その詠唱で俺の股下の地面に穴が開いた。
俺は地面に落下。
穴をくぐった先は、銀髪女の目の前だった。
……え、なにこれ?
「よっ、と!」
「ぐぇ!?」
そのまま女に回し蹴りを決められた。
「開通」
また空間に穴が空いた。
今度は真横に空いたが、そこを通過した俺はリノの真上に吐き出されて、そのまま重力に従ってリノの上に覆いかぶさるように落ちた。
「ぎゃっ!」
「あぅっ!」
下敷きになったリノも間抜けな悲鳴を上げた。
なんだよ、この仕打ちは。
「こんの……クソアマぁぁ……」
恨みを込めて睨みつけたとき、銀髪女は俺たちのすぐそばに来て、ぺこりとリノに頭を下げた。
「うちの妹が迷惑をかけました」
「は……?」
「お詫びといってはなんだけど、もうあなたから離れないようにするから、煮るなり焼くなり好きなようにして」
おいおいおいおい。なに勝手に決めてんだ!
ていうか、俺はモノじゃねぇよ!
状況が呑み込めず頭がパニクったが、リノも同じくきょとんとした様子。
そりゃそうだよ。俺とお前は正常だよ。
一番頭おかしいのはこの銀髪女だ。
「……いいの?」
リノは考えが追いつかないまま返答した。
反射で声をだすな?
「うん。私、この子の保護者みたいなもんだし」
「保護者じゃねえ。俺の親はジーナさんだ!」
まず誰だよお前! 名を名乗れよ!
親戚面してんじゃねえ!
「そのジーナさんを保護してたのは何を隠そう、この私だから。ふふふ」
「はぁぁ?」
「挨拶がまだだったわね。私はイルケミーネ・シュヴァルツシルト。あなたの父親の最初の子ども。つまり姉ってこと。母親は違うけどね」
はい、知らないぞー。
突然でてくんなー? なんでここに来たー?
数々の疑問が頭を通過して、そのどれもが俺のIQを溶かした。
普通こんなとこで腹違いの姉に遭遇するか?
竜にリベンジしてやるって決めたばかりだぞ。
今さら姉がしゃしゃり出てきても面倒くせぇ。
「うっ……うっ……ひくっ……」
「おいおい。リノ、なんで泣く? お前まさか」
リノが泣き出した。
ぼろぼろとこぼれていく涙に年相応さを感じた。
これ、感極まって泣いてるやつだ。
「だって嬉しくて……。私、保護者公認なんだ」
「この女の妄言を真に受けんな――痛っえ!」
銀髪女にぶ厚い本で一発殴られた。
「この女とはなんですか。"お姉ちゃん"でしょ」
「いてて……」
「それとアンジー。あなたもリノちゃんに謝って」
「なんでだよ! 俺のどこが悪いってんだ!」
姉だったら妹に優しくしろ。
俺のこと虐待しすぎだろ。
「黙って俺についてこいってこの子に言ったでしょ」
「なんの話……?」
ハハ、まったく記憶になくてウケる。
…
イルケミーネ・シュヴァルツシルトは魔眼持ちだ。
魔眼持ちとは、受容器であるはずの視覚を外界に働きかける発信器として扱う者を指すそうだ。
魔眼の性能は人それぞれで、イルケミーネの場合は『鑑定』として機能する。
――『緑』 鑑定のシュヴァルツシルト
そう、魔相環・冠位だ。
シュヴァルツシルトとは父親の氏姓で、俺も正統なシュヴァルツシルトの後継者だったら、そういう苗字になる予定だった。
でも後連れの娘ってことと、俺が生まれる前には父親も死んじまったから、イルケミーネが特別にシルト姓を用意したのだとか。
いろんなことが腑に落ちる。
なるほど。ジーナさん、そういうことかよ。
士族ならではの銀の毛色も、ガルマニード三大名家のシュヴァルツシルトの血を継いでるからだ。
顔立ち・髪の色・目。
確かにイルケミーネは俺に似てる。
いや、俺がイルケミーネに似てるのか。
あと兄貴もいるんだってよ。
それが『藍』次元のシュヴァルツシルトだ。
姉も兄も冠位魔術師って、そりゃ俺も優秀だよな。
だが、残念だったな。
不良だし、唯一のアドバンテージである竜相手にも敗北したとこだぜ?
それはともかく『鑑定』についてだ。
これが凄いことに、広範囲に相手の情報を読み取ってマーキングすることもできれば、範囲を絞って一人に集中して頭の中を覗くこともできるらしい。
冠位魔術師、ヤバい。
イルケミーネはリノの頭を読み取った。
記憶の片隅に残る俺との思い出が見えたそうだ。
それはティマイオスの天空要塞での記憶。
崩壊する天空要塞から2人で落ちるとき、俺が手を差し伸べて「一生黙って俺についてこい」というセリフが頭に強く残っていたようだ。
なんか脚色されてないか?
そんなこと言ったっけな……。
そんなわけで俺の発言によって、リノは俺に固執していいんだと依存体質を加速させたのである。
そこからはもう泥沼。
俺はそんなつもりないからすれ違いが増える。
リノが病む。度々感情が爆発する。
その繰り返しで心はズタボロ。
「――だから、自分の発言に責任持ちなさいね?」
「どうしてそうなる?」
リノにされるがままで放心状態な俺。
抱きつかれて目や鼻をごしごし擦りつけられた。
本当はリノをクールダウンさせるために言ってるだけではないよな、姉貴よ?
チラっと目配せするも引き攣った笑顔が返された。
……うん、リナリーほど甘くないな、実の姉は。
「でもね」
リノが顔を上げて俺を見た。
その表情は普段のリノに戻っていた。
「わたし、気づいたの。アンジーの本当の魅力に」
「あ、ああ……。これ以上は気づかなくていいぞ」
「ううん、違うよ」
リノは必死に首を振った。
誤解しないで、と訴えているようだ。
「アンジーはみんなを明るく照らす存在なんだよ」
「……?」
「えーっとね、だからわたし、アンジーがわたしのものにならなくていい。アンジーの良さを台無しにしたくない。それが一番大事なんだってわかった」
びっくりして言葉が出なかった。
あっという間にリノが大人に成長した。
イルケミーネに目配せする。満面の笑みだ。
狙い済ましていたように。
「――でも、変わらず傍にいさせてほしいな」
ふと臆病な顔して上目遣いになるリノに、俺の方が心揺さぶられた。
正直、少しドキっとしたぜ。
ほんの少しだけな。
「だめかな?」
「ふん、好きにしな」
乙女心は難しい。俺もそうだが、リノもだ。
ああ、こういうムズ痒い雰囲気は苦手だ。
俺は立ち上がり、気恥ずかしさを隠すように元居た場所に引き返そうとした。
あー、寒い寒い。
早く服着ないと凍えちまうぜー。
「恋も勉強よ。少年」
「!?」
背後からイルケミーネに言われて竦み上がった。
こいつ、鑑定で全部見てやがる?
「さーて、赤のリベルタと合流しましょうか」
イルケミーネ、油断ならねぇ。
何かあったら俺は絶対にリナリーに付くぜ。
月明かりを頼りに焚き火の場所を目指すと、ちょうど向こうも心配になって追いかけてきたのか、リナリーとベルンの影が見えた。




